鈴木貞敏
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山形県寒河江市生まれ[3][6][7]。両親は昭和の頭に満州に渡り、地元にとどまる[8]。
山形県立寒河江中学校(18期)を経て、東京帝国大学に進学するも数日で学徒出陣し、前橋陸軍予備士官学校に入学(砲兵第2中隊第4区隊)。1945年6月に卒業後、独立山砲第12連隊に配属され間もなく終戦を迎えた[8]。
戦後復学し、1948年(昭和23年[3])東京大学法学部[3]政治学科を卒業[1]。
同年4月、国家地方警察に入る[3][6]。淡路島郡家、警視庁本富士と一線署長を2度経験[9]。淡路島在勤中、現地の郵便局長の娘と結婚[10]。その後、警察庁警務局人事課長、警視庁刑事部長、警察庁長官官房長、警察庁刑事局長、警察庁警備局長、警察庁警務局長、警察庁次長を歴任した[3][6]。
1984年(昭和59年)、旧内務省解体後に採用された警察幹部第一期生で、初の戦後派として第11代警察庁長官に就任[3][6][9]。
同年のグリコ・森永事件の捜査を指揮したのち、1985年(昭和60年)に退官した[3]。
1986年(昭和61年)、第14回参議院議員通常選挙山形県選挙区で当選[1][2]。参議院選挙制度に関する特別委員長を務めた[11]。翌年5月、田中派に入会した[12]。
1992年(平成4年)、第16回参議院議員通常選挙で再選。1995年(平成7年)農林水産委員長に就任。
1998年(平成10年)の参院選に出馬せず、政界を引退した[2][3]。同年秋の叙勲で勲二等旭日重光章受章[13]。
肺炎のため[2]、2009年(平成21年)10月24日、神奈川県横浜市西区の病院で死去、84歳[14]。死没日をもって正八位から従三位に叙される[4]。