ローワン・ウィック

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国籍 カナダの旗 カナダ
生年月日 (1992-11-09) 1992年11月9日(33歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
220 lb =約99.8 kg
ローワン・ウィック
Rowan Wick
サンフランシスコ・ジャイアンツ
2024年3月20日 横浜スタジアム
基本情報
国籍 カナダの旗 カナダ
出身地 ブリティッシュコロンビア州ノースバンクーバー
生年月日 (1992-11-09) 1992年11月9日(33歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 捕手外野手投手
プロ入り 2012年 MLBドラフト9巡目(全体300位)
初出場 MLB / 2018年8月31日
NPB / 2024年3月31日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム カナダの旗 カナダ
WBC 2017年

ローワン・デビッド・ウィックRowan David Wick英語発音: /ˈroʊən ˈwɪk/[1]1992年11月9日 - )は、カナダブリティッシュコロンビア州ノースバンクーバー出身のプロ野球選手投手)。右投左打。

プロ入り前

高校時代はブリティッシュコロンビア・プレミア・ベースボール・リーグのバンクーバー・キャノンズでプレーしていた[2]。当時のポジションは捕手[2]

2010年MLBドラフト19巡目(全体579位)でミルウォーキー・ブルワーズから指名されるが、契約には至らず、ニューヨークのセント・ジョンズ大学へ進学した[2]。1年後にサイプレス大学英語版へ転校した[2]

プロ入りとカージナルス傘下時代

2012年MLBドラフト9巡目(全体300位[2])でセントルイス・カージナルスから指名され[3]、6月9日に契約を結び、プロ入りを果たした[4]。6月28日に傘下ルーキー級ガルフ・コーストリーグ・カージナルスへ配属された。23試合に出場して打率.156、1本塁打、8打点を記録した[5]

2013年6月19日にアパラチアンリーグのルーキー級ジョンソンシティ・カージナルス英語版へ配属された。56試合に出場して打率.256、10本塁打、35打点を記録した[5]

2014年から外野手コンバートされた[6][7]。6月11日にA-級ステート・カレッジ・スパイクスへ配属された。35試合に出場して打率.378、14本塁打、38打点を記録した[5]。7月23日にA級ピオリア・チーフスへ配属された。39試合に出場して打率.220、6本塁打、22打点を記録した[5]

2015年は開幕前にメジャーのスプリングトレーニングに招待された[8]4月9日にA+級パームビーチ・カージナルス英語版へ配属された。33試合に出場して打率.198、3本塁打、16打点を記録した[5]。5月21日にA-級ステート・カレッジへ配属されたが、打撃成績が悪かったため、投手にコンバートされ、6月22日にルーキー級ガルフ・コーストリーグ・カージナルスへ配属された[9][10]。この年は3試合に登板した[5]

2016年4月7日にA+級パームビーチへ配属され、開幕を迎えた。23試合に登板して2勝0敗6セーブ、防御率1.09、37奪三振を記録した[5]同年のフロリダ・ステートリーグ・オールスターゲームに選出されている[11]。6月21日にAA級スプリングフィールド・カージナルスへ配属された。7月28日に7日間の故障者リストに登録された。8月5日に解除された。21試合に登板して防御率4.12、20奪三振を記録した[5]。オフにはアリゾナ・フォールリーググレンデール・デザートドッグス英語版へ派遣され[12]、9試合に登坂して0勝1敗、防御率4.50、8奪三振を記録した[12]。また、11月18日にメジャー契約を結んで40人枠入りした[13]

2017年はシーズン開幕前の2月8日に第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)カナダ代表に選出された[14]

シーズンでは3月19日にオプションでAAA級メンフィス・レッドバーズへ配属され[15]、開幕を迎えた。5月14日、12日から遡って、 7日間の故障者リストに登録された。5月25日に解除された。6月2日、1日から遡って、7日間の故障者リストに登録された。

2018年2月14日、バド・ノリスの契約に伴ってDFAとなった[16]

