レーヴディソール

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欧字表記 Rêve d'Essor[1]
性別 [1]
レーヴディソール
欧字表記 Rêve d'Essor[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 芦毛[1]
生誕 2008年4月8日(18歳)[1]
抹消日 2012年2月29日[2]
アグネスタキオン[1]
レーヴドスカー[1]
母の父 Highest Honor[1]
生国 日本の旗 日本北海道安平町[1]
生産者 ノーザンファーム[3]
生産牧場 ノーザンファーム[1]
馬主 (有)サンデーレーシング[1]
調教師 松田博資栗東[1]
調教助手 藤原吾郎[4][5]
厩務員 小園隼人[4][6]
競走成績
タイトル JRA賞最優秀2歳牝馬(2010年)[1]
生涯成績 6戦4勝[1]
獲得賞金 1億5493万3000円[1]
勝ち鞍
GI阪神ジュベナイルフィリーズ2010年
GIIデイリー杯2歳ステークス2010年
GIIIチューリップ賞2011年
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レーヴディソール(欧字名:Rêve d'Essor2008年4月8日 - )は、日本競走馬繁殖牝馬[1]

2010年のJRA賞最優秀2歳牝馬、同年の阪神ジュベナイルフィリーズ(GI)優勝馬である。

2011年のチューリップ賞(GIII)では、1.1倍の1番人気に推され、単勝支持率81.4パーセントだった。2005年菊花賞ディープインパクトを上回り、グレード制が導入されて以降、史上最高となる単勝支持率を記録した。

デビューまで

誕生までの経緯

レーヴドスカーは、フランスで生産された父ハイエストオナーの牝馬である。フランスで競走馬として走り、2000年サンタラリ賞(G1)を優勝した他、ヴェルメイユ賞オペラ賞でも2着となった[7]。同じ年の10月、イタリアに遠征してジョッキークラブ大賞で2着。そして11月には、日本に遠征してジャパンカップに出走したが、テイエムオペラオーメイショウドトウファンタスティックライトなどには及ばず7着だった。これを以て引退、10戦1勝だった[7]

引退後は、イギリスで繁殖牝馬となり、2002年父ドバイミレニアムの初仔を生産。そしてファンタスティックライトと交配した後、日本へもたらされた[7]。北海道の競走馬生産牧場、ノーザンファームに繋養された。父ファンタスティックライトの2番仔を産み落とした後、クロフネと日本で初めてとなる交配をするも不受胎[7]。空胎の1年を挟んだが、2004年から3年間でファルブラヴシンボリクリスエススペシャルウィークと交配して受胎し、5番仔まで得ていた[7]

そして2007年は、アグネスタキオンと交配する。アグネスタキオンは、父サンデーサイレンスであり、デビューから4連勝で皐月賞を戴冠した。直後に屈腱炎をきたして無敗のまま引退、2002年から種牡馬として供用されていた[8]。すなわち2007年の春は、初年度と2年目の産駒が活躍中であり、ダイワスカーレットアドマイヤオーラなどが出世していた[8]

同じく2007年、GI7勝で父サンデーサイレンスのディープインパクトが、種牡馬として供用されたばかりだった。新進気鋭の種牡馬ディープインパクトに、期待の良血牝馬がさらわれ、アグネスタキオンに集まる牝馬の血統の質が落ちていた[8]。その頃に、レーヴドスカーとアグネスタキオンは、結ばれている[8]。翌2008年4月8日、北海道安平町のノーザンファームにて6番仔となる芦毛の牝馬(後のレーヴディソール)が誕生する[7]

兄姉

6番仔には5頭の兄姉がおり、うち初仔以外の4頭が日本競馬で競走馬として走っていた。持込馬の2番仔ナイアガラは3歳春のすみれステークスを優勝[9]。そして3番仔レーヴダムールは新馬戦勝利から臨んだ2歳冬の阪神ジュベナイルフィリーズにて、トールポピーに次ぐ2着[10]。4番仔アプレザンレーヴは2009年の青葉賞を優勝[11]。5番仔レーヴドリアンは2010年のきさらぎ賞にてネオヴァンドームに次ぐ2着になる[12]。以上の4頭はいずれも父が異なるが、揃ってオープンクラスまで勝ち上がり[7][13]、さらにはG1競走出走を果たしていた[13]

アプレザンレーヴ

しかし兄姉はG1を勝利するまでには至っていなかった[13]。この馬が出るまでの兄姉のG1最高着順は2着であった(兄姉各馬のG1最高着順はナイアガラが11着、レーヴダムールが2着、アプレザンレーヴが5着、レーヴドリアンが4着)。さらにこの兄姉はアクシデントに見舞われることが多かった。ナイアガラは生涯で28レースを走ったが、他は10レースに到達することができなかった。レーヴダムールは阪神ジュベナイルフィリーズで2着の後に蹄の調子が整わず長期休養に入る。その後調教を再開した矢先、骨盤骨折による内出血ショック死[14]。レーヴドリアンは菊花賞でで4着の後腸捻転に伴う盲腸破裂で予後不良安楽死[15]。アプレザンレーヴは屈腱炎で3歳のうちに引退していた[16]

