ドカベン

水島新司による日本の漫画、メディアミックス作品 From Wikipedia, the free encyclopedia

ドカベン』は、水島新司による日本野球漫画、およびそれを原作としたアニメ、映画、ゲーム。『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)において、1972年18号から1981年16号まで連載された。2020年11月時点で単行本の累計発行部数は4800万部を記録している[1]

概要 ドカベン, ジャンル ...
ドカベン

ジャンル スポーツ漫画野球
漫画
作者 水島新司
出版社 秋田書店
その他の出版社
中華民国の旗 長鴻出版社
イタリアの旗 Star Comics
掲載誌 週刊少年チャンピオン
レーベル 少年チャンピオン・コミックス
発表期間 1972年18号 - 1981年16号
巻数 全48巻
その他 豪華版:全21巻
文庫版:全31巻
アニメ
シリーズ構成 岡部英二
キャラクターデザイン 近藤英輔、小華和ためお
音楽 菊池俊輔
アニメーション制作 土田プロダクション
製作 日本アニメーションフジテレビ
放送局 フジテレビ系列
放送期間 1976年10月6日 - 1979年12月26日
話数 全163話
テンプレート - ノート
プロジェクト 漫画アニメ
ポータル 漫画アニメ
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概要

神奈川県明訓高校野球部に所属する主人公の「ドカベン」こと山田太郎と、同級生でチームメイトの岩鬼正美殿馬一人里中智微笑三太郎などのライバル達の高校野球での活躍を描く。

ただ、連載初期に描かれた中学時代では山田、岩鬼、山田の妹サチ子の3人を主軸とし、鷹丘中学を舞台とした柔道漫画だった(この部分は実写版映画で忠実に再現された。山田はストーリー中で柔道部から野球部に移籍している)。単行本7巻目に至り、野球漫画へ方向転換する。元々野球漫画として描く計画だったようで、野球をやることへの伏線は最初から張られている。作者は「当時ライバル誌に『男どアホウ甲子園』で同じく野球作品を連載していたため控えていた」と雑誌のインタビューで答えている[要出典]

当時魔球などの超人的・非現実的要素の多かった野球漫画にあって、配球の読みなどのリアルな野球の描写を盛り込んだことは斬新で、躍動感のある水島独特の画風も手伝って野球漫画の新境地を開拓した[注 1]。漫画評論家の夏目房之介は、「いわゆるスポ根の事大主義、精神主義が水島野球劇画にないわけではない。むしろ逆である。しかし彼の作品がスポ根から一線を画するのは、キャラクターのドラマを必殺技から救ったからだ。」と指摘している[2]

また水島によれば、本作品以前はヒット作に恵まれていなかったものの、本作品では前述の岩鬼を主人公の山田に絡ませたことで物語が大きく展開してヒットに繋がり、さらに里中、殿馬の登場時にはそれまで自分の作品には恵まれなかった女性ファンが倍増したという[3]

一方で、中学編までに顕著であった山田を始めとする誇張された貧困描写、現実の高校野球のルール・制度に即さない描写も散見される。また、粗暴・怪奇・反社会的描写は、後発シリーズの回想シーンではそのまま再現するとコンプライアンス違反になるためか、全く違う描写に改変される場合もある。

続編に『大甲子園』、『ドカベン プロ野球編』、『ドカベン スーパースターズ編』、『ドカベン ドリームトーナメント編』がある。ドリームトーナメント編の終了を以てドカベンシリーズが完全完結した。全シリーズを含めた総巻数は205巻[4]で、シリーズ累計としては作品終了時点で日本で最も巻数の多い作品となり、作品をきっかけにプロになった選手も多いと言われている[5][注 2]

時代設定

山田が明訓高校に入学した年の夏の甲子園大会は、1974年の「第56回全国高等学校野球選手権大会」だった(アニメ版では、1977年の「第59回全国高等学校野球選手権大会」)。ただし、以降の大会では第何回かは明記されておらず、必ずしも1974年から1976年の高校野球・プロ野球界を反映したものではない。岩鬼家が倒産の危機に瀕した際、大阪ガメッツが岩鬼をスカウトに来るなど、架空の設定も多く含まれている。以下、作中の時代設定に関する描写を挙げる。

  • 山田世代が高校1年夏にいわき東高校と対戦したとき、常磐炭鉱の閉山が背景にあったが、これは1971年から[6]1976年ごろになる。
  • 山田世代の高校2年夏に犬飼小次郎南海に入団するが、その時の監督は1978年から1980年まで務めていた広瀬叔功。作中の日本ハム対南海戦の日本ハムの出場メンバーに、1979年のみ在籍したサム・ユーイングがおり、1979年と推測される。
  • 高1秋の関東大会は会場が千葉(銚子)で、高2秋の関東大会は埼玉(大宮)で行われている。実際には1972、1973年に開催されていた。ということは山田世代の高校時代は1972から1974年までということになる。
  • 山田世代は高校3年夏に、1978年春開場の横浜スタジアムで試合を行っている。

『ドカベン プロ野球編』(1995年 - )以降は現実の時間と並行して展開しているため、小次郎のホークス入団など、作中の話が全て1990年代初めに設定し直されている。

主な登場人物

書誌情報

単行本

豪華版

文庫版

テレビアニメ

概要

テレビアニメ版は1976年10月6日から1979年12月26日にフジテレビ系列で放送された。のちにCS放送フジテレビ739で再放送された。全163話。

アニメ化された時点で既に野球漫画として人気があったため、アニメ版では序盤の柔道編が短縮された。テレビアニメは原作連載の約2倍のペースで進行し、結果追いついてしまったため高2夏の弁慶高校戦敗退時点で終了している。なお、アニメオリジナルシーンもいくつか存在する(山田と岩鬼の初対面シーンで夏子が出ているなど)。