パドレス時代

2018年2月16日にウェイバー公示を経てサンディエゴ・パドレスへ移籍した[17]。3月9日に傘下のAAA級エル・パソ・チワワズへ降格し[18]、28日に40人枠外となった[19]

シーズンでは8月末まで傘下のAA級サンアントニオ・ミッションズとAAA級エル・パソ・チワワズでプレーし、2球団合計で34試合に登板して2勝2敗4セーブ、防御率3.63、56奪三振を記録した。8月31日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りすると[20]、同日のコロラド・ロッキーズ戦でメジャーデビュー[21]。この年メジャーでは10試合に登板して0勝1敗、防御率6.48、7奪三振を記録した。

カブス時代

2019年8月13日

2018年11月20日にジェイソン・ボスラーとのトレードで、シカゴ・カブスへ移籍した[22]

2019年は、31試合に登板して2勝0敗、防御率2.43、35奪三振を記録した。

2020年は、19試合に登板し防御率3.12、20奪三振を記録したが、左腹斜筋の捻挫により9月17日から遡及して10日間の故障者リストに登録された。

2021年4月26日、左腹斜筋肋間筋の捻挫により60日間の故障者リストに登録された[23]。7月17日にリハビリのためマイナーへ送られ、傘下A+級サウスベンド・カブスとAAA級アイオワ・カブスの8試合に登板し1勝0敗、防御率6.14を記録。8月10日にリストから復帰した。

2022年は64試合に登板して、4勝7敗9セーブ、防御率4.22、69奪三振と復調した。

2023年3月27日に40人枠から外れ、開幕をAAA級アイオワ・カブスで迎えた。23試合に登板し4勝3敗を記録するが、防御率は8.60と安定せず7月15日にリリースされた[24]

ブルージェイズ傘下時代

2023年7月27日にアトランタ・ブレーブスとマイナー契約を結んだ[25]が、試合に出場することなく同月31日にリリースされた[26]

同年8月2日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約を結んだ[18]。AAA級バッファロー・バイソンズの20試合に登板して、0勝1敗5セーブ、防御率3.86を記録した。オフの11月6日にFAとなった。

DeNA時代

2023年12月16日に横浜DeNAベイスターズへの入団が発表された[27][28]

2024年は開幕一軍入りするも、登板2試合目の4月3日の阪神タイガース戦、1点ビハインドの場面で3番手として登板すると、近本光司からソロ本塁打を打たれるなど、1/3を投げて2失点を喫してしまい[29][30]、10日に出場選手登録抹消となった。5月31日に再度出場選手登録されると、同日の北海道日本ハムファイターズ戦で1点を勝ち越した直後の延長10回裏での登板を任され、無失点で抑えてNPB初セーブを記録した[31]。6月4日のオリックス・バファローズ戦では同点の場面で2番手として登板し、1回を無失点に抑えると直後にチームが勝ち越したため、NPB初勝利を記録した[32]。春先よりも投球内容を改善させ[33]、その後も様々な場面で登板し、シーズン終盤には勝ちパターンの一角も務めた。8月27日の阪神戦で無死満塁のピンチを招きながら続投を希望して監督の三浦大輔に一喝される一幕があって以降、11試合連続自責点0と好調を維持していたが、9月25日の試合後に脇腹を痛め、翌日にチームドクターから右内腹斜筋肉離れと診断を受け、27日に登録抹消となった[34][35]。オフの11月30日に翌年の契約を締結したことが発表された[36]

2025年6月22日の千葉ロッテマリーンズとのセ・パ交流戦山本大斗西川史礁藤岡裕大から三者連続三球三振を記録[37]。9月26日に上半身のコンディション不良で出場選手登録を抹消される[38]まで、一軍で40試合に登板し、4勝1敗21ホールド5セーブ、防御率0.84の成績を残した[39]。のちに右肘の手術(のちに、トミー・ジョン手術だったと明かされている[40])を受けており、翌年にプレーする見通しが立たなくなったことから[41][42]、12月2日に自由契約選手公示された[43]

