偽証の時

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日本の旗 日本
言語 日本語
ジャンル 短編小説
偽証の時
作者 大江健三郎
日本の旗 日本
言語 日本語
ジャンル 短編小説
発表形態 雑誌掲載
初出情報
初出文學界1957年10月
出版元 文藝春秋新社
刊本情報
収録死者の奢り
出版元 文藝春秋新社
出版年月日 1958年3月10日
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偽証の時』(ぎしょうのとき)は、大江健三郎短編小説1957年昭和32年)10月、『文學界』に発表され、翌1958年(昭和33年)3月に文藝春秋新社より刊行された短編集『死者の奢り』に収録されたが[1]、その後、文庫本の収録作として選ばれることはなかった[2][3]

大江が東京大学へ入学した1954年(昭和29年)に同大学で発生したリンチ事件「三・一四事件」をモデルとした作品である[4]1960年(昭和35年)には、増村保造監督・白坂依志夫脚色により、大映より『偽大学生』(にせだいがくせい)の題名で映画化された[2][5]

「T大学」の歴史研究会で、警察のスパイである疑いにより、贋学生が摘発された[6][7]。贋学生は椅子に縛り付けられて監禁され、女子学生の「私」と研究会のリーダーである木田が、彼を監視することになる[6]。しかし「私」は好んで監視の役割を引き受けたわけではなく、贋学生に強い憎悪を抱いている木田や学友に違和感を抱いていたほか、果たしてこの男が本当にスパイであるのかも、確信を持てずにいた[8]

贋学生は2人から食事を与えられた際に、「私」の掌に噛みつく。手を治療してのち、「私」と木田は別室で休息する[6]。本当に贋学生がスパイなのかを疑問に思い始める2人だったが、部屋に戻ると贋学生は縄を切って逃走していた[9]

贋学生の逃亡を受けて、ただちに証拠隠滅が始められ、研究会の会員たちはアリバイ作りに奔走する。「私」も逮捕の恐れから下宿を変え、会との連絡を絶つ[10]。やがて木田、続いて研究会のキャップである安西が逮捕される、事件は新聞でも大きく取り上げられた。一方で大学の進歩派教授たちは、そんな事件は初めからなかったとの声明を発表し、学生たちも木田の逮捕が不当であると訴える運動を始めた[11]

やがて警察が贋学生を伴って実地検証にやってくるが、学生、助教授、大学の営繕課までもが、総動員で監禁に用いた部屋を改造していたため、贋学生の証言は全て食い違い、学生たちは嘲笑する[12]。公判では、歴史学の助教授は監禁事件の事実など何も見なかったと偽証し、傍聴席の学生たちから拍手が起こる[11]

こうした努力の結果、贋学生のほうが、次第に精神異常者扱いを受けるようになり、精神鑑定にかけられることになる[10][11]。恐怖と罪悪感から身を隠していた研究会のメンバーも、やがて再び集結し、反対運動に加わり始める[10]。一方で「私」は、黙って逃げ回っていた自分を卑怯だと思ったり、反対運動を退屈なものと感じたりしつつも、やはり成り行きに流されるままとなっている[10]

やがて木田たちは釈放され、開かれた祝いの集会で木田は、自分たちがあの男を監禁する理由は何もなかった、と演説して拍手を浴びる[11][10]。その席へ、贋学生が母親とともに現れ、母親は息子が神経衰弱のため嘘をついて迷惑をかけたとして謝罪する[13]。安西はこれに対し「僕らはこの人を許してあげよう」「彼は僕らと同じように被害者だ」と演説する[14]

学生たちは拍手するが、「私」はこの状況に耐えかねて立ち上がり、「私たちがその贋学生を監禁したのは事実です」と叫び、一同に監禁の事実を話し始める[13][10]。あっけにとられていた学生たちは、やがて「私」が冗談に検事の物まねをしているものと誤解し、笑い始める。「私」は背後から力強い掌に押さえつけられ、椅子に座らされる。木田や安西たちは幸福そうに笑い、贋学生までもが、おどおどと笑顔を浮かべるのだった[13]