キャスト

スタッフ

主題歌・挿入歌

オープニング

「がんばれドカベン」(第1話 - 第106話)
作詞 - 水島新司、保富康午 / 作曲・編曲 - 菊池俊輔 / 歌 - こおろぎ'73
再放送用のオープニング映像では間奏で岩鬼がバットを捕ってから挿入される場面(石毛が打球を処理するなど)がカットされている。
ロイヤルナイツによるカヴァー版がアポロン音楽工業から1982年に発売されたカセット絵本に収録された。
「スポ根TVヒッツ!」(TECH-25111、テイチクエンタテインメント)に収録されているのはテレビサウンズ合唱団によるカヴァー版である。
「九人のマーチ」(第107話 - 第128話)
作詞 - 薩摩忠 / 作曲・編曲 - 菊池俊輔 / 歌 - 杉並児童合唱団
「青春フィーバー(コンバット・マーチ)」(第129話 - 第163話)
作詞 - 保富康午 / 作曲 - 菊池俊輔、三木佑二郎牛島芳 / 編曲 - 菊池俊輔 / 歌 - コロムビア・オールスターズ(水木一郎ささきいさお堀江美都子大杉久美子かおりくみこ、こおろぎ'73)
前奏として早稲田大学の応援曲「コンバットマーチ」が使用されており、三木・牛島はその作曲者としてクレジットされている。
EDクレジットでは「青春フィバー」と誤記されている。
近年[いつ?]の再放送では「がんばれドカベン」のみ使用されることも多い。

エンディング

「ああ青春よいつまでも」(第1話 - 第106話)
作詞 - 保富康午 / 作曲・編曲 - 菊池俊輔 / 歌 - こおろぎ'73
「きみこそみんなのアイドルだ!」(第107話 - 第128話)
作詞 - 薩摩忠 / 作曲・編曲 - 菊池俊輔 / 歌 - こおろぎ'73、杉並児童合唱団
「太陽の子」(第129話 - 第163話)
作詞 - 保富康午 / 作曲・編曲 - 菊池俊輔 / 歌 - コロムビア・オールスターズ

挿入歌

「ホームランソング」
作詞 - 保富康午 / 作曲・編曲 - 菊池俊輔 / 歌 - こおろぎ'73
「男は岩鬼」
作詞 - 保富康午 / 作曲・編曲 - 菊池俊輔 / 歌 - こおろぎ'73 / セリフ - 玄田哲章
「仲間たち」
作詞 - 保富康午 / 作曲・編曲 - 菊池俊輔 / 歌 - こおろぎ'73
「光る青春 今ここに」
作詞 - 水島新司 / 作曲・編曲 - 菊池俊輔 / 歌 - こおろぎ'73
「ああ甲子園」
作詞 - 保富康午 / 作曲 - 古関裕而 / 編曲 - 横山菁児 / 歌 - 日唱
「小さな巨人 里中くん」
作詞 - 保富康午 / 作曲・編曲 - 菊池俊輔 / 歌 - ザ・チャープス
「野球小唄」
作詞 - 保富康午 / 作曲・編曲 - 菊池俊輔 / 歌 - こおろぎ'73
「殿馬ずら」
作詞 - 保富康午 / 作曲・編曲 - 菊池俊輔 / 歌 - こおろぎ'73 / セリフ - 肝付兼太

挿入歌の初出は番組放送中に発売された主題歌・挿入歌LPで、「ああ甲子園」と「小さな巨人 里中くん」はシングルカットもされた。挿入歌のメロオケもBGMとして使われた。