ジャイアンツ時代

2026年2月13日、サンフランシスコ・ジャイアンツが獲得を発表した。手術の影響でこの年は全休の見込みだが、1年契約に来季の球団オプションが含まれている[40]

選手としての特徴・人物

長身から投げ下ろす球速150 km/h超の速球や、縦に変化するカーブを武器とする右腕で、奪三振率が高い[44][45]。来日前は高めでストライクを取る投球スタイルだったが、DeNA入団後は低めにボールを集めて勝負する投球スタイルへの変更に努めている[32]。速球は2025年5月6日にバンテリンドーム ナゴヤにて自己最速の160 km/hを計測している[46][注 1]

プロ入り時は捕手で、その後外野手を経て、投手転向した異色の経歴を持つ[44][45]

DeNA二軍では新任の二軍チーフ投手コーチだった入来祐作の熱心な指導を受け、一軍初勝利を手にした際にはそのウイニングボールを入来に渡すとし、「イリキサンは私の日本のお父さん」と話した[32]

2024年8月27日の阪神戦では、3点リードの展開で2番手で登板するも、連続四球と安打で無死満塁のピンチを招く。交代を告げに来た監督の三浦大輔に対して降板を拒否するそぶりを見せると、三浦を激高させてしまい、三浦は一喝したのちウィックの背中を押して降板させた[48][49](ウィックの残した走者が2人返るも、チームは勝利)。また、同年9月15日の広島東洋カープ戦、7回裏に先頭の秋山翔吾に対して伊勢大夢が初球で死球を与えた場面で、両チームがベンチからグラウンドに出て一触即発の空気になった際、この日に登板していなかったウィックも興奮した様子でベンチから飛び出し、広島監督の新井貴浩を挑発するしぐさをとり、新井は怒声を飛ばしてウィックにつかみかかろうとするなど乱闘寸前の言い合いになった。退場者は出なかったものの、警告試合が宣告された[50][51][52]。三浦、新井の両監督とも温厚な人柄で知られており[50][53]、8月の阪神戦での三浦の激高について、キャプテンの牧秀悟は「グラウンド内であそこまで感情を出すところは初めて見た」と語っている。なお、その試合後、三浦は投手コーチを交えてウィックと話し合いの場を持ち、互いに理解し合ったという[33][54][55]

トロント・ブルージェイズのファン。2013年からブルージェイズに所属した川﨑宗則の、英語が拙くも堂々としたコミュニケーション能力に共感し、DeNA入団では日本語を覚えて川﨑のようにチームメイトとコミュニケーションを取りたいと話している[32]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2018 SD 1000000100.000388.1131100700666.481.68
2019 CHC 31000020251.00014033.1220161335001392.431.14
2020 1900000145.0007417.11816102000663.121.38
2021 2200000152.00010023.01711401291012114.301.35
2022 6400004794.36429464.07992921693037304.221.69
2024 DeNA 43000051111.83319345.03632001503016132.601.24
2025 40000041521.80016142.225011034910440.840.84
MLB:5年 14600006102016.375646146.01491266451604074623.821.47
NPB:2年 83000092632.81835487.26133104994020171.751.05
  • 2025年度シーズン終了時

年度別守備成績



投手(P)












2018 SD 1010001.000
2019 CHC 3125001.000
2020 1910001.000
2021 2202001.000
2022 644710.917
2024 DeNA 434310.875
2025 4036001.000
MLB 14681410.957
NPB 837910.941
  • 2025年度シーズン終了時

表彰

MiLB
  • ニューヨーク・ペンリーグ 週間最優秀選手:1回(2014年6月23日)

記録

MiLB

その他の記録

MLB

初記録

NPB

初記録
投手記録
打撃記録
その他の記録


背番号

  • 40(2018年)
  • 50(2019年 - 2022年)
  • 99(2023年)
  • 62(2024年 - 2025年)

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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