孫勝洛
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| 起亜タイガース 首席コーチ #68 | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | 大邱広域市 |
| 生年月日 | 1982年3月4日(43歳) |
| 身長 体重 |
187 cm 80 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2001年 2次ドラフト3巡目(2005年入団) |
| 初出場 | 2005年4月2日 |
| 最終出場 | 2019年10月1日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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選手歴 | |
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指導歴 | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム |
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| WBC | 2013年 |
この表について
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| ソン・スンナク | |
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| 各種表記 | |
| ハングル: | 손승락 |
| 漢字: | 孫勝洛 |
| 発音: | ソン・スンナク |
| 英語表記: | Son Seung-Lak |
孫 勝洛(ソン・スンナク、朝: 손승락、1982年3月4日 - )は、韓国大邱広域市出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者。
2001年ドラフトで2次3ラウンド25位で現代ユニコーンズに指名受けたが、嶺南大学校に進学。高校時代には遊撃手だったが、大学入学後に投手へ転向。
1年目の2005年は即戦力として先発ローテーションに加入したが5勝10敗防御率5.43と低迷した。
2006年は、先発兼中継ぎとして登板。6勝5敗2ホールド防御率4.17と凡庸な成績に。
2007年は、怪我のリハビリで1軍登板機会はなくシーズン終了後、警察野球団に入隊した。孫が軍生活をする中、現代ユニコーンズは解体され選手達はウリ・ヒーローズに引き渡された。
兵役を終え、チームに合流した2010年は抑えの趙容浚(チョ・ヨンジュン)が怪我で開幕絶望となると代役として、クローザーに任命される。3月27日の開幕戦でロッテ・ジャイアンツを相手に初セーブを挙げた。その後も揺らぐことなく結果を出し続け、9月24日には26セーブを記録して李庸燦を抜きセーブ数リーグ1位を確定。自身初のタイトルを手中に入れ、同時に2008年に創立されたネクセン・ヒーローズにとっても初の個人タイトル受賞者となった。
2011年は故障で開幕一軍入りできなかったが、シーズン途中から守護神の座に戻り2年連続での活躍を見せた。
2012年は33セーブを記録。
2013年は7月9日のロッテ戦にて通算100セーブを達成した。自己最高の46セーブを記録し3年ぶり2度目の最多セーブのタイトルを獲得。
2014年は32セーブで2年連続3度目の最多セーブのタイトルを獲得した。
2015年11月、初のFA(フリーエージェント)となり2016年より4年契約でロッテ・ジャイアンツに移籍した。
2017年は37セーブで自身3年ぶり4度目の最多セーブのタイトルを獲得。 2019年シーズン終了後、2度目のFAとなりロッテと交渉するも現役を引退した[1]。
2022年より起亜タイガースの戦力強化コーディネーター[2]、2023年より起亜のフューチャース(二軍に相当)監督となった[3]。