登場人物

  • 」 - 語り手。19歳の女子学生[6][2]
  • 木田 - 歴史研究会のリーダー[6][2]。「私」とは半ば恋人同士であり同志だが、互いに絶対的な信頼関係にはない[2]
  • 贋学生 - 歴史研究会にスパイの容疑をかけられ、監禁された男[7]
  • 安西 - 歴史研究会のキャップ[15]
  • ドイツ語の助教授 - 「私」が属する教室のドイツ語の助教授。進歩的な思想を持ち、他の教授らとともに、監禁事件の存在を新聞で否定する。山下肇がモデル[16]

発表経過・背景

モデルの事件

大江自身が公言したことはないが[3]、本作は、実際に起きた事件を基にした作品である[17][3]。この事件は1954年(昭和29年)に発生した、通称「三・一四事件」で、東京都内の学生組織に出入りしていた某人物が、東京大学の学生に監禁されたとして警察に訴え出たことで、東大生3人が逮捕されたものの、公判で監禁事件は某人物の捏造と結論され、東大生3人は無罪になった、というものである[18]。監禁事件はあったのか、某人物は本当にスパイであったかなど、この事件の全貌は不確かなものであるが、逮捕された一人は、自分たちは事実の究明よりも無罪判決を優先したとし、公判において偽証を行ったことを示唆している[19]

同年の9月11日には、お茶の水女子大学で自治会長を務めており、かつ逮捕された一人のうちの恋人であった女子学生が、自殺を遂げている[20]。この女子学生は、事件で逮捕された一人の恋人であり、逮捕に至らなかったものの逮捕状を発せられた中にお茶の水の学生も入っていたことなどにより、対応に苦慮していたものとされる[21]

大江健三郎が東京大学へと入学したのは、事件直後の1954年4月であった[22]。のちのエッセイで大江は、大学構内に共産党細胞が貼り出した、「女子大生の不思議な自殺が、それよりもなお不思議な文章で書かれていた」声明を読んだことを記している[23]。翌年の1955年(昭和30年)9月、大江は女子学生の自殺を題材とした短編小説『火山』を、東大教養学部の雑誌『学園』に発表した。本作は初めて活字化された大江の作品であり、学友会による「第一回銀杏並木文学賞」を受賞した[23][注 1]。この作品は、S火山に出掛けた「僕」と、従妹で「ユマニスト党」の党員として活動していた女子学生「L子」の自殺から想起される過去とが、交錯させながら語られるという内容のものである[23]

当時、東大教養学部のドイツ語の助教授で、自治会シンパとして学生に人気のあった山下肇は、銀杏並木文学賞の選考委員も務めていたが、『火山』を読んだ際、登場する「L子」が自殺した女子学生のことなのではないかと感じ、「胸をつかれずにはいられなかった」旨を記している[24]

発表後

『偽証の時』は1957年(昭和32年)10月、『文學界』に発表され、翌1958年(昭和33年)3月に文藝春秋新社より刊行された短編集『死者の奢り』に収録された[1]

梶尾(2018)は、モデルとなった「三・一四事件」に『火山』『偽証の時』の2作を照らせば、本作の語り手である「私」は、『火山』に登場する自殺した女子学生、「L子」であると考えられるとしている。そして、『火山』では充分に語られなかった「L子」の自殺の動機が、本作で彼女自身が語る監禁事件に求められるのではないかとし、本作では「自殺した女子学生の声を通してこの監禁事件を復元しているのではないか」と述べている[25]

本作には、監禁事件の公判で偽証を行う、進歩的な「ドイツ語の助教授」が登場するが、モデルは山下肇であり、本人も時評において「さしずめ私あたりをモデルに想定したかと思われる大学教師までが、学生の「偽証」に加担したかのごとく虚構されている」と述べている[26]

その後、本作は、新潮社から刊行された『大江健三郎全作品』には収録されたものの、文庫本には一度も収録されることはなかった[2][3]。梶尾(2018)は、本作の主人公である女子学生は、前作の『火山』に登場した時点で既に自殺しており、その後の大江作品においても、行き場を失っているように見える、と述べている[27]

