タンパベイ・バッカニアーズ

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創設1974年4月24日 (51年前) (1974-04-24)
NFC中地区
タンパベイ・バッカニアーズ
Tampa Bay Buccaneers
創設 1974年4月24日 (51年前) (1974-04-24)
NFL参入 1976年シーズン
所属地区
チームデザイン
チームロゴ

ジョン・ラカム海賊旗のアレンジ
チームカラー
  バッカニアーレッド
  ピューター
  ベイオレンジ
 
ユニフォーム
チーム名
  • タンパベイ・バッカニアーズ(1976-現在)
ホームタウン
1976-現在の位置(アメリカ合衆国内)
1976-現在
1976-現在

フロリダ州タンパ(1976-現在)

レイモンド・ジェームス・スタジアム(1998-現在)
タンパ・スタジアム(1976-1997)

永久欠番
獲得タイトル
スーパーボウル・チャンピオン (2回)
カンファレンス・チャンピオン (2回)
NFC
地区優勝 (10回)
NFC中地区
NFC南地区
ワイルドカード(4回)
プレーオフ進出(15/50回)
球団組織
オーナーグレーザー一族
GMジェイソン・リヒト
ヘッドコーチトッド・ボウルズ

タンパベイ・バッカニアーズ英語: Tampa Bay Buccaneers、略称: TB) は、アメリカ合衆国フロリダ州タンパに本拠地をおくNFLチーム。NFC南地区に所属している。第37回スーパーボウルオークランド・レイダースを破り初優勝を果たしている。2001年まではNFC中地区に所属した。愛称はバックスBucs)。ホームスタジアムは、レイモンド・ジェームス・スタジアム。本部と練習場は、スタジアムのすぐ隣に位置している。

創設期

当初チームのフランチャイズ権はフィラデルフィアの建設会社オーナーのトム・マクロウスキーに与えられる予定だったがNFLと金銭面で合意にならず、ジャクソンビル税理士であったヒュー・カルバーハウスが初代オーナーとなった。チームの愛称は公募の結果、タンパ湾17世紀フロリダ州沿岸で暴れ回り名を馳せた海賊バッカニアの縄張りだった事からバッカニアーズと名づけられた。本拠地に決まったタンパ・スタジアムは拡張工事がされ72,000人収容となった。

初代ヘッドコーチには長年USCヘッドコーチを務めた名将、ジョン・マッケイが就任した。これまでマッケイはNFLの他のチームからのオファーを何度か断っていたが新チームを一から作り上げることに興味を持ち、300万ドルの契約を結んだ。マッケイは頼れるベテラン選手とドラフトで有望な選手を獲得し、5年計画でチーム作りを考えていた。だがこの時のエクスパンション・ドラフトは後に行われたものよりもはるかに厳しく高齢になりすぎた選手や他のチームで戦力外と見られた選手しか獲得できなかった。ミスタックルやスナップミスなどが相次ぎファンの支持やメディアの支援も失っていった。マッケイは1977年のドラフトで後に殿堂入りしたRBトニー・ドーセットではなくRBリッキー・ベルを指名したことやUSCのプレイブックに多く頼っていること、カレッジフットボールで全米チャンピオンになったリーロイ・セルモンデューイ・セルモン兄弟の存在などからNFLでカレッジフットボールを行っていると皮肉られた。この不満は次第に高まりファンの間では"Throw McKay in the Bay"(マッケイコーチを湾にほうりこんでやれ)というバンパーステッカーが人気となったほどである。

チーム創設1シーズン目の1976年は暫定的にAFC西地区に所属したが開幕から14連敗でシーズンを終えた[注 1](既存のAFC13チームと同年設立のシアトル・シーホークス(同じく暫定でNFC西地区所属)との14試合に全敗した。)。この年4試合は完封負けを喫し、シーズン14戦での総得点はわずか125点、一方412点を相手に与えた[1]。怪我人も続出しCFLからも選手を獲得した。チームはジョニー・カーソンのトークショーやファンによってジョークのネタにされた。