各話リスト

さらに見る 話数, 初回放送日 ...
話数初回放送日サブタイトル脚本絵コンテ演出作画監督
11976年
10月6日
ドカベン太郎です! よろしく田村多津夫光延博愛光延博愛
岡部英二
金沢比呂司
210月13日男岩鬼の葉っぱがゆれる!馬嶋満山崎修二近藤英輔
310月20日ワンツーストライクアウト!田村多津夫光延博愛小華和ためお
410月27日逃げろ逃げろ逃げまくれ!馬嶋満山崎修二金沢比呂司
511月3日サンマの味が目にしみるデ!田村多津夫樋口雅一木村圭市郎
611月10日帰る家がなくなったぁ!高たつま川島彰
711月17日これぞ! 花の一本背負いや馬嶋満水沢わたる内山正幸
811月24日サチ子! 兄ちゃんは勝つ田村多津夫三家本泰美小華和ためお
912月1日山田! 柔道部をやめろ小華和ためお金沢比呂司
1012月8日男の涙は熱いのです!馬嶋満石黒昇木村圭市郎
1112月15日よみがえれ! ライバル田村多津夫樋口雅一川島彰
1212月22日山田! おまえは補欠や馬嶋満水沢わたる内山正幸
1312月29日そろいもそろった鷹丘ナイン!田村多津夫山田茂雄岡迫亘弘
141977年
1月5日
岩鬼キャプテン猛ダッシュ!馬嶋満高たつま
151月12日おーよ! ピッチャーで四番ズラか?田村多津夫山崎修二金沢比呂司
161月19日勇次君立て! ラストボールだ木村圭市郎
171月26日サインプレイのサインはV?田村多津夫
馬嶋満
樋口雅一川島彰
182月2日プレーボール! さあゆけ鷹丘中学水沢わたる林和男
192月9日出ました! 秘打白鳥の湖三家本泰美金沢比呂司
202月16日ファウルファウル! 23球光延博愛岡迫亘弘
212月23日殿馬! 花のワルツでかっとばせ小華和ためお木村圭市郎
223月2日同点か! ゲームセットか?!渋市節林和男
233月9日ああ花の野球部大ピンチ!樋口雅一川島彰
243月16日鷹丘野球部よ! いつまでも水沢わたる近藤英輔
253月23日小さな巨人! 里中くん金沢比呂司
263月30日山田! 高校野球へ来い近藤英輔木村圭市郎
274月6日ああ! 明訓野球新入部員山谷光和岡迫亘弘
284月13日男が泣いた! 酔いどれノック渋市節川島彰
294月20日葉っぱも泣いたゴボーヌキ!樋口雅一岡迫亘弘
304月27日初登板! 小さな巨人里中くん小華和ためお金沢比呂司
315月4日二死満塁・バッター山田!水沢わたる木村圭市郎
325月11日見たか! 男岩鬼の悪球打ち三家本泰美川島彰
335月18日恐打雲竜! ドラゴンキルたい山谷光和白土武
345月25日秘密投手? 緒方くん近藤英輔岡迫亘弘
356月1日甲子園かけたプレイボール!渋市節金沢比呂司
366月8日小さな巨人対大きな巨人樋口雅一白土武
376月15日なるか! 里中パーフェクト水沢わたる川島彰
386月22日思いはあこがれの甲子園へ近藤英輔木村圭市郎
396月29日大阪通天閣の阪田三吉や山谷光和岡迫亘弘
407月6日ああ友情に涙あり小華和ためお金沢比呂司
417月13日明訓ナイン甲子園へレッツゴー樋口雅一白土武
427月20日夏の甲子園! 堂々の入場行進山崎修二川島彰
437月27日打った! 始球式ホームラン
448月3日見たか驚異の通天閣打法小華和ためお岡迫亘弘
458月10日殿馬走った! 秘走「運命」近藤英輔金沢比呂司
468月17日準決勝! 里中対土佐丸作戦山谷光和藤原万秀
478月24日危ない里中! 足からすべれ三家本泰美川島彰
488月31日里中! 里中がんばれ! 大コール山崎修二白土武
499月7日延長10回! なるか明訓逆転劇小華和ためお金沢比呂司
509月14日雨! 里中復調決勝のマウンドへ山谷光和岡迫亘弘
519月21日決勝戦! 打った幻のホームラン近藤英輔藤原万秀
529月28日つかめ真紅の大優勝旗三家本泰美川島彰
5310月5日ああ! 栄冠に涙あり白土武白土武
5410月12日大優勝花のパレードを追っかけろ光延博愛岡迫亘弘
5510月19日男岩鬼の大放送!石崎すすむ福田皖
5610月26日明訓狂騒曲「背番号5」山崎修二金沢比呂司
5711月2日殿馬作曲秘打「白鳥の湖」近藤英輔川島彰
5811月9日ほほえみ野球! 三太郎登場山谷光和白土武
5911月16日剛球豪打! ふたりのドカベン山崎修二藤原万秀
6011月23日ピンチ明訓! ピッチャー殿馬三家本泰美金沢比呂司
6111月30日出た! DHアベックホーマー石崎すすむ福田皖
6212月7日奇跡! 不知火驚異のカムバック三家本泰美岡迫亘弘
6312月14日リリーフ山田! 一球入魂近藤英輔金沢比呂司
6412月21日激投不知火! ひるむな明訓山谷光和白土武
6512月28日山田! 準決勝への大アーチ石崎すすむ川島彰
661978年
1月4日
遂に出た! 土門投手の剛速球三家本泰美百瀬義行
671月11日秘投ハゲ山の一夜!ずら石崎すすむ藤原万秀
681月18日代打里中! 山田をかえせ!山谷光和岡迫亘弘
691月25日前略!? 土門の捕手はボクです白土武白土武
702月1日決勝! 鉄人土門対小さな巨人三家本泰美百瀬義行
712月8日遠いこの一点! 本塁死守だ!山崎修二岡迫亘弘
722月15日再演! 秘打「白鳥の湖」ずら光延博愛近藤英輔
732月22日痛烈! ピッチャーがえしの片手打ち石崎すすむ福田皖
743月1日走れ山田! ホームはそこだ!山谷光和飯村一夫
753月8日最終回! ああ痛恨の大エラー康村正一笠原茂
763月15日二死満塁! たのむぞ三太郎三家本泰美金沢比呂司
773月22日消えた? 深紅の大優勝旗石崎すすむ岡迫亘弘
783月29日挑戦? 影丸背負い投げ投法山崎修二川島彰
794月5日出場辞退!? 嵐の中の土井垣山谷光和飯村一夫
804月12日私には見える! 消えた優勝旗三家本泰美岡迫亘弘
814月19日きのうの友はきょうの敵金沢比呂司金沢比呂司