映画

偽大学生
監督 増村保造
脚本 白坂依志夫
原作 大江健三郎『偽証の時』
出演者 若尾文子藤巻潤ジェリー藤尾
音楽 芥川也寸志
撮影 村井博
制作会社 大映東京
公開 1960年10月8日
上映時間 94分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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偽大学生』(にせだいがくせい)は、1960年(昭和35年)10月8日公開の日本映画[5][28]。制作は大映東京[28]白黒映画で、上映時間は94分[5]。原作は大江健三郎の短編小説『偽証の時』である[2][29]

本作は、NHK映画委員会による「1960年度 NHK映画ベスト・テン」の邦画部門で『女経』とともに第10位に選ばれたほか、東京映画記者会による「第11回 ブルー・リボン賞およびベスト・テン」では、「日本映画ベスト・テン」の第6位に選出された[30]

制作

本作の映画化を最も強く望んだのは、主人公の睦子を演じる若尾文子であったとされ[31]、当時、『女は抵抗する』『からっ風野郎』の成績が芳しくなく、『朝顔日記』も制作中止が決定するなどしていた若尾が、『偽大学生』に希望を懸けていた、ともされる[32]

脚本の白坂依志夫によれば、本作のラストは当初、主人公の女子学生が、学生運動の闘士たちの非人道性に絶望しつつ、それでも最後には再びデモへ出かけてゆく、という場面で終わることになっていた。しかし大映社長の永田雅一がそれを許さなかったため、このラストは修正されると同時に、ラストへ繋がる必然性のある、他の場面もカットされた[33][34]

増村は本作を、最も好きな自作の一つに挙げており、「これは左翼とか学生運動そのものを皮肉ったから評判悪かったですけどね、ぼくはやっぱり一番好きでしたね。その前に、撮りたくなかった『足にさわった女』なんかやったのも、その代りにこれを撮らしてもらう条件をつけたからです」と述べている[35]

あらすじ

田舎に住む母の期待を背負いながらも、大学入試に5回失敗した浪人生の大津彦一は、追い詰められて偽学生になる[36][28]。そして時間を潰していたジャズ喫茶で、歴研のリーダーである空谷が刑事に逮捕されるのに出くわし、その伝言のため歴研を訪ねたところ、新人の同志として扱われ、感激して学生運動に加わることになる[28]

大津は警官隊と乱闘して留置され、取り調べを受けるが、学生でないことが露見して解放される[28]。空谷の釈放後、スパイの疑いを掛けられた大津は、寮内の歴研部屋に監禁され、椅子に縛り付けられて、学生らから厳しい尋問を受ける[36][28]。大津はパンを食べさせた睦子にかみつき、睦子は手当てのため別室へ移動して、木田と抱擁する。その隙を突いて大津は逃亡するが、再び警察に捕まる[28]

大津の陳述を聞いた警察は、これを学生弾圧に利用しようとし、これを知った学校側と学生たちは、監禁事件時のアリバイ作りに奔走する。睦子は戦時中に自由主義者として闘った父親に相談するが、「卑怯な真似はしたくない」と断られる。しかし義兄で助教授の国は、愛人との逢瀬を睦子に見られたことを黙っている交換条件として、アリバイの証人となることを承諾した。さらに、学生に対して進歩的ポーズを取る国は、大学の営繕課長を脅して、監禁事件を不問にさせた[28]

検察庁は大津を連れて現場検証にやってくるが、歴研部屋は遊戯室に改装されており、監禁の痕跡は何もない。公判での国の皮肉な証言や、医学部教授による大津を強迫性神経症とする証言によって、次第に大津は狂人へと仕立て上げられてゆく[28]。結局、監禁事件は学生や教授らによる偽証によって、存在しなかったものとして隠蔽された[36]

大津は母親に伴われて、学生たちの集会へ謝罪に訪れる。母親は息子の妄想は亡き夫や自分の責任と考え、警察への恨みもこぼす。学生たちはこれを受けて「この人もぼくたちと同じ被害者だった」と叫ぶ。この状況に睦子は我慢ができず、真実を語ろうとするが、学生たちは笑い、大津までもが笑い、睦子はその場を走り去る[28]

発狂した大津は精神病院へと収容され、「保守を倒せ」「アンポ、ハンタイ」と叫びながら、病院内を走り回るのだった[36][28]