NFC中地区

1977年からNFC中地区に移った。この年プレシーズンゲームではアトランタ・ファルコンズを17-3で破ったものの、2シーズン目に入っても連敗記録は止まらず6試合で完封負けを喫した。既存のNFC13チームとシアトル・シーホークス(AFC西地区に移動)との14試合を行い、第13週、敵地でのニューオーリンズ・セインツ戦で33-14と初勝利を挙げるまでにさらに12連敗。前年から通算で26連敗を記録した[2]。これは、NFLにおけるワースト記録である(北米4大プロスポーツリーグにおいても、NBAクリーブランド・キャバリアーズが2010-11シーズンに作った「26連敗」と並んでワースト記録)。この時敗れたセインツのQBアーチー・マニングは「バッカニアーズに敗れたことは恥だった。試合後に相手選手に嘲笑された」と述べている。試合終了後深夜タンパに戻ったチームを8000人のファンが歓迎した。最終週のセントルイス・カージナルスとの試合も勝利し2勝14敗でシーズンを終えた。

1978年も負け越しに終わったが新人QBのダグ・ウィリアムスのリーダーシップとプレーは将来性を感じさせるものでシーズン途中で怪我のためチームを離れたがこのシーズン5勝11敗の成績をあげて未来に期待を抱かせるものとなった。

1979年にチームは初の地区優勝を果たす

1979年にはダグ・ウィリアムスの成長、リッキー・ベルが初めて1000ヤードラッシャーとなり、最優秀守備選手賞に選ばれたリー・ロイ・セルモンなどによるディフェンスはNFLトップの成績をあげた。チームは開幕から5連勝を果たし10勝6敗でシーズンを終えてNFC中地区優勝を果たしプレーオフに初出場を果たした。ディビジョナルプレーオフでフィラデルフィア・イーグルスを24-17で破る番狂わせをしNFCチャンピオンシップゲームではホームでロサンゼルス・ラムズを迎えうったが0-9と完封されて敗れた。

1980年は怪我人に悩まされ5勝10敗1分に終わった。1981年、チームは平凡な成績だったものの最終週にデトロイト・ライオンズと地区優勝を賭けた試合に勝ちプレーオフに出場したがプレーオフではダラス・カウボーイズに0-38で一蹴された。

1982年は開幕から3連敗したもののストライキで7週が中止となり、再開後の6試合を5勝1敗で終えて5勝4敗、この年拡張されたプレーオフに出場した。プレーオフではカウボーイズと対戦し、ハーフタイム終了時点ではリードしていたものの17-30で敗れた。その後カルバーハウスオーナーの下でチームが勝ち越すことはなかった。

1982年、QBダグ・ウィリアムスの年俸は12万ドルで先発QBとしては全チーム中最低、多くのチームの控えQBより安い契約であった。シーズン終了後ウィリアムスは60万ドルに年俸をあげるよう主張した。この価格はこれまでの彼の活躍や市場価値からすれば十分リーズナブルなものだったがカルバーハウスオーナーは40万ドルまでしかオファーを上げず、ウィリアムスはUSFLに去った。

1986年のNFLドラフトでバッカニアーズは全体1位でフットボール(ランニングバックとしてプレーし、ハイズマン賞シュガーボウルMVPの受賞歴あり)と野球(外野手)の両方でドラフト上位指名は確実、更には陸上の短距離でもオリンピック代表候補であったことからその去就が注目されたオーバーン大学ボー・ジャクソンを指名した。当時の新人選手として最高額となる5年760万ドルを提示したがこれを拒否して同年のMLBドラフトで4巡目に指名されたカンザスシティ・ロイヤルズに入団した。ロイヤルズが提示した契約金はバッカニアーズの提示した金額を下回る3年107万ドルだった。野球を選んだ理由として母親の「選手生命の長い野球を選んでほしい」という意向と自身の「野球は初恋の相手、フットボールは趣味」という考え方があったと言われている。
尚、ジャクソンは翌年オークランド・レイダースに7巡目で指名され、野球を優先させることを条件に入団している。

