ヘルソンの戦い

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2022年2月24日 (2022-02-24) – 2022年11月11日 (2022-11-11)(両軍の直接戦闘)
結果 ロシア連邦軍によるの占領後、ウクライナが奪還。ロシア軍はドニプロ川東岸からへルソンへの砲撃を継続中。
ヘルソンの戦い
ロシアのウクライナ侵攻
2022年2月24日 (2022-02-24) – 2022年11月11日 (2022-11-11)(両軍の直接戦闘)
場所ウクライナの旗 ウクライナ
ヘルソン州ヘルソン
結果 ロシア連邦軍によるの占領後、ウクライナが奪還。ロシア軍はドニプロ川東岸からへルソンへの砲撃を継続中。
衝突した勢力
ウクライナの旗 ウクライナ ロシアの旗 ロシア
部隊

ウクライナ陸軍

ロシア陸軍

ロシア海軍

ロシア空挺軍

戦力
半個旅団[6] 25個大隊戦術群[6]
被害者数
不明[7] 不明[8]

ヘルソンの戦い(ヘルソンのたたかい)は、2022年のロシアによるウクライナ侵攻におけるウクライナ南部攻勢の際に始まった継続的な軍事衝突。ロシア連邦軍クリミア半島を通って南からヘルソン州に侵入[9]。州都ヘルソンなどを占領し、へルソン州を含む4州の併合ロシア連邦領土としての「へルソン州」設置を宣言したが、同年夏から秋にかけてのウクライナ側による反攻によりドニプロ川西岸から撤退に追い込まれた。同年11月11日、ロシア軍は西岸からの撤退完了を発表し、ウクライナ政府幹部も西岸をほぼ奪還したと表明した[10]が、へルソンにはドニプロ川東岸地域を支配するロシア軍からの砲撃が続いている[11]

開戦初日の2月24日夜、ロシア軍はアントノフスキー橋を確保するためにヘルソン市を占領した。これにより、ロシア軍はドニプロ川を越えて戦略的に重要な都市ムィコラーイウへ進撃することが可能になった[12][13][14]

ウクライナ軍機械化部隊はアントノフスキー橋を保持することができ、ロシア軍は2月25日に占領したノヴァ・カホウカに向かって北に退却することを余儀なくされた[14][15][16]。2月25日の後半、ロシア軍は再びアントノフスキー橋を占領[17]。橋の支配をめぐる戦いは激化した[18]

ヘルソン市長のイゴール・コリカエフによれば、2月25日の夜、ウクライナ軍によるロシア軍装甲部隊への空爆により、ロシア軍は一時、橋を渡ってドニプロ川の東側に後退することを余儀なくされた[19][20]

ヘルソン地方国家管理局長のヘナディ・ラフタは、ウクライナ軍がヘルソンの支配権を失ったこととロシア軍が多大な損失を被りながらも都市の防衛に成功したことを伝えた[21]

3月2日、ロシア国防省はヘルソンの中心部を完全に掌握したと発表[22]

9月10日、ウクライナ軍は南部ヘルソン州において、ロシア南部チェチェンから来たロシア兵1300人が現地に援軍として入ったとの情報を公表した[23]

9月29日、ロシアのプーチン大統領は、ロシア軍が占領するウクライナ中南部のザポリージャ州と南部ヘルソン州を、それぞれ「独立国家」として一方的に承認する大統領令に署名した[24]。ロシア国営タス通信が伝えた。

9月30日、ロシアのプーチン大統領は、大統領府で演説し、ウクライナ東部のドネツク州とルガンスク州、南部のヘルソン州とザポロジエ州をロシアに併合する「条約」に調印すると宣言した[25]。そして、午後、4州の代表を大統領府に招き、合意文書に署名した[26][27]

10月19日、プーチン大統領は、ヘルソンを含む「併合地」のウクライナ4州に20日から戒厳令を導入すると発表した[28]

国営ロシア通信によると、ウクライナでの作戦を指揮するスロビキン総司令官は記者団に「ウクライナ軍はロシア軍の制圧地域へ攻撃を繰り返している」、「我々は高精度誘導のミサイルなどを使ってウクライナの軍事目標やインフラへの攻撃を継続する」と語った[28]

また、ヘルソン州の「ロシア行政府」は19日未明から、住民の携帯電話にショートメッセージを送り、ヘルソンのドニエプル川西岸から脱出するように住民たちに呼び掛けた[28]。1週間にわたる民間人の立ち入り禁止も発表した。行政府副長官のストレモウソフは「ウクライナ軍が近く総攻撃を仕掛ける可能性がある。州都ヘルソンは防衛の砦となる。われわれはここに残る」とロシア通信に語った[28]

奪還

脚注

関連項目

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