これらの悲劇が続く血統の妹である6番仔は、牧場だけではなくファンからの期待も集めていた[17][18][16]。牧場関係者の中尾義信によれば、兄姉の経緯から6番仔に「寄せる思いは強[16]」かったという。

幼駒時代

5番仔は、ノーザンファーム系列のクラブ法人である有限会社サンデーレーシングの所有馬となる。愛馬会法人のサンデーサラブレッドクラブにて、一口90万円の全40口、総額3600万円で出資会員を募っている[19]。会員募集のカタログには、このように説明されていた。

父(アグネスタキオン)は昨年産駒がGI5勝をあげる活躍でリーディングサイアーに輝き、名実ともにSS(サンデーサイレンス)の後継の座を手中に収めました。その勢いはとどまることを知らず、本馬はその勢いを見せつける出来栄えです。薄い皮膚に深い胸とボリュームのある尻など高い運動性能を感じ、柔軟性・伸縮性に富んだ背中を十分に使った走りは優れた瞬発力を感じます。人に対しては素直で扱いやすいのですが、放牧地では負けん気の強いところを見せており、並々ならぬ勝負根性の持ち主です。兄姉が全てオープン(クラス)馬という高いレベルでの安定感があり、この馬も自然とクラシックロードを意識してしまいます。サンデーサラブレッドクラブ『レーヴドスカーの08』(カッコ内補足加筆者)[19]

5番仔は、フランス語で「飛翔の夢」を意味する「レーヴディソール」という競走馬名を与えられる[20]。レーヴディソールは、兄姉のレーヴダムールやレーヴドリアンなどと同じ、栗東トレーニングセンター所属の調教師松田博資に預けられた[20]

松田博資

5番仔が幼駒である頃、日本競馬で活躍していたのは、同じノーザンファームの生産、サンデーレーシングの所有、松田博資厩舎のブエナビスタである[21]。ブエナビスタは、2009年に牝馬二冠を果たし、後にGI級競走6勝の活躍を見せることとなる。その後輩であるレーヴディソールは、幼駒の頃からブエナビスタと比較されるほどの逸材だった[21]。もっとも大人しさでは、レーヴディソールの方が、牧場スタッフの評価が高かったという[21]

競走馬時代

2010年9月11日、札幌競馬場新馬戦(芝1500メートル)にてデビュー。中舘英二が騎乗して1.4倍の1番人気で臨んだ。中団追走から直線で抜け出した[22][23]ノーザンリバーに1馬身4分の1差をつけ、デビュー戦勝利を果たした[23]。続いて本州に戻り10月16日、牡馬も出走する重賞であるデイリー杯2歳ステークス(GII)に臨む。中舘から福永祐一に乗り替わった[24]

福永祐一

福永は兄レーヴドリアンの主戦騎手だった。デビュー前から松田は、福永の起用を決めており、新馬戦のときには「今週札幌でデビューする馬をよく見ておけ。こっちに帰ってきたらお前(福永)を乗せるから。[24]」と話していた。メイショウナルトグランプリボス、トップシャイン、アドマイヤサガスなどの11頭の牡馬が立ちはだかり、紅一点だったが、2.4倍の1番人気に支持された[25]

スタートで出遅れ、そのまま後方追走となる。最終コーナーで大外に持ち出して進出し、直線で末脚を発揮した[25]。逃げるクリーンエコロジー、抜け出しを図ったメイショウナルト、同じく後方から追い込んだアドマイヤサガスが台頭していたが、それを外からまとめて差し切っていた[25]。後方に1馬身4分の1差をつけ、先頭で決勝線を通過した[25]

重賞初勝利を挙げる。1996年シーキングザパール以来14年ぶりとなる牝馬でのデイリー杯2歳ステークス(当時「デイリー杯3歳ステークス」)優勝、マイルとなった1997年からは初めてとなる牝馬の優勝だった[26]。福永は前々週のシリウスステークスキングスエンブレムで、前週の毎日王冠アリゼオで制しており、3週連続重賞勝利だった[26]

12月12日、阪神ジュベナイルフィリーズ(GI)に臨む。フルゲート18頭立てとなり、ダンスインザムードの仔で2戦2勝のダンスファンタジア札幌2歳ステークス2着のアヴェンチュラ芙蓉ステークスオルフェーヴルを下したホエールキャプチャエリモエクセルの仔1戦1勝のリトルダーリンなどが立ちはだかったが、1.6倍の1番人気に支持された[8]