1987年ドラフト全体1位でQBビニー・テスタバーディを指名した。

その後1991年にWRローレンス・ドーシーがルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得する活躍を見せたりもしたが1983年から1996年までの14シーズンプレーオフを逃し続けた。

ダンジーの時代

1996年に前年までミネソタ・バイキングスのディフェンス・コーディネーターを務めていたトニー・ダンジーがヘッドコーチに就任すると1997年には1979年以来となる10勝をあげて久々にプレーオフに出場した。この年から13シーズン在籍するモンテ・キフィン守備コーディネーターが作ったタンパ2英語版というディフェンスはリーグ屈指の守備となった[3]。この年、ウォリック・ダンがオフェンス・ルーキー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。

1999年にはウォーレン・サップがディフェンス・プレイヤー・オブ・ザ・イヤーに選ばれる活躍を見せてチームは1979年、1981年以来となる3度目の地区優勝を決めた。そしてスーパーボウルまであと一歩のところまで進出した。

2001年、前サンディエゴ・チャージャーズのQBライアン・リーフと契約したが、シーズン開幕前に放出した。

グルーデンの時代

ジョン・グルーデンは2002年にヘッドコーチとしてチームを初のスーパーボウル制覇へ導いた

2002年からはジョン・グルーデンがヘッドコーチとなった。NFC南地区所属となり12勝4敗でチーム創設以来最高の成績で地区優勝、プレーオフでサンフランシスコ・フォーティナイナーズフィラデルフィア・イーグルスを破り第37回スーパーボウルに出場した。オークランド・レイダースとの対決は、グルーデンコーチを巡る因縁の対決で話題を呼んだ。試合は48-21でバッカニアーズが大勝しスーパーボウル初制覇を遂げた。デリック・ブルックスがディフェンス・プレイヤー・オブ・ザ・イヤーに選ばれている。

バッカニアーズの練習を訪れるジョージ・W・ブッシュ元大統領

2003年2004年とプレーオフ出場を逃したが2005年には11勝5敗で地区優勝[4]、ワイルドカードプレーオフでワシントン・レッドスキンズに10-17で敗れた[5]。RBキャデラック・ウィリアムズ最優秀新人攻撃選手に選ばれた[6]

2006年は第6週のシンシナティ・ベンガルズ戦で14-13と初勝利をあげた[7]

2007年も地区優勝を果たしたがワイルドカードプレーオフで、ニューヨーク・ジャイアンツに14-24で敗れた[8]

2008年ドラフト5巡目でQBジョシュ・ジョンソンを指名した。この年の第4週、グリーンベイ・パッカーズ戦の4日前に生後3ヶ月の息子を亡くしたキッカーマット・ブライアントが3FGを決めて勝利に貢献した[9]。シーズン終了後の2009年1月にグルーデンが解雇され、ディフェンスバックコーチだった32歳のラヒーム・モリスがヘッドコーチに就任した。

プレーオフ不足

2009年、2月にデリック・ブルックスウォリック・ダンケイト・ジュンらを解雇[10]、ドラフト1巡でQBジョシュ・フリーマンを獲得した[11]。開幕前にジェフ・ジャコジンスキーオフェンスコーディネーターを解任、グレッグ・オルソンQBコーチが後任となった[12]。開幕から3試合はバイロン・レフトウィッチが先発、次の試合からジョシュ・ジョンソンが先発したが7連敗、その後ジョシュ・フリーマンが先発QBとなった[13]。1勝9敗となったところで守備のプレーコールを担当するのがジム・ベイツディフェンスコーディネーターからラヒーム・モリスヘッドコーチに代わった[3]

2010年、開幕前チームの低迷を予想する声が多かったが、開幕から10試合を7勝3敗[14]、最終的に10勝6敗の成績をあげ、プレーオフまであと一歩と迫った[15]。この年ジョシュ・ジョンソンが成長しインターセプトが非常に少ないものとなった。また新人RBルギャレット・ブラウンはこの年の新人でただ一人1000ヤードラッシャーとなった[16]。2011年1月8日にはラヒーム・モリスヘッドコーチとの契約を2年間延長した[17]