評価・分析

武田泰淳は、「増村の作品のモトは、大江健三郎の暗い暗い短編小説であるが、映画は思い切って喜劇化されているので、ふつうの市民も大笑いして、楽しんでいた」とし、同時期に公開されて同じく安保反対運動を取り扱った『日本の夜と霧』が真面目で難解なゆえに不評であったのとは対照的であったとしている。そしてこの映画の成功の要因の一つはジェリー藤田を主役としたことであるとし、「彼が出てくるだけで「ああ、これは喜劇だな」と、お客さんが安心した。びっくりさせると同時に、安心させるのが、映画の秘訣だ」と述べている[37]

佐藤忠男は、「ダメな奴をやっつけて踏みにじるという点で、一種凄絶なところまでいった」映画であるとし、椅子に縛りつけられたまま小便をして便所から脱走し、加害者の前に連れ出されたときには発狂していた主人公を「なんとも挨拶のしようのない情けなさ。いじましさ。阿呆らしさ。これは日本の阿Qであり、いくら叩きのめされたって奴隷の精神のぬけることのない怪物である。『偽大学生』は欠点の多い映画だが、この政治的マゾヒストを創造したことで映画史に残る価値があるだろう」と評している[38]

小倉真美は、本作に原作者である大江の思想とかなり不調和なものが混入しているのは、脚色の白坂のアナーキーな持ち味が加わったためであろうとし、また「睦子が後半常識的になって興味も減退するので、むしろ国助教授の行動を前面に押し出すように改変した方が更に特異性を発揮できたのではなかろうか。大学教師がキツネの狡猾さを持たねば現代に生きられない姿を諷刺したものとして珍重に価いする」と評している[28]

高瀬善夫は、原作では女子学生「私」の一人称であった作品が、偽大学生を筋の進行の中心軸に置き換え、各登場人物がその身許や性格により。織物のように巧みに組み合わされて行動する、「全部が説明されつくしている」映画になっている、と評している。そして、「役割にしたがつてきちんと行動させる――そのわかりのよいことが、増村監督の身上でもあろう。そして一人の人間の内部ではなく、人間と人間のからみ合いの "奇妙なおもしろさ" を浮き上らせるのが、彼の興味の中心でもあろう。映画をみている間中、実におもしろいのは、常にその意図が貫かれている点である」とし、「わかるということにちよつぴり抵抗してみたくなる映画だ」と評している[29]

福田定良は、「この作品を諷刺喜劇としてうけとった人も少くないようだが、実際はそうではない。それは快適なテンポをもつ喜劇の形式にもとずきながら、実質的には喜劇に反逆し、喜劇を否定してゆこうとする作品である。そのために、この作品には、言いようのない不気味さが感じられる」とし[39]、「この作品の不気味さは、スパイ事件における進歩的人間の偽善性のばくろからうまれるのではなく、「役割」としての人間の実在感の消滅と「劇」としての思想の消滅からうまれる」とし、監禁事件の偽善者たちに対して批判的な中村伸郎や若尾文子はジェリー藤尾が使う小便壺よりも影が薄く、「「劇」は形式的には進行するが、進行すればするだけ、形式的な表現を否定するだけである。話の筋(形式)はよくわかるが、話の内容はわからないのだ」と述べている[40]

長部日出雄は、「増村は、純粋であるべき(と増村および白坂が考える)学生運動にさえ、真実を歪曲していく組織のメカニズムが存在するさまを描いた。そして、偽学生大津彦一だけが、もっとも純粋に学生運動を信じていたことを主張する」とし、「大津彦一は典型的な被害者である。彼は受験競争に象徴される日本の社会の歪みの被害者であり、学生運動の中にもある「政治」の犠牲者だ。社会と政治の歪みが、彼を歪め、発狂させる。昭和三十五年十月に発表されたこの作品は、発狂した大津彦一がなおも「アンポ、ハンタイ」と叫び続けることで、安保斗争の敗北後、潮のように退いた反体制運動に対する批評を志しているように見えた」と評している[36]

