ミンスク2

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通称・略称 ミンスク2
署名 2015年2月11日
署名場所  ベラルーシミンスク
ミンスク両合意履行のための方策パッケージ
通称・略称 ミンスク2
署名 2015年2月11日
署名場所  ベラルーシミンスク
締約国
主な内容 ドンバス紛争の停戦協定
関連条約 ミンスク議定書
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ミンスクでの2月11〜12日の会談でのベラルーシ、ロシア、ドイツ、フランス、ウクライナの首脳

正式名称ミンスク合意の実施のための措置のパッケージ 、通称ミンスク2英語: Minsk II)とは、2015年2月11日にベラルーシミンスクで調印された、東部ウクライナにおける紛争(ドンバス戦争)の停戦を意図した協定である。 欧州安全保障協力機構(OSCE)の監督の下、フランスドイツが仲介して、ウクライナとロシアが署名した[1][2][3][4][5]。2014年9月5日に調印されたミンスク議定書による停戦を復活させることを目的としている。

しかし、親露派武装勢力が占領するウクライナ東部の2地域に幅広い自治権を認める「特別な地位」を与えるとの内容も含まれたこの合意は、ウクライナ国内で不満も出ていたことから、2019年に大統領になり、当初融和派だったウォロディミル・ゼレンスキーは、ロシア側の対話条件であった自治権を恒久化とするプロセス案の「シュタインマイヤーフォーミュラ」に同意署名し、4年ぶりにノルマンディーフォーマット会談が再開された[6]。しかし国境管理回復とロシア軍の撤退後の、OSCE公認選挙を実施とするウクライナの立場と、特別地位法を改正し恒久化を含める事を要求するロシアの立場から新たな進展は達成されなかった[7][8]。一方、親露派とロシア側も、合意で定められた「外国の武装組織の撤退」や「違法なグループの武装解除」を守ってこなかった[9]

2015年2月15日の東部標準時0:00に停戦が発動された後、分離派はデバルツェボに対する激しい攻撃を継続させた。ロイターは停戦をデバルツェボにおける「死産」と表現している[10][11][12]

2021年10月26日、ウクライナ政府軍は親露派との紛争地域で親露派武装勢力にドローン攻撃を実施した[13]。ドローンによる攻撃は、ミンスク2から強化された2020年7月の協定で禁止された違反行為であったため[13]、ロシアからの批判だけでなく、欧米諸国からも異を唱えられた[14]。その禁止行為はロシア軍が行動に移すための口実となった[15]

緊張は高まり続け、2022年2月10日にロシア、ウクライナ、フランス、ドイツのノルマンディー・フォーマット英語版参加国外相はドイツの首都ベルリンミンスク合意などをめぐり高官協議を開くも、ロシアは完全履行を、ウクライナは項目の修正などを求め、合意に至らなかった[16][17]。21日にロシアのウラジーミル・プーチン大統領が「(履行されないのであればミンスク合意は)もはや存在していない」として、合意の破棄を明言した[9]。また同日にプーチンは 「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」の独立を承認し、EUはこれをミンスク合意に反していると非難した[18]。24日にはウクライナの非軍事化を目的とした特別軍事活動を承認し、ロシア軍によるウクライナへの全面侵攻が開始された[19]

反応

ウクライナドンバス地域で進行中の紛争を終結させようとする動きは2015年2月から何度もあったが解決の目処は立っていなかった[20]。2014年9月5日に締結されたミンスク議定書は、何ヶ月ものあいだ紛争地での戦闘を著しく減少させたが、小競り合いは続いていた。 2015年1月初め、ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国の分離主義勢力がウクライナ政府の支配地域に対して新たな攻撃を開始し、結果としてミンスク議定書による停戦は完全に崩壊した[21]。激しい戦闘の後、ドネツク軍は1月21日に、象徴として重要な拠点のドネツク国際空港占領した。ここはウクライナ政府の支配下にあったドネツクの最後の拠点だった。この勝利に続き、分離主義勢力は1月下旬にデバリツェボにある鉄道と道路の重要な要衝を攻撃した(デバルツェボの戦い)。