厳しいスケジュールで戦うこととなった2011年には[18]、第2週から3連勝するなど[19]、開幕から6試合で4勝2敗の成績をあげて地区首位タイであったが[20]、その後9連敗し地区最下位となった[21]。11月7日には前年のドラフト全体3位で獲得したジェラルド・マッコイ[22]、12月にはアキブ・タリブが相次いで故障者リスト入りした[23]。10連敗で4勝12敗、シーズン終了後ラヒーム・モリスヘッドコーチは解任された[24]

モリスの後任には、ラトガーズ大学からグレッグ・シアーノを招へいした。1年目の2012年は7勝9敗の成績をあげたが、2013年は、開幕から不調のエースQBジョシュ・フリーマンを解雇、この年の3巡目に指名したマイク・グレノンを先発QBに昇格させた[25]。チームは開幕から8連敗するなど、4勝12敗に終わり、シーズン終了とともにシアーノヘッドコーチと、20年間GMを務めたマーク・ドミニクが解雇された[26]

2014年シカゴ・ベアーズのヘッドコーチだったラヴィ・スミスをヘッドコーチに招へいした[27]。2月、新ユニフォームを発表したが、長らく使用されてきたオレンジのユニフォームが廃止された。5月28日、マルコム・グレイザーオーナーが84歳で亡くなった[28]。開幕から前年ベアーズで好成績をあげたジョシュ・マカウン[29]が先発QBを務めたが、第3週のアトランタ・ファルコンズ戦で右手親指を負傷し途中退場、マイク・グレノンが先発QBを務めた[30]。第4週のピッツバーグ・スティーラーズ戦でグレノンがビンセント・ジャクソンへ決勝TDパスを成功しシーズン初勝利をあげたが[31]、その後4連敗して1勝7敗となったところで、再びマカウンが先発QBに返り咲いた。チームはこの年NFLワーストの2勝14敗に終わり、2015年のドラフト全体1位指名権を獲得した[32]

2015年、ドラフト全体1位でジェイミス・ウィンストンが入団し、先発QBに定着する。シーズンは地区最下位に終わり、スミスHCは解任され、後任にダーク・コッターが就任した。2016年は地区2位、2017年2018年は地区最下位に終わり、11年連続してプレーオフを逃した。なお、2017年シーズンはタンパベイ以外の南地区3チームがプレーオフに出場した。HCのコッターは解雇された。

2019年1月、元アリゾナ・カージナルスブルース・エリアンスがHCに就任した。エリアンスの保有権を持っていたカージナルスは、バッカニアーズから6巡目のドラフト権を受け取る代わりに7巡目のドラフト権を渡すことで移籍が確定した。2019年シーズンは、QBウィンストンがNFL史上8人目、チームでは初となる5000ヤード超え(5,109ヤード)のパス記録を達成するもプレーオフを逃した。

ブレイディ獲得

2020年に電撃加入したQBのトム・ブレイディ

2019年シーズン終了後、ニューイングランド・ペイトリオッツからQBのトム・ブレイディが移籍した。ブレイディとペイトリオッツでコンビを組んだ後に引退していたTEロブ・グロンコウスキーも1年ぶりに現役復帰して、トレード加入した。前年まで先発QBだったジェイミス・ウィンストンニューオーリンズ・セインツに移籍した。また、ユニフォームも変更され、1997年から2003年まで使用したものに近いデザインとなった。

