原駅 (静岡県)
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東海道本線熱海 - 米原間の第一種鉄道事業者であるJR東海と、同区間の第二種鉄道事業者であるJR貨物が共同で使用する駅である。但し、JR東海が運行する旅客列車の発着はあるが、JR貨物が運営する貨物列車の発着は無い。1900年(明治33年)2月の駅開設時より、日本国有鉄道(国鉄)やその前身組織など一つの事業者により運営されて来たが、1987年(昭和62年)4月の国鉄分割民営化に際し、駅の旅客営業をJR東海が継承し、貨物営業をJR貨物が継承したため、2社が共有する現在の形態になった。
駅は、かつて東海道の原宿として栄えた沼津市の原地区にある。かつての所在地は駅名と同名の原町であったが、原町は1968年(昭和43年)に沼津市に統合され消滅している。
歴史
- 1900年(明治33年)2月25日:官設鉄道東海道線の駅として、沼津 - 鈴川(後の吉原駅)間に開業[2]。旅客・貨物営業を開始[2]。
- 1909年(明治42年)10月12日:線路名称制定、当駅を通る東海道線の本線筋を東海道本線と命名[3]。
- 1948年(昭和23年)3月:2代目の現駅舎に改築[4]。
- 1949年(昭和24年)2月1日:沼津 - 静岡間電化に伴い、駅構内を電化。
- 1984年(昭和59年)
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化によりJR東海・JR貨物が継承[2]。
- 1997年(平成9年)3月22日:貨物列車の設定廃止。
- 2008年(平成20年)
- 2025年(令和7年)6月1日:お客様サポートサービスおよびサポートつき指定席券売機を導入し、無人化[注 1][1][6]。
駅構造
ホーム・駅構内
2面3線のホームを有する地上駅である。駅構内の北側に単式ホーム1面1線、南側に島式ホーム1面2線が配置されている。
単式ホームの南側が1番線、島式ホームの北側が2番線、島式ホームの南側が3番線である。旅客列車は、上り列車が上り本線の2番線を使用し、下り列車が下り本線の3番線を使用する。上り待避線(副本線)の1番線は旅客列車は使用しないが、一部の列車やごく稀に遅延したサンライズ瀬戸・出雲が使用している。また、3番線の南側にも主に貨物列車が使用する下り待避線が1線ある。
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1・2 | CA 東海道本線 | 上り | 沼津・熱海方面 | 単式の1番線は事実上予備ホーム |
| 3 | 下り | 静岡・浜松方面 |
(出典:JR東海:駅構内図)
駅舎・設備
1番線の北側に接して、木造で天井の高い駅舎が設置されている。駅舎内部にはサポートつき指定席券売機[1]が設置され、改札口には簡易型自動改札機が導入されている。駅舎がある1番線ホームと、そこから離れた2番線・3番線ホームの連絡は跨線橋による。2007年(平成19年)6月に着工されたバリアフリー設備設置工事が2008年(平成20年)2月に終了し、跨線橋に2基のエレベーターが設置された。これと同時に、駅舎内部の多機能トイレの使用も開始されている。
駅舎の脇には、開業時の1900年築とされるレンガ積みのランプ小屋がある[4]。(フランドル積み)
お客様サポートサービスを導入している無人駅である[注 1][1]。無人化される前は、JR東海による分類では当駅は業務委託駅に分類され[7]、駅業務はJR東海交通事業の係員が終日担当していた。また、管理駅である沼津駅が当駅を管理していた[7]。
- 改札口(2022年7月)
- 自動券売機(2022年7月)
- 1番線ホーム(2022年7月)
- 2・3番線ホーム(2022年7月)
- ランプ小屋(2008年2月)
貨物取扱・専用線
利用状況
JR東海の移動等円滑化取組報告書によると、2024年度(令和6年度)の1日平均乗降人員は3,836人である[8]。
1993年度(平成5年度)以降の推移は以下のとおりである。
| 乗車人員推移 | ||
|---|---|---|
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
出典 |
| 1993年(平成5年) | 3,091 | [* 1] |
| 1994年(平成6年) | 3,038 | [* 2] |
| 1995年(平成7年) | 3,066 | [* 3] |
| 1996年(平成8年) | 2,997 | [* 4] |
| 1997年(平成9年) | 3,029 | [* 5] |
| 1998年(平成10年) | 2,992 | [* 6] |
| 1999年(平成11年) | 2,833 | [* 7] |
| 2000年(平成12年) | 2,698 | [* 8] |
| 2001年(平成13年) | 2,876 | [* 9] |
| 2002年(平成14年) | 2,831 | [* 10] |
| 2003年(平成15年) | 2,754 | [* 11] |
| 2004年(平成16年) | 2,746 | [* 12] |
| 2005年(平成17年) | 2,727 | [* 13] |
| 2006年(平成18年) | 2,769 | [* 14] |
| 2007年(平成19年) | 2,786 | [* 15] |
| 2008年(平成20年) | 2,702 | [* 16] |
| 2009年(平成21年) | 2,626 | [* 17] |
| 2010年(平成22年) | 2,498 | [* 18] |
| 2011年(平成23年) | 2,379 | [* 19] |
| 2012年(平成24年) | 2,383 | [* 20] |
| 2013年(平成25年) | 2,386 | [* 21] |
| 2014年(平成26年) | 2,354 | [* 22] |
| 2015年(平成27年) | 2,369 | [* 23] |
| 2016年(平成28年) | 2,325 | [* 24] |
| 2017年(平成29年) | 2,328 | [* 25] |
| 2018年(平成30年) | 2,314 | [* 26] |
| 2019年(令和元年) | 2,229 | [* 27] |
| 2020年(令和2年) | 1,737 | [* 28] |
| 2021年(令和3年) | 1,767 | |
| 2022年(令和4年) | 1,872 | |
| 2023年(令和5年) | 1,938 | |
| 2024年(令和6年) | 1,918 | |