この新しい戦いは国際社会に重大な懸念を引き起こした。フランス大統領フランソワ・オランドドイツ首相アンゲラ・メルケルは2月7日に新たな和平の計画を発表した。ウクライナ大統領ペトロ・ポロシェンコとロシア大統領ウラジーミル・プーチンの会談の後に策定された、「フランコ・ドイツ案」はミンスク議定書の復活と見なされた。オランド大統領は、この案は紛争解決のための「最後のチャンス」であると述べた[22][23]。なおこの計画は、ウクライナ政府への軍備の送付に関するアメリカの提案に応えて出された(メルケル首相はアメリカの提案を、事態の悪化を招くだけだとしていた)[22][24]

ベラルーシの首都ミンスクの独立宮殿で、「フランコ・ドイツ案」の実施を議論するために会談が2月11日に持たれた。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、ウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領、 ドイツのアンゲラ・メルケル首相、フランスのフランソワ・オランド大統領、ドネツクのアレクサンドル・ザハルチェンコ首長、ルガンスクのイゴール・プロトニツキ英語版首長が出席した。交渉は16時間徹夜で続き、ドイツのフランク=ヴァルター・シュタインマイアー外相が「非常に難しい」と言わしめるほどだった[25][26]

会談の後、2月12日に紛争当事者が新しい和平のための一連の措置に合意したことが発表された[5]。合意された措置の一部には、2月15日からのOSCEが監視する無条件の停戦、最前線からの重火器の撤退、捕虜の解放、ウクライナにおける憲法改正が含まれる[27]

「ミンスク2」と呼ばれたこの新しい協定は、「非常に複雑」で「非常に脆い」こと、そして履行に失敗したミンスク議定書によく似ていることが批判された[2][28][29]ニューヨーク・タイムズは、協定の起草の際、最激戦地であったデバルツェボ市の支配境界を画定しないなど、協定には「いくつかの罠が含まれていた」と報じた[2] [30]

ミンスクの会談の後、メルケル首相、オランド大統領、ポロシェンコ大統領はブリュッセルで開催された欧州連合(EU)首脳会議に出席した[31]。この首脳会議で彼らはEU首脳にミンスクでの会談について説明した。説明のあいだ彼らは、デバルツェボのウクライナ軍を投降させるためにプーチン大統領が休戦の履行を10日間遅らせようとした、と述べた。プーチン大統領は、デバルツェボのウクライナ軍は包囲されており、分離主義者たちは彼らに「武器を捨てて抵抗を止めること」を期待していると述べた[31]コメルサントの記者アンドレイ・コレスニコフは、デバルツェボでの停戦の実施は、ウクライナ軍が本当に包囲されていたかどうかにかかっている、と記している。プーチン大統領は「〔その包囲が〕実際に存在し、仮に停戦合意に達した場合、それが協定違反とならないのは奇妙だ。泡が出るほど薬缶が沸騰しているなら、中の水は確実に外に溢れ出ようとするだろう」と強調した[32]

2月13日にアメリカ国務省の報道官ジェン・サキは、ロシア軍がデバルツェボ周辺で活発に展開しており、2月15日の停戦が始まる前に分離派勢力がウクライナ軍を攻撃するのを支援したと述べた。ロシアはこれを否定し、ロシアの報道官ドミトリー・ペスコフは、ロシアは紛争の「参加国ではない」ためロシアはミンスク2の実施を支援できないと述べた[33]

ウクライナの民族主義派の政治団体である右派セクターの指導者ドミトリー・ヤロシは、ミンスク2はウクライナ憲法に違反しており、ウクライナには戦い続ける権利があると述べた。彼は、右派セクターの部隊が「ウクライナの領土がロシアの占領者から完全に解放されるまで」戦い続け、「ロシアのテロリストの占領者の死」を約束すると述べた[34][35][36]

一方、ドネツク人民共和国の首長アレクサンドル・ザハルチェンコは、停戦はデバルツェボには適用されず、戦闘は継続するだろうと述べた[37]

影響

参考文献

外部リンク

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