824月26日生涯のライバルだ! 山田太郎鈴木行岡迫亘弘
835月3日賀門さんが犯人!? 脅迫電話石崎すすむ川島彰
845月10日センバツへ! 関東大会開幕三家本泰美
855月17日敵はスタンドにあり!?石崎すすむ百瀬義行
865月24日砲丸投法! 重いその差一点山谷光和野館誠一
谷田部雄次
875月31日ゆらぐマウンド! くずれる里中近藤英輔岡迫亘弘
886月14日暴投岩鬼のストライク!?鈴木行川島彰
896月21日これぞ殿馬の秘打!「黒田節」山崎修二岡迫亘弘
906月28日「僕は誰だ?」さまよう太郎原田益次岡迫亘弘
野館誠一
917月5日危うし明訓! 山田はいない石崎すすむ川島彰
927月12日返った優勝旗! かえらぬ記憶山谷光和岡迫亘弘
937月19日太郎! 空白の同点スリーラン石崎すすむ野館誠一
谷田部雄次
947月26日激突のフェンス! 記憶をキャッチ原田益次岡迫亘弘
958月2日殿馬! G線上のアリアずら山崎修二
968月9日逆転! フォアマン黒い閃光光延博愛野館誠一
谷田部雄次
978月16日岩鬼代走! 再演バックドロップ石崎すすむ
988月23日ほえろっ! 栄光ってなんだ原田益次川島彰
998月30日野球に甦る! 燃える青春白土武山谷光和
1009月6日スイッチ投手! わび助登場山谷光和
1019月13日山田封じ! マウンドの仕掛人石崎すすむ野館誠一
谷田部雄次
1029月20日主砲凡退! 沈む明訓原田益次岡迫亘弘
1039月27日再び会おう! 春の甲子園石崎すすむ野館誠一
谷田部雄次
10410月11日センバツへ! それぞれの青春井内秀治岡迫亘弘
10510月18日ドラフト蹴って! 甲子園へGO鈴木行川島彰
10610月25日土佐丸兄弟! かくされた牙原田益次岡迫亘弘
10711月1日高く響け! 春夏二連覇のマーチ石崎すすむ
10811月08日アイパッチ! 底知れぬ土佐丸蔭山康生原田益次
10911月15日明訓苦戦! 荒れ狂う甲子園奥田誠治石崎すすむ
11011月22日出た! サウスモンスター「中」和泉洋原田益次
11111月29日山田対「中」! 二本足のカカシ奥田誠治石崎すすむ
11212月6日土井垣作戦! 満塁に敬遠はない!原田益次
11312月13日起死回生! 秘打回転木馬ズラ石崎すすむ
11412月20日準決勝! 策士徳川明訓をのむ原田益次
11512月27日敬遠策! 太郎怒りの一撃石崎すすむ
1161979年
1月3日
里中負傷! 明訓ピンチ無死満塁原田益次
1171月10日頑張れ里中! 小さな巨人岡崎邦彦
1181月17日明訓・土佐丸! 再度の決戦奥田誠治原田益次
1191月24日里中襲う! 土佐丸野球石崎すすむ
1201月31日腕が伸びる?! 怪奇投手犬神原田益次
1212月7日山田! さとるボールを投げさせろ岡崎邦彦
1222月14日殺人野球! 里中再起不能か?奥田誠治石崎すすむ岡迫亘弘
川島彰
1232月21日特別代走! 時間よ止まれ原田益次岡迫亘弘
1242月28日不死鳥里中! 再びマウンドへ福冨博石崎すすむ
1253月7日スーパースター男岩鬼! 一球入魂岡崎邦彦岡迫亘弘
川島彰
1263月14日死神ボール! 山田を襲う激痛原田益次岡迫亘弘
1273月21日見せるぞ! 小さな巨人の心意気石崎すすむ
1283月28日秘執念! 殿馬ファイトの謎奥田誠治原田益次
1294月4日春夏連覇の円舞曲! 秘打「別れ」原田益次
1304月11日守れるか! 明訓二本の優勝旗岡崎邦彦
1314月18日男岩鬼! 我が青春に悔いなし石崎すすむ
1324月25日任侠野球道! 南海権左なんよ福冨博原田益次
1335月2日見たか渚! ミットの謎奥田誠治石崎すすむ
1345月9日明訓! 傷だらけの春季大会原田益次岡迫亘弘
川島彰
福島淳隆
松田あつ子
1355月16日予選開幕! 打倒明訓の合言葉岡崎邦彦岡迫亘弘
1365月23日走れ里中! 栄光のマウンドへ石崎すすむ
1375月30日渚メッタ打ち! 勝負あった!原田益次岡迫亘弘
川島彰
尾鷲英俊
内田守
1386月13日痛い! ドカベン山田大ピンチ奥田誠治石崎すすむ岡迫亘弘
1396月20日男岩鬼! ろれろれ大ホームラン岡崎邦彦
1407月4日ネット裏! 立ち上った小さな巨人奥田誠治原田益次
1417月11日不滅! 明訓黄金バッテリー原田益次
1427月18日殿馬帰る! ハイジャックずら!石崎すすむ
1437月25日不知火登板! 殿馬復帰ずら岡崎邦彦
1448月1日山田封じ? ハエ・ボール!石崎すすむ
1458月15日判定は?! 灼熱のアクシデント原田益次
1468月22日翔んでる! 秘打ハイジャック
1478月29日不知火散る! 痛恨のルールブック岡崎邦彦
1489月5日負けて勝つんよ! 念力野球?石崎すすむ
1499月12日悪霊! 吹き荒れる権左旋風原田益次
1509月19日金縛り!? 不動のスラッガー!石崎すすむ
1519月26日谷津決勝ホーマー! ピンチ里中原田益次
15210月10日常勝明訓ついに破る!石崎すすむ
15310月17日鈍足ドカベン! 決死の本盗原田益次
15410月24日甲子園キップ! 岩鬼火山大爆発近藤英輔石崎すすむ
15510月31日冥土の使者! 武蔵坊原田益次
15611月7日消えた! 明訓高校ナイン石崎すすむ
15711月14日夏の祭典! 甲子園大会開幕原田益次
15811月21日怪足B・T学園! 謎の鈍行プレイ石崎すすむ
15911月28日爆走ブルートレイン! 逆転特急原田益次
16012月5日弁慶起つ! 予告投球の謎石崎すすむ
16112月12日明訓! 甲子園三連覇へ赤ランプ原田益次
16212月19日明訓敗れるか! どたん場の激突石崎すすむ
16312月26日最終回! ドカベン今日敗れる原田益次
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放送局

