アレクサンドル・ルノワールの肖像
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| フランス語: Portrait d'Alexandre Lenoir 英語: Portrait of Alexandre Lenoir | |
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| 作者 | ジャック=ルイ・ダヴィッド |
|---|---|
| 製作年 | 1817年 |
| 素材 | オーク板上に油彩 |
| 寸法 | 76.5 cm × 62.5 cm (30.1 in × 24.6 in) |
| 所蔵 | ルーヴル美術館、パリ |
『アレクサンドル・ルノワールの肖像』(アレクサンドル・ルノワールのしょうぞう、仏: Portrait d'Alexandre Lenoir、英: Portrait of Alexandre Lenoir)は、フランスの新古典主義の巨匠ジャック=ルイ・ダヴィッドがオーク板上に油彩で制作した絵画である。画面下部右寄りに「L.David, 1817」という画家の署名と制作年が記されている[1]。作品は1921年に購入されて以来、パリのルーヴル美術館に所蔵されている[1]。
ダヴィッド自身が制作したリストによれば[2]、本作は1810-1811年に描かれたが、当時ブリュッセルに亡命していた画家は、おそらく1817年にふたたび作品に手を加えている。研究者のアントワーヌ・シュナペールによれば、アレクサンドル・ルノワールが首の周りに着けている、黄金拍車勲章として特定される飾りは1815年に彼に授与されたもので、この勲章はX線画像では見当たらないため、後に描き加えられたものであることがわかっている[3]。
ダヴィットと親しかったルノワールは、1795年にフランス記念碑美術館 (現在は、パリ国立高等美術学校の一部) を創設した人物である[1]。彼らは、「国家警備隊で出会った (...) 1748年生まれの画家は、彼 (ルノワール) より13歳年上であった。フランス革命中の初期の混乱の中で結ばれたこの友情は、時折互いに政治的な面で対立することがあったものの、揺るぎのないものであった。ルノワールによれば、少なくとも1年間、ダヴィッドは、自宅でルノワールの長女ゼリア (Zélia) にデッサンの授業をした (その後、おそらく友人たちと夜を過ごした)。アレクサンドルの最上の肖像画は、ダヴィッドの手になるものである。『ダヴィッドは、オーク板上に私の肖像を描いた (...) 完璧な似顔となっている (...)。彼は、けっして真実を犠牲にすることはなかった。彼は、自身が見た私の表情を決定するまで3回私の目を描きなおした』。(本作は1817年にブリュッセルで完成し、ルーヴルにある)」[4]。
ルーヴル美術館は、ダヴィッドが1809年に制作した2点の素描も収蔵している。そのうちの1点は黒鉛筆によるルノワールを表したもので、もう1点は黒鉛による彼の妻アデライド・ビナール (Adélaïde Binart) を表したものである。それらの素描は、フロワサール (Froissart) が伝えている同時代の人々によれば、「夫妻の最も完全な似顔であろう」。
