ヒッポトオス
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アロペーの子
アレオスの子
ヒッポコオーンの子
レートスの子
このヒッポトオスは、テッサリアー地方の都市ラーリッサのペラスゴイ人の王テウタモスの子レートスの子で[8]、ピュライオスと兄弟[8][9]。アポロドーロスではラーリッサ王ペラスゴスの子[10]。トロイア戦争の際に、ピュライオスとともにトロイアを救援して戦った[8][9]。アポロドーロスはラーリッサの武将についてヒッポトオスの名前だけ挙げ[10]、プリュギアのダレースはヒッポトオスとクペサスの名前を挙げている[11]。
ホメーロスの叙事詩『イーリアス』によると、ヒッポトオスはヘクトールがパトロクロスの遺体から奪ったアキレウスの武具を身に着けて、パトロクロスの遺体をも奪おうとした際に、ともに戦った武将の1人であった[12]。ヒッポトオスはパトロクロスの遺体の両足首を縄で縛って、曳いて行こうとした。しかし乱戦の中から大アイアースが躍り出て、槍でヒッポトオスの兜を突くと、兜は割れてバラバラに散らばり、脳髄をまき散らした[13]。パイノプスの子ポルキュスはヒッポトオスを庇おうとしたが、やはり大アイアースに討たれた。アルゴス勢は両者の遺体を運び去り、武具を剥ぎ取った[14]。
クレーテーのディクテュスは、パトロクロス埋葬後の戦闘で、ピュライオス、ヒュタルコスの子アシオスとともに討たれたと述べている[15]。プリュギアのダレースもパトロクロス埋葬後の戦闘で、エウペーモス、ピュライオス、アステロパイオスとともに、アキレウスによって討たれたと述べている[16]。