クールジョイ
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| クールジョイ | ||||||
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第10回京都ハイジャンプパドック (2008年11月15日) | ||||||
| 欧字表記 | Cool Joy[1] | |||||
| 品種 | サラブレッド[1] | |||||
| 性別 | 牡[1] | |||||
| 毛色 | 栗毛[1] | |||||
| 生誕 | 1998年4月25日 | |||||
| 死没 | 2025年5月2日(27歳没) | |||||
| 抹消日 | 2010年4月7日 | |||||
| 父 | ナグルスキー[1] | |||||
| 母 | グランソブリン[1] | |||||
| 母の父 | ロングファスト[1] | |||||
| 生国 | 日本(北海道浦河町)[1] | |||||
| 生産者 | 久保時夫[1] | |||||
| 馬主 | 菱田健[1] | |||||
| 調教師 |
松元茂樹(栗東) →大根田裕之(栗東)[1] | |||||
| 競走成績 | ||||||
| 生涯成績 |
46戦5勝[1] (うち平地競走10戦1勝) | |||||
| 獲得賞金 | 2億1466万2000円[1] | |||||
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クールジョイ(欧字名:Cool Joy、1998年4月25日 - 2025年5月2日[2])は、日本の競走馬[1]。主な勝ち鞍に2004年の京都ジャンプステークス。
2001年4月22日福島にてデビューするが、2戦目で初勝利を挙げてからは好成績に恵まれず、2002年6月22日に障害レースにデビュー。初戦は4着に入るが、その後故障により長期離脱。復帰2戦目の2003年5月4日東京で行われた障害未勝利戦で障害初勝利を飾ると、続いて京都ジャンプステークスに挑戦し、2着。さらに次戦の東京ハイジャンプでは3着と、重賞で上位を争える事を証明して見せたが、不運にも肝心の勝利には恵まれる事は無かった。
2004年4月24日に京都の障害オープンで遂に2勝目を飾ると、その勢いのまま次戦の京都ジャンプステークスを快勝し、重賞初制覇。しかしそこから小倉サマージャンプでの落馬、競走中止を皮切りにスランプへと陥り、惨敗を繰り返すようになった。
しかし、2006年に京都ハイジャンプで4着に入り、復活の兆しを見せると、続く中山でのイルミネーションジャンプステークスで復活勝利を挙げた。だが、次の中山大障害では8着に敗れた。
9歳となっても現役を続けた2007年の初戦は、京都の障害オープン。しかしコウエイトライなどに敗れ3着だった。さらに京都ジャンステークスは1番人気に推されたが3着、続く東京ハイジャンプでは10着だった。
さらに10歳となった2008年だが、阪神の障害オープン、小倉サマージャンプで7着、6着と全盛期の勢いを失っていたが、京都ハイジャンプとイルミネーションジャンプステークスでは4着と掲示板に入った。しかし、続く中山大障害では人気通りの9着に敗れた。
11歳となった2009年の初戦は牛若丸ジャンプステークスだったが、人気通りの8着に終わった。続く京都ハイジャンプでは13番人気と低評価だったが、テイエムトッパズレの3着に入った。しかし、続く東京ジャンプステークスでは8着に終わった。休養を挟んで11月の京都ジャンプステークスに出走したが、故障を発症した為2周目1コーナー手前で競走を中止した。
12歳となった2010年4月7日付でJRA競走馬登録を抹消され、現役を引退した[3]。引退後は石川県小松市の小松トレーニングセンターを経て、北海道浦河町の久保時夫牧場(久保フミエ牧場[4])で功労馬として余生を送っていた。2025年5月に功労馬ホームページにおいて同月2日に死亡したことが公表された。27歳没[2]。