映像外部リンク
2010年 阪神ジュベナイルフィリーズ(GI)
レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画

スタートから出遅れ、中団の後方での待機となる[27]。スローペースを折り合いをつけてスムーズに追走した[8]。直線にて外に持ち出してから、末脚を発揮して追い上げた[8]。内からホエールキャプチャとライステラスが伸びていたが、それらを封じて先着を果たす[17]。ホエールキャプチャに半馬身先に決勝線に到達した[17]

阪神ジュベナイルフィリーズ優勝時

無敗の3連勝でGI戴冠を果たした。2005年テイエムプリキュア以来5年ぶり史上7頭目[注釈 1][28]となる無敗での優勝だった[13]。また1991年ニシノフラワー以来史上2例目となるデイリー杯2歳ステークス優勝後の優勝だった[13]。福永は、2002年ピースオブワールド、松田は2008年ブエナビスタ以来となる阪神ジュベナイルフィリーズ2勝目だった[29]。また2009年NHKマイルカップを制したジョーカプチーノ以来となる芦毛のJRAGI優勝だった[29]。おまけに、2着はホエールキャプチャ、3着はライステラスであり、共に芦毛だった[18]。グレード制を導入した1984年以降史上初めてとなる芦毛によるワンツースリーとなった[29]。この年のJRA賞では、285票中285票、満票で最優秀2歳牝馬に選出された[4]
年をまたいで2011年は、クラシック参戦を目指す。福永は始動直前の3月1日に、レーヴディソールをこのように評していた。

今まで乗ったことがない牝馬……おとなしくてすごく乗りやすい……瞬間的にはスッと動かない。でも1回エンジンがかかったら伸び続ける。こういうタイプの牝馬には乗ったことがなかった。
(中略)先週初めて調教に乗ったら、半端じゃない……びっくり……すごい動きで、これは違うな、と感じましたね。無事にいけばすごい馬になると思います。福永祐一[30]

兄姉は、能力を持ちながら、志半ばで引退に追い込まれる宿命にあったが、福永は、レーヴディソールとそれに抗おうと試みる[31]。レーヴディソールは、強力な末脚を繰り出す身体能力を持ち合わせていた。しかし「ブエナビスタのように、長い間活躍できる馬になってほしい[31]」と述べていた福永は、将来のために、若いうちはその末脚を封印しようと考える[31]。なるべく負担を小さくしつつ、勝利を挙げるという両立を目指していた[31]

福永は、過去に騎乗したラインクラフトでの経験を活かしている[31]。ラインクラフトは3歳春、トライアルのフィリーズレビューを後方待機からの末脚発揮という負担の大きな勝ち方を披露していた。しかしその結果、疲れが出てしまい、獣医師に負担の小さな、先行好位からの抜け出しを目指すように忠告されていた[31]。そして臨んだ本番の桜花賞、忠告通り好位追走から抜け出して優勝。負担が小さかったことで連戦でき、NHKマイルカップにも出走し優勝、GI連勝を果たしていた。そしてレーヴディソールでも、阪神ジュベナイルフィリーズを小さな負担で優勝していた[31]。おかげでレース後は「ケロッと[31]」(福永)していたという。

3月5日、第一弾桜花賞のトライアル競走であるチューリップ賞(GIII)で始動する。12頭立て、ライステラスとの再戦となる中、1.1倍の1番人気だった[32]。単勝支持率は、2005年菊花賞でディープインパクトの79.0パーセントを上回り、グレード制導入後史上最高となる81.4パーセントだった[33]。スタートから中団後方に位置し、スローペースを追走した[32]。最終コーナーで大外に持ち出しながら追い上げ、すべて差し切り、ライステラスに4馬身差まで突き放した[32]。走破タイムは、過去10年間ではウオッカダイワスカーレットが争った2007年に次ぐ速さだった[32]

重賞3勝目を挙げて、桜花賞の優先出走権を獲得する[34]。単勝式は、JRAプラス10が重賞初めて適用されて10円が上乗せされ、配当は、110円だった[33]。この勝利を以て4戦4勝無敗で、4月10日の桜花賞に大本命として向かうはずだった。しかし1週間前の追い切りを行った3月30日に、右橈骨遠位端を骨折する[35][36]。全治半年以上が判明して、牝馬クラシックへ参戦が不可能となった[37]。4月2日に退厩、北海道苫小牧市の社台ホースクラシックにて骨片除去手術を受けて、放牧となった[38][39]。参戦が叶わなかった桜花賞は、混戦となったが、2番人気のマルセリーナが優勝している[40]。マルセリーナは、同じ松田厩舎だった[40]

