マルスとミネルヴァの戦い
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| フランス語: Combat de Mars contre Minerve 英語: Minerva Fighting Mars | |
| 作者 | ジャック=ルイ・ダヴィッド |
|---|---|
| 製作年 | 1771年 |
| 素材 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 114 cm × 140 cm (45 in × 55 in) |
| 所蔵 | ルーヴル美術館、パリ |
『マルスとミネルヴァの戦い』(マルスとミネルヴァのたたかい、仏: Combat de Mars contre Minerve、英: Minerva Fighting Mars)は、フランスの新古典主義の巨匠ジャック=ルイ・ダヴィッドが1771年にキャンバス上に油彩で制作した絵画である。トロイの運命に関するギリシア神話の2人の神マルスとミネルヴァの戦いを描いている。作品は現在、パリのルーヴル美術館に所蔵されている[1][2]。
本作は、ダヴィッドにより1771年のローマ賞応募のために描かれた。6人のほかの候補者同様、ダヴィッドは控室で10週間、課せられた主題に関してオリジナル作品を描かねばならなかった[3]。当時は、ホメロスが流行しており、主題は『イーリアス』であった[2]。
作品は、戦争に関連する2人の神マルスとミネルヴァの不可避の戦いを表している。マルスがトロイ側につくと、ミネルヴァはアテナイとその同盟国を支持した (『イーリアス』、 XXI-382)。描かているのは、ミネルヴァを倒そうとしたマルスがミネルヴァに避けられ、逆に地面に倒された場面である。驚くマルスは腕を伸ばし、立ち上がろうとして、恋人のヴィーナスに助けを求めている[4]。

1人の男性と2人の女性からなる3人の登場人物は、はっきりと誰であるかが示されている[4]。マルスの左腕とミネルヴァの顔は、画中の対角線上に配置されている。まばゆい光が、この彩られた霧のような世界から溢れ出ている[4]。
神々たちがゴミ拾い人のように互いに攻撃する、動機の曖昧な神話上の争いの1つである。翻る布地、しかめっ面。ガブリエル=フランソワ・ドワイアンによって改定されたフランソワ・ブーシェ (の要素) の取り合わせ[5]。
上記の当時の評価は、本作について一般的になされる評価と一致している。作品は、あまりにロココ様式的と見なされたのである。ロココ様式は、国によって1760年から1770年に終焉していた[6]。ロココの装飾的で戯れを特徴とする様式で描かれた本作は、ダヴィッド芸術の将来の方向性を微塵も示唆していない[2]。とはいえ、この作品は、非常に幅広い色彩の使用において革新的である。
ローマ賞はダヴィッドではなく、ジョゼフ=ブノワ・スヴェに与えられた。本作はジョゼフ=マリー・ヴィアンに厳しい評価を下され、彼がダヴィッドにローマ賞を与えることを阻止したのであろう。とはいえ、ダヴィッドは「有望な2等賞」を獲得した[2][7]。ダヴィッドは、最終的に4回目の応募となる1774年に『アンティオコスとストラトニケ』でローマ賞を獲得している[8]。その後、ダヴィッドは、不正直で堕落していると見なしたアカデミーに対して真の嫌悪を感じることとなった[8]。
本作には、ダヴィッド自身に帰属される複製が存在する。キャンバス上に油彩で描かれているが、縦28センチ、横34センチと小さな作品で、リール宮殿美術館に展示されている[4]。