一方で長部は、6月以前に書かれた白坂の第一稿では、「政治の歪みを正すべき学生運動の中にも、やはり政治の歪みがひそんでいることの主張に力点がかかっていた」と指摘し[36]、一方で実際に公開された映画においては、大津の純粋さの主張に力点が移っている、としている[41]。そして結果的に映画では、批評の視点が個人の心情の平面まで引き下げられてしまっており、組織の悪を批判するのみならず、個人(大津)の心情をも発狂により戯画化してしまった、増村の批評の主体はどこであるのか、と疑問を呈し、「この映画における増村の批評には、彼の主体が賭けられていない」と批判している[41]

キャスト

(出典:[28]

スタッフ

(出典:[5][28]

評価・分析

篠原茂は、「素材の重みと内容が先行してしまって、作者の視線が素材の奧をみつめることから生まれるよい意味での距離感が、この作品からは感じられないのである。そのためにこの作品は、時代的にありえた「事件」を読者が想定し、狭い意味での「政治性」や「党派性」で登場人物の行為を評価し、同時に作者の思想をも評価しえたとする安易な考えをひきおこしかねない危険性をもっている」と評している[42]

小池真理子は、『大江健三郎全小説』の解説で、本作は大江の初期作品の中で唯一の、若い女性の視点による語りでありながらも、リアリティーは他の作品に遜色ないとし、「この女子学生の内面にある倫理観のつよさは、その五十年以上後に書かれた『水死』に登場するウナイコにまで、まっすぐつながっている。本全集でこの作品を初めて知り、大江の多重的な視点をはりめぐらせた論理展開の周到さ、女子大生の語りの冷静さに、あらためて新人離れした力量を感じる読者も多いだろう」とし、もし本作を通じて学生運動の危険な一面が同時代の若者に共有されていたら、連合赤軍事件はあれほどの惨たらしさで起きただろうか、と述べている[17]

宮内豊は、一読して読者が感じ取れるのは「証拠湮滅、偽証、瞞着も辞さぬ左翼学生、ならびにそれのシンパと覚しき教師、事務局などの、道徳的に腐敗した体質に対する怒りと、この怒りが彼らに対してなんの力ももたぬという無力感である」とする一方、「だが、この作品で最後まで曖昧にされているのは、これらの学生や大学関係者が、なぜこのような瞞着を平然とやってのけているのか、なんのため、どういう動機でこれをなすのか、という点である」と指摘している[43]

この点について宮内は、「あの作品には、それ自体としてはあきらかに悪である集団的瞞着が、いったいなんのために行なわれているのかという観点が存在しないのである」とし、目的がもしも明示されていたとしても、一人の青年に対してあのような仕打ちをするだけの価値のあるものとは思われないとしつつも、「もし彼らの政治目的にまで明確な照明をあてていたら、そしてその目的が彼らの瞞着とそこに起因する青年の犠牲に値しないものであったなら、その時にはこの小説の主体的真実性はさらに深いものになり、さらに厳しいものになっていたであろう」と推察している。そしてこのような政治目的への無関心・拒否・傍観者たる姿勢は、同時期の『他人の足』にも通じる著者の姿勢である、と批判している[44]

永淵道彦は、大江の複数の作品に〈農耕民の心性〉を持つ集団と、そこから疎外された〈他者存在〉という構図を読み取って論じているが[45]、本作においては、主人公の「私」を含めた「T大学の学生たち」が、疑似〈農耕民の心性〉を持つ集団であり、贋学生がこれに対する〈他者存在〉である、としている[46]。その上で、『他人の足』とは異なるのは、「私」が、「T大学の学生たち」が真の〈農耕民の心性〉を持っているかを監視する役割を担わされていることである、としている[47]

永淵は、「T大学の学生たち」は互いが優秀な人間であると認識し合うことによって連帯していることや、以心伝心のうちに行われる監禁事件の隠蔽などから、疑似〈農耕民の心性〉を持つ集団であると読み取れるとし、そこに紛れ込んできた贋学生は、明らかな〈他者存在〉だとしている[48]。そして、最後に「私」が黙っていられなくなるのは、偽証の成功をよしとする「T大学の学生たち」が持つ疑似〈農耕民の心性〉は、自身が求める真の〈農耕民の心性〉ではないという思いに駆られたためである、と分析している[49]

書誌情報

脚注

参考文献

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