2020年シーズン開始後、10月27日にフリーエージェントだったWRのアントニオ・ブラウンと1年契約を結んだ。シーズンでは11勝5敗の地区2位となって、第5シードで13年ぶりにプレーオフに進出した。プレーオフ初戦では、7勝9敗でNFC東地区を優勝したワシントン・フットボールチームを破り、2戦目では4つのターンオーバーを得て、南地区優勝のニューオーリンズ・セインツを破り、3戦目のカンファレンス・チャンピオンシップではシード1位のグリーンベイ・パッカーズを破り、史上初めて本拠地で行われるスーパーボウルに進出するチームとなった[33]第55回スーパーボウルでは、前年の覇者カンザスシティ・チーフスを相手に31-9で勝利し、18年ぶりのチャンピオンとなった[34]MVPには、ペイトリオッツ時代を含め通算7度目のチャンピオンとなったブレイディが選ばれた[35][36][37][38][39]

2021年、地区優勝を果たし、ワイルドカードプレーオフではフィラデルフィア・イーグルスを破るも次戦ではロサンゼルス・ラムズに敗れてシーズンを終えた。シーズン終了後、ブレイディは引退を発表したが、わずか40日後の2022年3月13日に引退を撤回し、バッカニアーズで現役を続行すると発表した[40]。2022年3月30日、HCのエリアンスは引退を発表し、後任にはチームのDCで元ニューヨーク・ジェッツHCでもあったトッド・ボウルズ が就任した。

2022年、地区の全4チームが負け越す中、8勝9敗で地区優勝を果たし第4シードでプレーオフ進出を果たした。初戦でカウボーイズに敗れた。シーズン終了後、ブレイディは引退を表明した。また、4シーズン在籍したOCバイロン・レフトウィッチは解雇された。

ブレイディ後

2023年ベイカー・メイフィールドと1年契約を結んだ。メイフィールドは全試合に先発し、最終週に9勝8敗と僅差の勝ち越しながらも、3年連続となる地区優勝を果たした。プレーオフでも初戦でフィラデルフィア・イーグルスを破った。二戦目のディビジョナル・プレーオフでデトロイト・ライオンズに屈した。

2024年、メイフィールドを擁して最終戦で地区優勝を果たし、第4シードでプレーオフに進出したが初戦でワシントン・コマンダーズに敗れた。

2025年、カロライナおよびアトランタと8勝9敗で並んだが直接対決の勝率でプレーオフ進出を逃した。

文化

ロゴマーク

1976年の創設以来、バッカニアーズはロゴマークを4度変更している(ただし、1997年のフルモデルチェンジ以降の3回はマイナーチェンジ)。創設時から20年間採用されていたロゴは海賊をモチーフとしたデザインだったが、1997年以降はジョン・ラカムをモチーフとした髑髏の海賊旗となっている。チームカラーも、初期はオレンジを基調としていたが、1997年以降は赤とグレー(ピューター色)である。

マスコット

キャプテン・フィアとアメリカ沿岸警備隊(2014年)

チームのオフィシャルマスコットとして、2000年にカリブ海の海賊キャプテン・フィア(Captain Fear)が誕生した。

チアリーダー

チームのオフィシャルチアリーダーは、1976年のチーム創設と共に結成されたタンパベイ・バッカニアーズ・チアリーダーズ(Tampa Bay Buccaneers Cheerleaders)である。1998年までは、スウォッシュバクラーズ(SwashBucklers)と称されていた。日本人では、小島智子が2003年から2010年、濱中彩恵が2008年、宮田憲江が2011年から2014年に在籍した。

