メルシーエイタイム

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欧字表記 Merci A Time[1]
性別 [1]
メルシーエイタイム
第12回中山グランドジャンプ出走時
(2010年4月17日)
欧字表記 Merci A Time[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 鹿毛[1]
生誕 2002年2月27日[1]
死没 2015年3月1日(13歳没)[2]
抹消日 2014年2月27日[3]
チーフベアハート[1]
マチカネカルメン[1]
母の父 スリルショー[1]
生国 日本の旗 日本北海道静内町[1]
生産者 田中裕之[1]
馬主 永井康郎[1]
調教師 武宏平栗東[1]
調教助手 北尾俊幸[4]
競走成績
タイトル JRA賞最優秀障害馬(2007年)[1]
生涯成績 44戦6勝[1]
獲得賞金 4億3343万2000円[1]
勝ち鞍
J・GI中山大障害2007年
J・GII東京ハイジャンプ2007年
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メルシーエイタイム(欧字名:Merci A Time2002年2月27日 - 2015年3月1日)は、日本競走馬[1]

2007年中山大障害(J・GI)、東京ハイジャンプ(J・GII)優勝馬。同年度のJRA賞最優秀障害馬に選出された。

  • 特記事項なき場合、本節の出典はJBISサーチ[5]

2005年2月13日、小倉競馬場での3歳新馬戦でデビューし、1着[6]。その後は芝中長距離戦を中心に10戦したが三度の4着が最高着順にとどまる。函館競馬場に滞在中、角木や置き障害に自ら飛んでいくのを見た調教助手の北尾俊幸は「障害競走向き」と判断し、栗東に戻ってから障害練習をやるように依頼[4]。10月の500万下戦を最後に障害競走に転じる。

11月5日の障害未勝利戦でアドマイヤホープの2着とすると、次戦で障害初勝利を挙げる。12月10日の障害オープン3着ののち東上し、中山大障害ではテイエムドラゴンの2着に入った。翌2006年は、上半期は阪神スプリングジャンプ4着を振り出しに3戦するも未勝利、秋は初戦の東京オータムジャンプは6着だったが、続く秋陽ジャンプステークスを制して臨んだ中山大障害はマルカラスカルの2着。2007年を迎え、初戦のペガサスジャンプステークスを勝つが[7]、中山グランドジャンプはカラジの3着。次戦の東京ハイジャンプでは2着メジロベイシンガーを7馬身差下し、3分35秒1のレコードタイムで重賞初制覇を果たした[8]。秋初戦、11月17日東京競馬場の500万下条件戦で3着に入り[4]、3度目の出走となった中山大障害ではキングジョイ、マルカラスカル、テイエムドラゴンらを下して障害G1初制覇を果たし、鞍上の横山義行もこれが通算200勝目となる勝利となった[9]。2007年度のJRA賞各部門の選考では281票を集め、最優秀障害馬に選ばれた[10]

2008年以降は平地競走を1戦してから中山グランドジャンプ、中山大障害というローテーションを繰り返し、2008年は中山グランドジャンプ、中山大障害両レースとも2着。2009年は中山グランドジャンプには不出走で中山大障害は2着。2010年は中山グランドジャンプは競走中止に終わって中山大障害も5着。2011年は7月施行の中山グランドジャンプで2着に入るが、その後長期休養に入って中山大障害は不出走。脚部不安と付き合いながら[4]、1年以上の休養ののち2012年11月の500万下戦で復帰して16着のあと中山大障害に使われたが8着。再び1年近い休養に入り、2013年11月の500万下戦14着から引退レースと決めていた第136回中山大障害に臨むも、1周目の5号障害の着地時に転倒し競走中止し、レース後の診断の結果、左第2趾関節脱臼という予後不良に相当する重傷を負っていることが判明したが、通常の脱臼と位置が少し違っていることとズレの程度が小さかったことから安楽死の措置は採らず、12月23日に美浦トレーニングセンターの競走馬診療所で1枚のプレートを5本のボルトで患部を固定する手術が行われた[4][11]。その後2014年2月27日付けで競走馬登録を抹消された[3]

引退後は滋賀県東近江市の忍者ホースクラブで乗馬となり[3]、左後脚を治療しながら余生を送っていたが、2015年3月1日に治療中の左後脚の病状が悪化したため、死亡した[2]

競走成績

血統表

脚注

外部リンク

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