※放送日時は1979年9月中旬 - 10月上旬時点(西日本放送については1979年2月中旬 - 3月上旬時点[107])、放送系列は放送当時のものとする[108]

さらに見る 放送地域, 放送局 ...
放送地域放送局放送日時放送系列備考
関東広域圏フジテレビ水曜 19:00 - 19:30フジテレビ系列制作局
北海道北海道文化放送
宮城県仙台放送
秋田県秋田テレビ
山形県山形テレビフジテレビ系列
テレビ朝日系列
長野県長野放送フジテレビ系列
静岡県テレビ静岡
富山県富山テレビ
石川県石川テレビ
福井県福井テレビ
中京広域圏東海テレビ
近畿広域圏関西テレビ
島根県鳥取県山陰中央テレビ
岡山県
岡山県・香川県
岡山放送1979年3月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局。
1979年3月(第128話)までの放送エリアは岡山県のみ。
1979年4月の岡山・香川の電波相互乗り入れで香川県にもエリア拡大。
広島県テレビ新広島
愛媛県愛媛放送現・テレビ愛媛
福岡県テレビ西日本
佐賀県サガテレビ
宮崎県テレビ宮崎フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
沖縄県沖縄テレビフジテレビ系列
青森県青森放送水曜 17:30 - 18:00日本テレビ系列
テレビ朝日系列
岩手県テレビ岩手土曜 18:00 - 18:30
福島県福島テレビ土曜 17:00 - 17:30TBS系列
フジテレビ系列
山梨県山梨放送木曜 19:00 - 19:30日本テレビ系列
新潟県新潟総合テレビ金曜 18:30 - 19:00フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
現・NST新潟総合テレビ
山口県テレビ山口土曜 17:30 - 18:00TBS系列
フジテレビ系列
1978年9月まではテレビ朝日系列とのトリプルクロスネット局。
香川県西日本放送金曜 18:00 - 18:30日本テレビ系列当時の放送エリアは香川県のみ。
岡山放送の岡山・香川の電波相互乗り入れまで放映。
高知県高知放送金曜 17:30 - 18:00
長崎県テレビ長崎土曜 18:00 - 18:30フジテレビ系列
日本テレビ系列
熊本県テレビ熊本水曜 17:25 - 17:55フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
大分県テレビ大分金曜 17:30 - 18:00
鹿児島県南日本放送土曜 17:30 - 18:00TBS系列
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補足

当番組終了後、関東地区では1980年7月4日から同年9月26日まで、『翔んだカップル』開始までのつなぎ番組として、毎週金曜の19:00 - 19:30に1話から13話までを再放送したことがあった。

さらに見る フジテレビ系列 水曜19:00 - 19:30枠, 前番組 ...
フジテレビ系列 水曜19:00 - 19:30枠
前番組 番組名 次番組
アラビアンナイト シンドバットの冒険
(1975年10月1日 - 1976年9月29日)
ドカベン
(1976年10月6日 - 1979年12月26日)
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映画作品

いずれも1977年東映によって公開された[109]

ドカベン(実写映画)

概要 ドカベン, 監督 ...
ドカベン
監督 鈴木則文
脚本 掛札昌裕
原作 水島新司
出演者 #キャスト(実写映画)を参照
音楽 菊池俊輔
主題歌 こおろぎ'73「がんばれドカベン」
撮影 出先哲也
編集 田中修
製作会社 東映東京撮影所
配給 東映
公開 日本の旗 1977年4月29日
上映時間 84分[110]
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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実写映画版『ドカベン』は、1977年春に公開された日本映画[111][112]。製作・配給:東映。監督:鈴木則文カラー、シネマスコープ(2.35:1)、84分。主人公・山田太郎が所属していた柔道部をやめ、野球部に入って猛練習を積むまでが描かれる[110][113]。封切り時の同時上映作品は『恐竜・怪鳥の伝説』『池沢さとしと世界のスーパーカー』。

原作における鷹丘中学でのエピソードが明訓高校を舞台にしたものに改変されている(野球部主将の長島や柔道部員らが、本作では明訓高校の生徒となっているなど)他は、多くのエピソードが原作漫画に忠実に再現されており[114][115]、怪作の仲間入りを果たした[112][116]

キャスト(実写映画)

順は本作オープニングのタイトルバックに基づく。

  • 山口 - 千葉智彦
  • 大丸 - 飯塚仁樹
  • 城山 - 勝光徳
  • 田所 - 八木徳之
  • 賀間幸子 - 小貫千恵子
  • 大道寺(花園学院の柔道部員) - 福岡康祐
  • 弁造(花園学院の柔道部員) - 渡辺義文
  • 麻島(花園学院の柔道部員) - 溜健二
  • 釜石(花園学院の柔道部員) - 佐藤昇
  • 佐川二郎
  • 島本 - 吉沢高明
  • 柔道大会の副審:山浦栄
  • 徳田雅之
  • 柴野 - 高木哲也
  • 村尾幸三

スタッフ(実写映画)

  • 企画 - 太田浩児
  • 原作 - 水島新司(「週刊少年チャンピオン」連載)
  • 脚本 - 掛札昌裕
  • 撮影 - 出先哲也
  • 録音 - 宗方弘好
  • 照明 - 川崎保之丞
  • 美術 - 藤田博
  • 編集 - 田中修
  • 助監督 - 森光正
  • 記録 - 宮本衣子
  • 擬斗 - 日尾孝司
  • 柔道指導 - 池内憲二
  • スチール - 加藤光男
  • 進行主任 - 志村一治
  • 装置 - 畠山耕一
  • 装飾 - 五十嵐靖治
  • 美粧 - 住吉久良蔵
  • 美容 - 宮島孝子
  • 衣裳 - 福崎精吾
  • 演技事務 - 石原啓二
  • 現像 - 東映化学

