入善駅
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所属路線
■あいの風とやま鉄道線
| 入善駅 | |
|---|---|
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駅舎(2017年5月) | |
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にゅうぜん Nyūzen | |
![]() | |
| 所在地 | 富山県下新川郡入善町入膳6987-2 |
| 所属事業者 | あいの風とやま鉄道 |
| 所属路線 | ■あいの風とやま鉄道線 |
| キロ程 |
85.5 km(倶利伽羅起点) 金沢から103.3 km 米原から279.9 km |
| 電報略号 | ニウ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
770人/日(降車客含まず) -2020年- |
| 開業年月日 | 1910年(明治43年)4月16日 |
| 備考 |
業務委託駅 みどりの窓口 有 (インターネット予約不可) |
入善駅(にゅうぜんえき)は、富山県下新川郡入善町入膳にある、あいの風とやま鉄道線の駅である。


- 1910年(明治43年)4月16日:北陸本線の魚津駅 - 泊駅間延伸に伴い下新川郡入善駅入膳に一般駅として開業する[1][2][3]。
- 1939年(昭和14年)11月1日:構内に入善電信取扱所を開設する[4]。
- 1959年(昭和34年)3月31日:当駅 - 生地駅間に西入善信号場が開業する[2]。
- 1960年(昭和35年)7月1日:当駅 - 生地駅間の西入善信号場が、西入善駅として開業する[5]。
- 1962年(昭和37年)9月29日:当駅 - 泊駅間に小川信号場が開業する[2]。
- 1965年(昭和40年)8月25日:富山操車場 - 泊駅間が交流電化する[6]。
- 1966年(昭和41年)11月25日:当駅 - 西入善駅間が複線化する[6]。
- 1967年(昭和42年)9月20日:当駅 - 小川信号場間が複線化し、小川信号場が廃止される[2][6]。
- 1969年(昭和44年)10月1日:営業範囲を改正し、手荷物及び小荷物の配達取扱を廃する[7]。
- 1971年(昭和46年)11月29日:駅舎改築工事が完了し、同日より鉄筋平屋建ての新駅舎において業務を開始する[8][9]。
- 1972年(昭和47年)10月2日:営業範囲を改正して貨物の取扱を廃し、旅客駅となる[10]。
- 1974年(昭和49年)10月1日:営業範囲を改正し、旅客及び荷物を取扱う駅となる[11]。
- 1982年(昭和57年)11月15日:特急白山及び北越号停車駅となる[12][9]。
- 1986年(昭和61年)11月1日:営業範囲を改正し、荷物(但し新聞紙を除く)の取扱を廃止する[13]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、西日本旅客鉄道の駅となる[2]。
- 1999年(平成11年):夜間無人駅となる[9]。
- 2015年(平成27年)
- 2022年(令和4年)4月8日:駅前ロータリーの拡張整備工事が完了[16]。
駅構造
単式ホーム2面2線を持つ地上駅である[17]。構内は単式・島式の複合型2面3線の構造を有するが、島式ホームの内側の線路は撤去されている[17]。構内には保守用側線が残っている[18]。上りホーム側に駅舎があり、互いのホームは跨線橋で連絡している[19]。駅構内には自動券売機、待合室及び便所があり、Wi-Fiの利用が可能である[19]。
JR西日本時代は富山地域鉄道部が管理し、ジェイアール西日本金沢メンテック(現:JR西日本金沢メンテック)が駅務を受託[20]する業務委託駅で、みどりの窓口も設置されていた[17]。あいの風とやま鉄道への経営移管後も同社による業務委託駅の形態を維持しており[21][22]、みどりの窓口も引き続き設置されている[21]。
駅舎は1971年(昭和46年)11月29日より使用を開始したもので、鉄筋コンクリート平屋建てで面積は280平米ある[8]。この新駅舎整備の際にホームのかさ上げ工事や旅客上屋の整備が行われた[8]。
- 駅舎本屋建物財産標
- 出札口
- 改札及び待合室
- ホーム
- 駅長室
のりば
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先[23] |
|---|---|---|---|
| 1 | ■あいの風とやま鉄道線 | 上り | 富山・金沢方面 |
| 2 | 下り | 泊・糸魚川方面 |
到着メロディ
2017年(平成29年)3月の新旅客案内システム導入に伴い、入善町出身の歌手・津村謙のヒット曲「上海帰りのリル」(作詞:東条寿三郎、作曲:渡久地政信)のアレンジが到着メロディとして使用開始された[24][25]。