10月5日、栗東に帰厩する[41]。追い切り2本をこなしたのみで11月13日、エリザベス女王杯(GI)で復帰した[42]。長期休養明けながら、前年優勝のイギリス調教馬スノーフェアリー、同期の秋華賞優勝馬アヴェンチュラに次ぐ3番人気に推されたが11着、初の敗北となった[43]。これを叩き台にして12月18日、愛知杯(GIII)に1.7倍の1番人気で臨む。後方追走から直線で追い込んだが、フミノイマージンブロードストリートコスモネモシンに先着を許す4着だった[44]。年をまたいで古馬となり、2012年1月5日、京都金杯(GIII)での始動が予定されていた。しかし右後ろ脚の飛節をきたして回避[45]。やがて右前脚の剥離骨折も判明した[46]。手術を敢行して、現役復帰を目指したものの断念、競走馬引退となる[47][48]。2月29日付で日本中央競馬会の競走馬登録が抹消された[49]

繁殖牝馬時代

競走馬引退後は、北海道安平町のノーザンファームで繁殖牝馬となった[3]。2013年から2022年までに二度の不受胎があったものの、8番仔までを儲けている[50]。2014年産の2番仔を除いて、おしなべて競走馬デビューを果たしており、初仔のアラバスター(父:ハービンジャー)は、調教師人生晩年の松田厩舎に属して、新馬戦勝利を挙げている[51]

競走成績

以下の内容は、netkeiba.com[52]並びにJBISサーチ[53]の情報に基づく。

競走日 競馬場 競走名 距離
(馬場)



オッズ
(人気)
着順 タイム
(上り3F)
着差 騎手 斤量
[kg]
1着馬
(2着馬)
馬体重
[kg]
2010.9.11 札幌 2歳新馬 芝1500m(良) 14 1 1 1.4(1人) 1着 1:32.3 (34.3) -0.8 中舘英二 54 ノーザンリバー 458
10.16 京都 デイリー杯2歳S GII 芝1600m(良) 12 8 12 2.4(1人) 1着 1:33.6 (33.7) -0.2 福永祐一 54 アドマイヤサガス 452
12.12 阪神 阪神JF GI 芝1600m(良) 18 6 11 1.6(1人) 1着 1:35.7 (33.9) -0.1 福永祐一 54 ホエールキャプチャ 450
2011.3.5 阪神 チューリップ賞 GIII 芝1600m(良) 12 6 8 1.1(1人) 1着 1:34.5 (33.6) -0.7 福永祐一 54 (ライステラス) 460
11.13 京都 エリザベス女王杯 GI 芝2200m(良) 18 4 8 7.3(3人) 11着 2:12.9 (35.2) 1.3 福永祐一 54 スノーフェアリー 480
12.18 小倉 愛知杯 GIII 芝2000m(良) 16 7 13 1.7(1人) 4着 1:59.7 (34.6) 0.3 福永祐一 55.5 フミノイマージン 478

繁殖成績

生年 馬名 毛色 馬主 厩舎 戦績 供用 出典
初仔 2013年 アラバスター 芦毛 ハービンジャー (有)サンデーレーシング 栗東・松田博資
→栗東・池添学
6戦1勝 抹消 [54]
2番仔 2014年 レーヴディソールの2014 不出走 [55]
(不受胎) キングカメハメハ [3]
3番仔 2016年 レーヴドゥラメール 芦毛 ロードカナロア (有)サンデーレーシング 栗東・松下武士 2戦0勝 繁殖 [56]
4番仔 2017年 レーヴドゥロワ 鹿毛 キングカメハメハ (有)サンデーレーシング
→西村健
栗東・池江泰寿
浦和・小澤宏次
4戦0勝 抹消 [57]
5番仔 2018年 レーヴドモンド 鹿毛 (有)サンデーレーシング 美浦・古賀慎明 7戦0勝 繁殖 [58]
6番仔 2019年 レーヴディノエル 芦毛 ロードカナロア 吉田勝己 栗東・栗田徹 5戦0勝 抹消 [59]
2020年 (不受胎) モーリス [3]
7番仔 2021年 リアソール 芦毛 ロードカナロア (有)サンデーレーシング 美浦・萩原清 1戦0勝 抹消 [60]
8番仔 2022年 レーヴディソールの2022 鹿毛 ハービンジャー [61]
9番仔 2023年 スペルーチェ 芦毛 レイデオロ (株)スリーエイチレーシング 美浦・宮田敬介 3戦1勝 現役 [62]
10番仔 2024年 レーヴディソールの2024 鹿毛 リオンディーズ (株)キャロットファーム 美浦・中舘英二 デビュー前 [63]
11番仔 2025年 レーヴディソールの2025 鹿毛 シュネルマイスター [64]
  • 2026年1月16日現在

血統表

脚注

参考文献

外部リンク

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