レディ・ステディ・フー
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経緯
1965年12月、ザ・フーはイギリスでブランズウィック・レコードからデビュー・アルバム『マイ・ジェネレーション』を発表した。翌1966年、彼等はプロデューサーのシェル・タルミーとの契約を破棄して、ロバート・スティグウッドが設立したリアクション・レコードに移籍した。そして1966年3月4日に、移籍後の第一弾シングル『恋のピンチ・ヒッター』を発表した。
1966年10月16日、彼等はウェンブリーのスタジオに聴衆を迎えて、イギリスのITVが放送する音楽番組『レディ・ステディ・ゴー』が企画した60分間のライブ・ショーを行なった。このショーの模様は録画され、その約半分の30分間の分が21日の同番組で放映された。さらに、ショーの音源はサウンドトラックとして発表される予定であったが、法律上の問題で実現しなかった。そこで彼等は、ショーで取り上げた曲のスタジオ録音を含んだ本EPを、同年11月11日にイギリスで発表した[2]。
内容
収録曲の内訳は、A面の2曲がピート・タウンゼント作のオリジナル、B面の3曲がカヴァーである。
オリジナル
- ディスガイジズ(Disguises)[3]
- サークルズ(Circles)[4]
- 「サークルズ」には、1966年1月12日と13日にロンドンのIBCスタジオでタルミーのプロデュ―スによって録音されたもの[4][注釈 1]と、同月末にロンドンのオリンピック・スタジオでザ・フーのプロデュ―スによって録音されたものの2つが存在する。本作に収録されたものは後者で、1966年3月4日にイギリスでリアクション・レコードから発表されたシングル『恋のピンチ・ヒッター』(Reaction 591001)[5][6]のB面に収録された。なお同日には、同じ内容で「サークルズ」が「インスタント・パーティ」(Instant Party)と改題されたシングル(Reaction 591001)[7][8]も発表された。
→詳細は「恋のピンチ・ヒッター § シングル発表をめぐるトラブル」を参照
カヴァー
- バットマン(Batman)
- バケット・T(Bucket T)
- バーバラ・アン(Barbara Ann)