2026年シーズン

バッカニアーズ の当年及び近年のシーズン成績
成績Con地区地区ConSOSSOV平均得点平均失点
2025 レギュラーシーズン敗退10位2位890.4713-33-3.529.48522.424.2
2024 ワイルドカード敗退3位優勝1070.5884-24-2.502.46529.522.6
2023 ディビジョナル敗退4位優勝980.5294-24-2.481.37920.519.1
2022 ワイルドカード敗退4位優勝890.4714-24-2.504.42618.421.1
2021 ディビジョナル敗退2位優勝1340.7654-24-2.467.44330.120.8
2020 第55回スーパーボウル制覇5位2位1150.6884-24-2.488.39230.822.2
2019 レギュラーシーズン敗退11位3位790.4382-42-4.500.38428.628.1
2018 レギュラーシーズン敗退14位4位5110.3122-42-4.523.50624.829.0
2017 レギュラーシーズン敗退14位4位5110.3121-51-5.555.37520.923.9
2016 レギュラーシーズン敗退6位2位970.5624-24-2.492.43422.123.1
2015 レギュラーシーズン敗退12位4位6100.3753-33-3.484.40621.426.1
2026年シーズンのバッカニアーズの対戦相手
AFCNFC
前年西地区南地区北地区東地区西地区南地区北地区東地区
1位 ブロンコス ジャガーズ スティーラーズ ペイトリオッツ シーホークス パンサーズ ベアーズ イーグルス
2位 チャージャーズ テキサンズ レイブンズ ビルズ ラムズ バッカニアーズ パッカーズ カウボーイズ
3位 チーフス コルツ ベンガルズ ドルフィンズ 49ers ファルコンズ バイキングス コマンダース
4位 レイダース タイタンズ ブラウンズ ジェッツ カージナルス セインツ ライオンズ ジャイアンツ

 :1度対戦  :2度対戦

タンパベイ・バッカニアーズ 2025
米国日本対戦相手スコア勝敗開催地備考
19/7(日)9/8(月)@アトランタ・ファルコンズ23-201-0メルセデス・ベンツ・スタジアムR
29/15(月)9/16(火)@ヒューストン・テキサンズ20-192-0NRGスタジアムR
39/21(日)9/22(月)ニューヨーク・ジェッツ29-273-0レイモンド・ジェームス・スタジアムR
49/28(日)9/29(月)フィラデルフィア・イーグルス25-313-1レイモンド・ジェームス・スタジアムR
510/5(日)10/6(月)@シアトル・シーホークス38-354-1ルーメン・フィールドR
610/12(日)10/13(月)サンフランシスコ・49ers30-195-1レイモンド・ジェームス・スタジアムR
710/20(月)10/21(火)@デトロイト・ライオンズ9-245-2フォード・フィールドR
810/26(日)10/27(月)@ニューオーリンズ・セインツ23-36-2シーザーズ・スーパードームR
9Bye Week
1011/9(日)11/10(月)ニューイングランド・ペイトリオッツ23-286-3レイモンド・ジェームス・スタジアムR
1111/16(日)11/17(月)@バッファロー・ビルズ32-446-4ハイマーク・スタジアムR
1211/23(日)11/24(月)@ロサンゼルス・ラムズ7-346-5SoFiスタジアムR
1311/30(日)12/1(月)アリゾナ・カージナルス20-177-5レイモンド・ジェームス・スタジアムR
1412/7(日)12/8(月)ニューオーリンズ・セインツ20-247-6レイモンド・ジェームス・スタジアムR
1512/11(木)12/12(金)アトランタ・ファルコンズ28-297-7レイモンド・ジェームス・スタジアムR
1612/21(日)12/22(月)@カロライナ・パンサーズ20-237-8バンク・オブ・アメリカ・スタジアムR
1712/28(日)12/29(月)@マイアミ・ドルフィンズ17-207-9ハードロック・スタジアムR
181/3(土)1/4(日)カロライナ・パンサーズ16-148-9レイモンド・ジェームス・スタジアムR
レギュラーシーズン敗退
NFC南地区 2025
チーム勝率DIVCON総得点総失点平均得点平均失点SOVSOS
(4)カロライナ・パンサーズ890.4713-33-331138018.322.4.463.522
タンパベイ・バッカニアーズ890.4713-33-338041122.424.2.485.529
アトランタ・ファルコンズ890.4713-33-335340120.823.6.449.495
ニューオーリンズ・セインツ6110.3533-33-330638318.022.5.333.495
NFC 2025
順位チーム地区勝率DIVCONSOVSOS
地区優勝
1シアトル・シーホークス西1430.8244-24-2.471.498
2シカゴ・ベアーズ1160.6472-42-4.406.458
3フィラデルフィア・イーグルス1160.6473-33-3.455.476
4カロライナ・パンサーズ890.4713-33-3.463.522
ワイルドカード
5ロサンゼルス・ラムズ西1250.7064-24-2.485.526
6サンフランシスコ・49ers西1250.7064-24-2.417.498
7グリーンベイ・パッカーズ971.5594-24-2.431.483
8ミネソタ・バイキングス980.5294-24-2.431.514
9デトロイト・ライオンズ980.5292-42-4.428.490
10タンパベイ・バッカニアーズ890.4713-33-3.485.529
11アトランタ・ファルコンズ890.4713-33-3.449.495
12ダラス・カウボーイズ791.4414-24-2.311.438
13ニューオーリンズ・セインツ6110.3533-33-3.333.495
14ワシントン・コマンダース5120.2943-33-3.388.507
15ニューヨーク・ジャイアンツ4130.2352-42-4.478.524
16アリゾナ・カージナルス西3140.1760-60-6.422.571
タイブレーク
・ ラムズ・49ers(同地区):共通対戦相手に対する勝率によりラムズが上位
・ ライオンズ・バイキングス(同地区):直接対決の成績によりバイキングスが上位
・ ファルコンズ・パンサーズ・バッカニアーズ(同地区):直接対決の成績によりパンサーズが上位
・ ファルコンズ・バッカニアーズ(同地区):共通対戦相手に対する勝率によりバッカニアーズが上位
・ ベアーズ・イーグルス:直接対決での勝利によりベアーズが上位