主題歌・挿入歌(実写映画)

テレビアニメ版・アニメ映画版と同じものが用いられた。

「がんばれドカベン」
作詞 - 水島新司、保富康午 / 作曲・編曲 - 菊池俊輔 / 歌 - こおろぎ'73
「ああ青春よいつまでも」
作詞 - 保富康午 / 作曲・編曲 - 菊池俊輔 / 歌 - こおろぎ'73

製作(実写映画)

企画経緯

岡田茂東映社長が1976年11月頃のインタビューで、「ゴールデンウイークは3年連続で(興行)失敗してるので、今度は子供狙いの『恐竜・怪鳥の伝説』で、中高校生を根こそぎにしたろうと思ってるんだ」と[118]、子供を劇場に引き込むべく、『恐竜・怪鳥の伝説』との組み合わせを考慮し[118]、『恐竜・怪鳥の伝説』だけでは、なかなかパブリシティの面でも売りにくいと判断し、前述のテレビアニメが当たっていたことで、当時最高に人気があった『ドカベン』で少年たちを呼び込もうという狙いで企画された[119][120]

1977年1月18日に東京プリンスホテルで東映が関係者を集めて年賀パーティを行った席で、正式に『恐竜・怪鳥の伝説』との二本立てと公表された[121]。続いて1977年2月に「興行は4月29日から5月13日までの2週間とし、ターゲットを中学生の大量動員に絞り、1億円の超大型宣伝費を投入し、TVに比重を置いたゴールデンタイムTV集中スポットなど、新しい思い切ったプランニングを展開する」等と発表された[120](直前に『池沢さとしと世界のスーパーカー』が追加され、三本立てとなった)[122]。東映がゴールデンウィークに子供番組を掛けるのは初めてだった[123]

この年東映は、当時の漫画ブームを受け『ドカベン』『空手バカ一代』『ドーベルマン刑事』『こちら葛飾区亀有公園前派出所』『サーキットの狼』と人気漫画を次々に映画化した[124]。またこの年の正月映画で、日本でも大ヒットした『がんばれ!ベアーズ』の影響やアメリカでスポーツ映画が量産されていた関係で、日本の映画各社もスポーツ映画を製作しようという流れがあった[125][126]。同時期に日活も同じ水島新司原作の『野球狂の詩』の製作を発表し、相乗効果もあり大きな話題を呼んだ[126]

監督選定、キャスティング

監督は「映画はサービス業である」と公言する[115]プログラムピクチャーの名手・鈴木則文[127]。当時の鈴木は「トラック野郎シリーズ」を大当たりさせ、深作欣二と共に東映切っての売れっ子社員監督[114][128]。本作監督のオファーにはじめは逡巡したが、原作が持つ「少年の理想」に打たれ監督を承諾した[114]。鈴木はこの年東映の正月、ゴールデンウイーク、お盆作品の全てを担う快挙だった[114]。鈴木は「映画でできないものはない」が自身の信念[129]。「撮影はスタッフもみんな楽しんでたよ」と話している[119]

全国公募は2700人で[112][109][113][125]、この中にはプロレスラーや、警察官自衛官の他、日本ハム現役プロ野球選手らが含まれていた[126]。東映でこれを90人に絞り、1977年2月6日、東京練馬東大泉東映東京撮影所(以下、東映東京)で、ドカベンこと山田太郎、岩鬼正美、長島徹役3人の主役オーディションが行われ[126]、書類選考をパスしたそれぞれ30人ずつの計90人が参加した[126]。審査委員は水島新司、鈴木則文監督、幸田清東映東京所長と、水島新司の息子を含むファン代表3人[126]。イメージテストや柔道と野球の実技テストがあり、終了後、審査員間で長い時間をかけて話し合いが行われ、この日、ドカベンこと山田太郎役の橋本三智弘、岩鬼正美役の 高品正広が決まった[126]。合格者の賞金はなし[126]。橋本は当時日大高校の1年で、実際に野球部に所属し、ポジションもキャッチャーであだ名もドカベンだった[126]。身長162センチ、体重80キロ。当時の文献にはアマ規定により、野球部は辞めなければならないと書かれている[126]。高品は東映演技研修所に通うプロの役者であるが、当時の文献にはズブの素人で建築手伝いと書かれている[126]。身長185センチ、体重73キロ。長島徹役の永島敏行の3人は、原作ファンも納得の[112]、原作そっくりに再現された[112][124]。オーディションの模様を取材した1977年2月の文献では、長島徹役はこの日は決まらなかったと書かれており、永島敏行の名前も記事にない[126]

ドカベン役の橋本三智弘は役者がやりたいのではなく、「ドカベンのファンでドカベンをやりたいから」と応募して来た[119]

長島徹を演じた永島敏行は専修大学の準硬式野球部に所属していた学生であり、父親が本人に無断で応募したオーディションによって俳優デビューした[117]。「映画が大好きな父親が自分の夢を僕に託したような気がする」と話している[130]。永島は東映のスタッフの誰かに毎晩酒を飲みに連れて行かれ、とっかえひっかえ「お前は役者をやめた方がいい」と芝居のヘタさを貶され、全員に言われて腹が立ち、「クソ~このまま引き下がれるものか。見返してやる」という気持ちになり、『サード』のオーディションを受けに行ったと話している[130]。永島は春日太一とのインタビューの中で、ラッシュフィルムを見た際、二度と見たくないくらい自分の演技が下手だと感じたと振り返る一方、「(鈴木)則文さんはその下手さを逆に狙ったのかもしれません。僕は真剣にやればやるほど下手になるところがあるんで。」とも話している[117]

