ヤコブス・ブラウの肖像
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| フランス語: Portrait de Jacobus Blauw 英語: Portrait of Jacobus Blauw | |
| 作者 | ジャック=ルイ・ダヴィッド |
|---|---|
| 製作年 | 1795年 |
| 素材 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 92 cm × 73 cm (36 in × 29 in) |
| 所蔵 | ナショナル・ギャラリー、ロンドン |
『ヤコブス・ブラウの肖像』(ヤコブス・ブラウのしょうぞう、仏: Portrait de Jacobus Blauw、英: Portrait of Jacobus Blauw)は、フランスの新古典主義の巨匠ジャック=ルイ・ダヴィッドが1795年にキャンバス上に油彩で制作した絵画である。モデルはオランダの政治家・外交官で、フランス革命時のバタヴィア共和国のパリ在住全権大使であった[1][2][3]。作品は1984年以来[1][4]、ロンドン・ナショナル・ギャラリーに所蔵されている[1][4][5]。イギリスの公共コレクションに入った最初のダヴィッドの作品である[4]。

ヤコブス・ブラウはオランダの愛国者のリーダーの1人で、1795年のバタヴィア共和国の設立に尽力した[1][4]。同年の数か月後にフランス軍がオランダに侵攻したが、ブラウは同国人カスパル・メイエル (Caspar Meyer) とともパリに派遣され[1][4]、ハーグ条約が締結されたことでフランスはバタヴィア共和国を認めた。パリにいる間に、おそらくブラウは、直接ダヴィッドに本作を依頼したと思われる[1][4]。2人ともフランス革命の共和国的理想に忠誠心を持っていた。彼らのつながりは本作のくつろいだ親密性に明らかで、作品は公的な肖像画以上のものとなっている。ダヴィッドにとって、40歳にも満たない外交官のブラウは、革命後の新しい市民の代表であった。彼の功績は継承した地位ではなく、能力にもとづいていたのである[1]。
ブラウは座って公文書を執筆している姿で表されており[1][4]、画面は厳格な幾何学的構図を持つ。垂直線と水平線が際立ち、それが直角に交差して、画面の形に呼応している[4]。ブラウは一瞬考えるかのように、あるいは誰かを認めたかのように動作を中断し、顔を上げたところである[1][4]。このような脚色によって、ダヴィッドは無理なくモデルの顔を正面から描くことができた[4]。ブラウの抑制された凝視により、人物像に大きな存在感が生み出されている[1]。彼は優雅な身なりをしているものの、簡素な衣服は仰々しいものではない。貴族とは異なり、鬘を着けておらず、髪粉は彼の髪の毛に直にかけられている[1][4]。
ダヴィッドは、ブラウの衣服とアクセサリーを綿密に描いた。上着のカラーにかかった髪粉や、輝くボタンに反映する赤色を見分けることができる。画家の色彩面における技術は、濃い青色の上衣、トルコ石色がかった緑色のテーブルクロス、ピンク色のハンカチ、簡素な灰茶色の背景と対比される赤い椅子の布地にとりわけ明らかである[1]。
ブラウは、ダヴィッドへの手紙の中で自身を「キャンバス上で蘇らせて」くれたことに多大な感謝を示した[1]。