オレクサンドル・マツィエウスキー

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出生名オレクサンドル・イゴロヴィッチ・マツィエウスキー
オレクサンドル・マツィエウスキー
Олександр Мацієвський
出生名オレクサンドル・イゴロヴィッチ・マツィエウスキー
生誕 (1980-05-10) 1980年5月10日[1]
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
モルダヴィア共和国キシナウ[2]
死没2022年12月30日(2022-12-30)(42歳没) [3]
 ウクライナ
ドネツィク州の旗 ドネツィク州ソレダル[4]
埋葬地
所属組織 ウクライナ
部門 ウクライナ陸軍
軍歴2021年 – 2022年
最終階級兵士
部隊 第119独立領土防衛旅団
第163独立領土防衛大隊
戦闘ソレダルの戦い  
受賞ウクライナ英雄(金星勲章)

オレクサンドル・イゴロヴィッチ・マツィエウスキーウクライナ語: Олекса́ндр І́горович Маціє́вський, ラテン文字転写: Oleksandr Ihorovych Matsievskyi ウクライナ語発音: [olekˈsɑndr ˈiɦorowɪtʃ mɐts⁽ʲ⁾iˈjɛu̯sʲkɪj]; ルーマニア語: Alexandru Mațievschi; 1980年5月10日 - 2022年12月30日)は、ウクライナ陸軍に所属していた兵士である。

1980年5月10日、旧ソビエト連邦モルダヴィア・ソビエト社会主義共和国の首都キシナウで生まれた。1997年に学校を卒業すると、専門学校に入学し、電気工事士の資格を取得した。その後、2008年に妻子を連れてウクライナチェルニーヒウ州ニジィンに移住し、電気工事士として働いていた[5]

2022年のロシアのウクライナ侵攻の際、直ちに地方軍事行政機関である人員配置と社会的支援のための地域センターウクライナ語版に参集し、ボランティアとして要塞の建築、検問の警備、焼夷弾の作成などを手伝っていた。その後、3月11日に第119独立領土防衛旅団第163独立領土防衛大隊に配属され、狙撃兵として訓練を受けた[5]。11月に部隊はバフムートの防衛に配備され、さらに1か月後には ソレダルの防衛に就いた。

12月30日、マツィエウスキーを含む火力支援中隊が前線最側面にてロシア軍を迎撃。12時間に及ぶ戦闘の果てに部隊はロシア軍の撃退に成功したが、マツィエウスキーら支援中隊は消息不明になっていた。その後、遺体が発見され、不特定状況の最中に戦死したものと思われた。

マツィエウスキーの遺体は翌年2月にニジィンに戻されて埋葬された[6]

マツィエウスキーはモルドバとウクライナの二重国籍者である[7]

動画の拡散

勲章

脚注

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