サム・ヘンゲス

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生年月日 (1996-07-18) 1996年7月18日(29歳)
身長
体重
6' 6" =約198.1 cm
245 lb =約111.1 kg
サム・ヘンゲス
Sam Hentges
サンフランシスコ・ジャイアンツ #31
クリーブランド・ガーディアンズ時代
(2022年5月7日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミネソタ州ラムゼー郡ショアビュー英語版
生年月日 (1996-07-18) 1996年7月18日(29歳)
身長
体重
6' 6" =約198.1 cm
245 lb =約111.1 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2014年 MLBドラフト4巡目
初出場 2021年4月20日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

サミュエル・デイヴィッド・ヘンゲスSamuel David Hentges, 英語発音: /ˈsæm ˈhɛntʤɪz/[1]; 1996年7月18日 - )は、アメリカ合衆国ミネソタ州ラムゼー郡ショアビュー英語版出身のプロ野球選手投手)。左投左打。MLBサンフランシスコ・ジャイアンツ所属。

プロ入りとインディアンス / ガーディアンズ時代

2014年MLBドラフト4巡目(全体128位)でクリーブランド・インディアンスから指名され、プロ入り。なお、契約しない場合はアーカンソー大学へ進学の予定であった[2]。契約後、傘下のルーキー級アリゾナリーグ・インディアンスでプロデビュー。8試合に登板して1勝0敗、防御率0.69、10奪三振を記録した。

2015年はルーキー級アリゾナリーグ・インディアンスとA-級マホーニングバレー・スクラッパーズでプレーし、2球団合計で13試合(先発11試合)に登板して3勝5敗、防御率4.37、61奪三振を記録した。

2016年はA級レイクカウンティ・キャプテンズでプレーし、14試合に先発登板して2勝4敗、防御率6.12、73奪三振を記録した。

2017年はルーキー級アリゾナリーグ・インディアンスとA-級マホーニングバレーでプレーし、2球団合計で11試合に先発登板して0勝4敗、防御率3.23、41奪三振を記録した。

2018年はA+級リンチバーグ・ヒルキャッツでプレーし、23試合に先発登板して6勝6敗、防御率3.27、122奪三振を記録した。オフの11月20日にはルール・ファイブ・ドラフトでの流出を防ぐために40人枠入りした[3]

2019年はAA級アクロン・ラバーダックスでプレーし、26試合に先発登板して2勝13敗、防御率5.11、126奪三振を記録した。

2020年新型コロナウイルスの影響でマイナーリーグの試合が開催されず、メジャーにも昇格しなかったため、公式戦の出場は無かった。

2021年4月17日にメジャー初昇格を果たし[4]、20日のシカゴ・ホワイトソックス戦でメジャーデビュー[5]。同年はメジャーで30試合(先発12試合)に登板。1勝4敗と負け越したほか、防御率6.68、68奪三振を記録した[6]

2022年からは中継ぎに専念した。この年は57試合の登板で3勝2敗1セーブ8ホールド、防御率2.32、72奪三振を記録した[6]。また、この年はチームがワイルドカードでポストシーズンに進出したため、ポストシーズンでもロースター入りすると本拠地プログレッシブ・フィールドで行われたタンパベイ・レイズとのワイルドカードシリーズ英語版第2戦では延長13回にエニエル・デロスサントスの後を受けて8番手で登板。この試合では3本の安打を浴びながらも3イニングを無失点に抑えた。すると延長15回にオスカー・ゴンザレスがサヨナラ本塁打を放って勝利したため結果的に勝ち投手となり、シリーズ突破に大きく貢献した[7]ニューヨーク・ヤンキースと争った地区シリーズでは第3戦(プログレッシブ・フィールド)こそ1.2イニングを投げて無失点と好投したものの、続く第5戦(ヤンキー・スタジアム)ではアーロン・シバーレの後を受けて2番手で登板するもアーロン・ジャッジにソロ本塁打を浴びた(結果的にこのポストシーズン唯一の失点となった)[8]。チームはこの試合に敗れたことでシリーズ通算2勝3敗でヤンキースに敗れ、地区シリーズ敗退。

2023年は前年とほぼ同じ56試合に登板。防御率こそ3.61と悪化したがその他の成績はほぼ前年と同じくらいの成績だった。また、ホールドは前年よりも増加し、17ホールドを記録した一方で56奪三振と奪三振数は前年よりも減少する結果となった[6]

2024年は現時点でキャリアワーストの登板数となる25試合に登板。その他の成績も9ホールドに留まるなど前年よりも軒並み成績が悪化した。唯一防御率だけは3.04と前年よりも良化した[6]

2025年は開幕前のスプリングトレーニングで左肩を痛めてシーズンを棒に振った。また、9月26日には膝の手術を受けた[9]。オフの11月21日にノンテンダーFAとなった[6][10]

ジャイアンツ時代

2025年11月27日にサンフランシスコ・ジャイアンツと1年総額140万ドルで契約を結んだことが報じられ[11]、12月3日に正式に契約を結んだ[12]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2021 CLE 30120001400.20031868.2901032006811054516.681.78
2022 5700003218.60024562.04131913723017162.320.97
2023 56000032017.60022352.15321800563024213.611.36
2024 2500000009----9123.21835002700883.040.97
MLB:4年 1681200078134.467877206.2202187413223170103964.181.34
  • 2025年度シーズン終了時

ポストシーズン投手成績













































2022 CLE ALWC 10100113.030000600000.00
ALDS 20000143.122200400225.40
出場:1回 30100256.1522001000222.84
  • 2025年度シーズン終了時

年度別守備成績



投手(P)












2021 CLE 30010001.000
2022 5731111.933
2023 5632001.000
2024 2512001.000
MLB 16872511.970
  • 2025年度シーズン終了時

背番号

  • 31(2021年 - 2024年)

脚注

関連項目

外部リンク

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