岩鬼役の高品正広は、鈴木監督が「主役は素人でもいいが脇役はプロの役者が欲しい」という意向で抜擢された[119][129]。殿馬役の川谷拓三も同じ理由での抜擢[129]。川谷は撮影当時35歳でそれまで演じたのはチンピラか犯罪者[112]。似てない上、どう見ても高校生には見えず、これはミスキャストではなく、東映が敢えて違和感を狙った確信犯という説もある[112]

もともと原作は中学校の柔道部活から始まるが、映画では高校スタートに変更。東映が凄いのは『ドカベン』の企画時に野球漫画として大ブレイクしているにも関わらず、単行本だと7巻分、アニメだと1クールを費やした柔道編をメインにしたところ[112]。さらに原作で山田とバッテリーを組む女子人気ナンバーワンのイケメン投手・里中智をバッサリ切り捨てた[112]。オーディション時の記事で東映宣伝部が「ドカベンチームを作って、少年チームあたりを相手にして試合度胸をつけるつもりです。勿論、最終的に狙うのは水原勇気マウンドに立つ東京メッツです」等と話していることから、最初から野球メインで構想されていたものと考えられる[126]

書店の娘で学校のマドンナを演じる山本由香利は、東映の専属女優で[131]、1970年代半ばから他社が成功していたヤング路線、青春映画に触発され、東映も山本を売り出す計画があったが[131]、東映は伝統的に清純派女優を活かす映画製作が得意でなく[132]、東映では山本を売り出すことは出来なかった。その書店で『ドカベン』全巻を大人買いする子供たちの中に水島新司の実子、新太郎・慶司郎兄弟が混ざっている[112]

撮影

ドカベンたちの通う明訓高校は神奈川県にあるという設定だが、神奈川県内でのロケーション撮影横浜マリンタワーが映る10秒程度で、大半の撮影は東京都練馬区東映東京撮影所で行われた。

評価(実写映画)

  • 鈴木監督はインタビューで「子どもの夢を壊したくないという明確な意図のもと実写で漫画を表現することを徹底した」と話している[119][129]
  • ライターのモルモット吉田リアルサウンドに寄せた別作品のレビュー記事で本作に触れ、本作を「跳ね上がった内容を持つ漫画の実写化の成功例」とみている[137]
  • 伴ジャクソンも「『実写をマンガに寄せる』アプローチは数々の奇跡を生み出し『ドカベン』ではアヴァンタイトルで『漫画のキャラが看板から抜け出す』という『カイロの紫のバラ』よりも早い二次元キャラの実体化を描写。『誰が何と言っても、こいつが山田太郎です!』と観客に有無を言わせない画期的な演出が素晴らし過ぎる」と評価している[134]
  • 磯田勉は「鈴木則文の演出は漫画そのまんまのテイストを映画に持ち込み、紙の上に描かれたキャラクターや表現を生身の俳優を使ってフィルムに再現しようとする過激な試み。痛快なまでの実験精神は成功し、『伊賀野カバ丸』などの80年代の漫画原作映画に引き継がれた」と評している[124]
  • 春日太一は「週刊文春」2018年8月2日号の中で、殿馬一人役の川谷拓三が原作における殿馬の軽やかなイメージからかけ離れているとしつつも、佐藤蛾次郎演じる外国かぶれの教師・野川や、南利明演じるいい加減な医者・亀田をはじめとする喜劇的に脚色されたキャラクターたちの織り成すギャグを通じて、監督の鈴木則文が本作を軽いコメディとしてとらえていたと分析し、殿馬の違和感も狙ったものではないかと推測している[110]
  • Bazilは「『恐竜・怪鳥の伝説』と合わせた二本立て(正しくは三本立て)は「最強のバカ映画2本立て」と評し「マンガとカイジュ―というこれ以上ない理想のお子様ランチのはずだったが、アナーキー過ぎるメイン・ディッシュ『恐竜・怪鳥の伝説』の口直しとして期待された『ドカベン』は、大半が柔道部編で野球シーンはないという変化球。川谷拓三やマッハ文朱が違和感たっぷりの高校生役を演じるのはカオルちゃんの先駆けか」などと評している[116]
  • 高鳥都は『週刊文春CINEMA』2025年夏号の特集「昭和100年 日本映画〈ジャンル別〉ベストテン前編 サブジャンルベスト5! マンガ原作映画 傑作・怪作5選」で本作を第1位に選んだ[115][注 4]

続編構想(実写映画)

脚本の掛札昌裕は「続編のシナリオは出来ていたんです。続編で本格的に野球映画になる予定でした」[138]「女の野球部と対戦する話だった」[115]「岡田社長や天尾完次プロデューサーは、アニメを使って、ホントにアニメの動きをしたりギャグっぽいのが好きでなく、『こんな滑ったり転んだりはやめろ』とよく注意された」などと述べている[139]

鈴木監督は「続編をやるつもりだった。結構当たったんだけどな。ただ、同時上映の『恐竜・怪鳥の伝説』が……。俺は愛情持って『ドカベン』を撮ってるんだから、俺が必ずやると言ったら企画も通ったと思う」等と述べている[119]

ネット配信(実写映画)

YouTubeの東映公式チャンネル「東映シアターオンライン」(旧「toei xstream theater」が2022年10月21日よりリニューアル)の第1回配信作品として、2022年10月21日21:00から同年11月4日20:59まで期間限定無料配信が行われた。

外部リンク(実写映画)

