佐藤英彦

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佐藤 英彦(さとう ひでひこ、1945年4月25日- [1][2] )は、日本警察官僚。第19代警察庁長官を務めた[4]弁護士 (第一東京弁護士会登録)。

北海道函館市出身[3]香川県立高松高等学校を経て[3]東京大学法学部第1類(私法コース)を卒業後、1968年 (昭和43年)、警察庁に入庁。元々は内科医を志望していたが、警察も「社会の医者」であることから、警察に入ったという[4]

刑事畑が長く、入庁後は高知県警察本部刑事部鑑識課長、栃木県警察本部刑事部捜査第一課長、警視庁本富士警察署長、警視庁警務部教養課長、大阪府警察本部刑事部捜査第二課長、警視庁刑事部捜査第二課長、内閣法制局第二部参事官、警察庁長官官房総務課長、警視庁刑事部長などを歴任[1]。高知県警では鑑識課長として、60名もの死者が出た山崩れによる事故で発掘と身元確認にあたった。栃木県警では捜査第一課長として連続爆破事件の捜査指揮にあたり、大阪府警では捜査第二課長として三和銀行女子行員によるコンピューター端末機を使用した詐欺事件の捜査指揮などに取り組んだ[9][7]。警視庁では捜査第二課長・刑事部長として東京医科歯科大教授選をめぐる贈収賄事件や伊丹十三映画監督襲撃事件、日本船舶振興会汚職事件などの捜査指揮にあたった[9]

1995年2月1日、埼玉県警察本部長に就任[10]。約1年10か月の在任中、生活安全部保安課銃器対策室を銃器対策課に格上げすることなどに取り組んだ[11]

1996年12月3日、警察庁刑事局長に就任[8]。約2年11か月の在任中、組織窃盗の摘発を強化したほか[12]ストーカー対策への取り組みを強化することなどに取り組んだ[13]

1999年1月18日、大阪府警察本部長に就任[7]。約1年の在任中、生活安全部にハイテク犯罪対策室を新設したほか[14]、ひったくり事件の撲滅に取り組み、発生件数を1500件も減少させた[15]

2000年1月11日、警察庁次長に就任[6]。約2年7か月の在任中、相次いだ警察不祥事をめぐって国会で答弁に立ち、過労で突然倒れて入院しながらも、警察改革要綱をまとめた[4][16]

2002年8月2日、第19代警察庁長官に就任[4]。約2年の在任中、2003年を「治安回復元年」と位置づけ、警察官の街頭活動を強化する犯罪抑止対策に力を入れたほか、緊急治安対策プログラムの公開を行い、治安対策に取り組んだ[17]。また、2004年には警察庁刑事局に組織犯罪対策部を、警備局外事情報部を新設するなど、暴力団外国人犯罪グループ国際テロリストなどといった脅威に対抗する態勢を整備することなどにも取り組んだ[17]

2004年8月13日、退官[5]。警察庁顧問に就任[18]

2005年12月1日、警察共済組合理事長に就任[19]

2010年10月4日、法務省「検察の在り方検討会議」委員に就任[20]

2011年6月29日、法務省「新時代の刑事司法制度特別部会」委員に就任[21]

2015年4月29日、春の叙勲で瑞宝重光章を受章[22]

略歴

著書・論文

脚注

参考文献

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