成績

NFC南地区(2002年-現在)

地区優勝2位3位4位
チームチームチームチーム
2025 CAR(4w)890 TB890 ATL890 NO6110
2024 TB (3w)1070 ATL890 CAR5120 NO5120
2023 TB (4d)980 NO980 ATL7100 CAR2150
2022 TB (4w)890 NO7100 ATL7100 CAR7100
2021 TB (2d)1340 NO980 ATL7100 CAR5120
2020 NO (2d)1240 TB (5v)1150 CAR5110 ATL4120
2019 NO (3w)1330 ATL790 TB790 CAR5110
2018 NO (1c)1330 ATL790 CAR790 TB5110
2017 NO (4d)1150 CAR(5w)1150 ATL(6d)1060 TB5110
2016 ATL(2s)1150 TB970 NO790 CAR6100
2015 CAR(1s)1510 ATL880 NO790 TB6100
2014 CAR(4d)781 NO790 ATL6110 TB2140
2013 CAR(2d)1240 NO (6d)1150 ATL4120 TB4120
2012 ATL(1c)1330 CAR790 NO790 TB790
2011 NO (3d)1330 ATL(5w)1060 CAR6100 TB4120
2010 ATL(1d)1330 NO (5w)1150 TB1060 CAR2140
2009 NO (1v)1330 ATL970 CAR880 TB3130
2008 CAR(2d)1240 ATL(5w)1150 TB970 NO880
2007 TB (4w)970 CAR790 NO790 ATL4120
2006 NO (2c)1060 CAR880 ATL790 TB4120
2005 TB (3w)1150 CAR(5c)1150 ATL880 NO3130
2004 ATL(2c)1150 NO880 CAR790 TB5110
2003 CAR(3s)1150 NO880 TB790 ATL5110
2002 TB (2v)1240 ATL(6d)961 NO970 CAR790

NFC中地区(1977年-2001年)