ゲーム作品

※以下はドカベン以外の水島漫画のキャラも登場している作品。

エピソード

全般

「水島新司マンガストリート」に設置された山田太郎の像
  • 「明訓高校」は、水島新司が入学を果たせなかった新潟明訓高校が由来。同校が甲子園初出場を果たした1991年夏、『週刊少年チャンピオン』誌上に読み切りで「新潟明訓対神奈川明訓」と題した練習試合が描かれた(1992年の短編集『I Love Baseball』に収録)。
  • 作者の母校である新潟市立白新中学校は当時の新潟明訓高校の隣に位置していた。母校の名は明訓高校のライバル校(白新高校)として劇中に登場する。
  • プロ野球選手香川伸行は、風貌が主人公の山田太郎に似ていたこと、山田太郎と同じ捕手のポジションが主だったことから「ドカベン」の愛称で呼ばれ[141]プロ野球マスターズリーグドカベンの登録名で参加していた。
  • 神奈川県大和市にある大和スタジアムは、かながわ・ゆめ国体開催を前に実施した改築工事の際、水島をアドバイザーに迎えて設備内容の検討を行った。これが縁で、市は竣工後の1997年、施設に愛称「ドカベンスタジアム」を付与。その後メインスタンド正面には打者・山田と投手・里中が対峙する一対の銅像が建立された[142]。引地台野球場は高校野球神奈川大会の試合会場として使用されている他、不定期ながらベイスターズ二軍主催のイースタン・リーグ公式戦も開催される。
  • なお、この「ドカベン」の名称を2009年夏竣工の新潟県立野球場の愛称にするよう求める動きが新潟県内の政財界・野球関係者の間で起こり、水島もこれに全面的に協力していた。しかし上述の通り、既に神奈川県に「ドカベン」を冠した野球場が存在し、且つ新潟明訓高等学校を容易に想起させるため不公平感が生じる可能性もあるなど、問題点が指摘されていた。結局、新潟県が施設命名権の導入を優先させたことから、この計画は頓挫した(詳細は同野球場の施設名称に関する問題を参照)。
  • 2002年、新潟商工会議所と同商店街振興組合により、新潟市中央区古町通のアーケード内に「水島新司マンガストリートとして『ドカベン』の山田、里中、岩鬼、殿馬、『あぶさん』の景浦、『野球狂の詩』の水原、岩田の計7体の銅像が設置された[143]。これらの銅像については2015年に撤去の話が持ち上がったが、撤去の見直しを求める地元商店街などの要望もあり、2016年2月に撤去は見送られることとなった[143]

ルール面

  • 山田達の2年夏の県予選、対白新高校戦で描かれた、「ルールブックの盲点の1点」のエピソード(一死満塁、スクイズプレイが崩れ併殺でチェンジのはずが明訓が1点得点)は、当時現役のプロ野球選手でも理解できず、「いい加減なことを書くな」と抗議が来たほどだった。しかし、後にルールとして正しいことが判明、野球漫画家としての水島の名を上げることになった。現在でもしばしば野球のアピールプレイの説明のために引用され、それどころか初歩的なアピールプレイ忘れであり少年野球のレベルから練習してなくすべきものとして広く認知されている。なお、「ルールブックの盲点」とは言うが、公認野球規則の不備ではなく、「意外に知られていないルール」という意味合いである。
  • 山田達の2年夏の甲子園大会、対ブルートレイン学園(以下BT学園)戦では、安全進塁権に関するエピソードが描かれている。BT学園の1点リードで迎えた8回裏、BT学園の打者桜の打球は左中間の深い位置に飛ぶ大飛球だったが、センター山岡はこの打球に自分のグラブを投げつけて止めてしまう。同時にこの打球を追っていたレフト微笑をはじめ、明訓守備陣はこれをエンタイトル三塁打と勘違いしていた。既に三塁を回っていた桜も三塁打だと思い、腹いせに本塁を踏みつけて三塁に戻ろうとするが、球審はホームインを認める。即ち、グラブを当てて打球を止めた場合、安全進塁権として走者に3つの進塁が与えられ、且つボールインプレイなので、桜の本塁踏み付けは正規に本塁に触れた(安全進塁権によって三塁まで進んだのち、アウトになるリスクを賭してさらに本塁への進塁を試み、生還した)ものと見做される。
  • 以上のように野球に関してはルールを熟知した描写が見られるが、初期の柔道編では山田と賀間との決勝戦で押さえ込み25秒の技ありを取らず(その時点で山田は合わせ技一本で勝利しているはず)、技ありによる優勢勝ちも取らず(賀間も押さえ込みで技ありを取っている可能性があるが、山田が押さえを解いている可能性があり、審判もポイントを宣告していない)に引き分け再試合にしているなど、競技への取材が不足している部分が多々見られる。実際、水島は柔道の知識が全く無く、出版社から柔道マンガの連載を依頼されて困惑していた。しかし大阪でのサイン会で同席した永井豪に「柔道マンガで始めて、途中から(得意な)野球マンガに変えちゃえば良いじゃない!連載がいったん始まってしまえば、編集よりマンガ家の方が強い。人気が出てしまえば、編集は何も言わなくなるよ。」とそそのかされたという[144]
  • 山田達の2年春の甲子園大会で土佐丸高校の犬神了が殿馬の打球を捕った時、さらに夏の予選で東海高校の雪村が山田の打球を捕った時など、捕球した野手がスタンドまたはラッキーゾーンに落ちた場合、これを「ホームラン」としているのは誤りである。ルール上は当時も現在もキャッチの時点で打者はアウト[注 5]で、その後のスタンド・ラッキーゾーン転落はボールデッドとなり、無死もしくは一死であれば走者は投球当時の占有塁から1つ進塁できる。続編の「スーパースターズ」編では同様のプレイに正確な判定をしている[注 6]

関連項目

新潟交通の新潟市観光循環バスのラッピング車両

脚注

外部リンク

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