  • GB:グリーンベイ・パッカーズ、MIN:ミネソタ・バイキングス、CHI:シカゴ・ベアーズ、DET:デトロイト・ライオンズ、TB:タンパベイ・バッカニアーズ
  • 1982年シーズンはストライキの影響により、地区別成績ではなくカンファレンス上位8チームがプレイオフ進出するルールであったが、ここでは地区別に変換して表記する。
  • 括弧内の数字はプレイオフ出場時のシード順(シード制導入前は表記なし)、文字はv:スーパーボウル優勝、s:スーパーボウル敗退・カンファレンス優勝、c:カンファレンス決勝敗退、d:ディビジョナルプレーオフ敗退、w:ワイルドカードプレイオフ敗退。1982年についてはd:2回戦敗退、w:1回戦敗退。
地区優勝2位3位4位5位
チームチームチームチームチーム
2001 CHI(2d)1330 GB(4d)1240 TB(6w)970 MIN5110 DET2140
2000 MIN(2c)1150 TB(5w)1060 GB970 DET970 CHI5110
1999 TB(2c)1150 MIN(4d)1060 DET(6)880 GB880 CHI6100
1998 MIN(1c)1510 GB(5w)1150 TB880 DET5110 CHI4120
1997 GB(2s)1330 TB(4d)1060 DET(5w)970 MIN(6d)970 CHI4120
1996 GB(1v)1330 MIN(6w)970 CHI790 TB6100 DET5110
1995 GB(3c)1150 DET(5w)1060 CHI970 MIN880 TB790
1994 MIN(3w)1060 GB(4d)970 DET(5w)970 CHI(6d)970 TB6100
1993 DET(3w)1060 MIN(5w)970 GB(6d)970 CHI790 TB5110
1992 MIN(3w)1150 GB970 TB5110 CHI5110 DET5110
1991 DET(2c)1240 CHI(4w)1150 MIN880 GB4120 TB3130
1990 CHI(4d)1150 TB6100 DET6100 GB6100 MIN6100
1989 MIN(3d)1060 GB1060 DET790 CHI6100 TB5110
1988 CHI(1c)1240 MIN(4d)1150 TB5110 DET4120 GB4120
1987 CHI(2d)1140 MIN(5c)870 GB591 TB4110 DET4110
1986 CHI(2d)1420 MIN970 DET5110 GB4120 TB2140
1985 CHI(1v)1510 GB880 MIN790 DET790 TB2140
1984 CHI(3c)1060 GB880 TB6100 DET4111 MIN3130
1983 DET(3d)970 GB880 CHI880 MIN880 TB2140
1982 GB(3d)531 MIN(4d)540 TB(7w)540 DET(8w)450 CHI360
1981 TB(3d)970 DET880 GB880 MIN790 CHI6100
1980 MIN(3d)970 DET970 CHI790 TB5101 GB5101
1979 TB(2c)1060 CHI(5w)1060 MIN790 GB5110 DET2140
1978 MIN(3d)871 GB871 DET790 CHI790 TB5110
1977 MIN(3c)950 CHI(4d)950 DET680 GB4100 TB2120

AFC西地区(1976年)

地区優勝2位3位4位5位
チームチームチームチームチーム
1976 OAK(1v)1310 DEN950 SD680 KC590 TB0140

主な選手

現役選手

永久欠番

タンパベイ・バッカニアーズ 永久欠番一覧
背番号 選手 ポジション 在籍期間
55デリック・ブルックスDerrick BrooksLB1995–2008
63リー・ロイ・セルモンLee Roy SelmonDE1976–1984
99ウォーレン・サップWarren SappDT1995–2003

プロフットボール殿堂入り

プロフットボール殿堂入りメンバー一覧
選手
背番号名前ポジション在籍期間選出年
63リー・ロイ・セルモンLee Roy SelmonDE1976–19841995
8スティーブ・ヤングSteve YoungQB1985–19862005
64ランドール・マクダニエルRandall McDanielOG2000–20012009
99ウォーレン・サップWarren SappDT1995–20032013
55デリック・ブルックスDerrick BrooksLB1995–20082014
81ティム・ブラウンTim BrownWR20042015
コーチ・エグゼクティブ
名前役職在籍期間選出年
ロン・ウルフRon WolfGM/副社長1976–19782015
トニー・ダンジーTony Dungyヘッドコーチ1996–20012016

リング・オブ・オナー

個人賞

NFL最優秀守備選手

スーパーボウルMVP

プロボウルMVP

NFL最優秀新人賞

カムバック賞

歴代ヘッドコーチ

ギャラリー

脚注

外部リンク

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