唐渡亮
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| からと りょう 唐渡 亮 | |
|---|---|
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唐渡亮(「日本タレント名鑑」より) | |
| 本名 | 唐渡 信忠(からと のぶただ) |
| 生年月日 | 1965年5月16日(60歳) |
| 出生地 |
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| 民族 | 日本人 |
| 身長 | 180 cm |
| 血液型 | O型 |
| 職業 | 演出家・起業家・元俳優・ |
| ジャンル | テレビドラマ・映画・舞台・演出 |
| 活動期間 | 1986年 - |
| 事務所 | エンジンエンターテイメント |
| 主な作品 | |
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映画 『劇場版 仮面ライダーアギト PROJECT G4』 『子猫の涙』 テレビドラマ 『闇のパープル・アイ』 『FiVE』 『すずらん』 | |
唐渡 亮(からと りょう、1965年〈昭和40年〉5月16日 - )は、日本の男性実業家。エンターテインメントプロデューサー、元俳優、元モデル。俳優時代に創設した『劇団enjin・エンジン』の座長。2024年現在合同会社NOBU INTERNATIONAL/Enjin株式会社の代表取締役を兼任する。大阪府出身。本名は唐渡 信忠(からと のぶただ)。
モデル時代
高校卒業後、遊びに行った先の動物園でスカウトされ、オスカープロモーションに所属。同時にミヤケイッセイデザイン事務所に入社し、イッセイミヤケの広告モデルとして出演する。モデルの仕事をしながら、エスモードジャポン東京に入学、デザイナーとしての勉強を習得し卒業。アパレル分野では「TOKIOKUMAGAI」のボディーを務めた。
25歳で俳優へ転身。モデル事務所・株式会社フェイスギルドから、株式会社プロシードの関連会社で、バーニングプロダクション系列の芸能プロダクション・株式会社ブレイブに移籍。このころ、本物のアクションを身につけるため、渋谷区代官山の新日本キックボクシング協会井原道場に入門・ウェルター級でプロライセンスを取得し、白井・具志堅スポーツジムで具志堅用高から指導を受ける。後輩には格闘家の魔裟斗がいる。
俳優として
俳優としてのスキルアップのため、ニューヨークアクターズスタジオの東洋人初の正会員であるゼン・ヒラノに師事し『メソッド・アクティング』を学ぶ。1996年、『闇のパープル・アイ』の出演をきっかけにブレイク。ブレイク後は順調に俳優としての人生を歩んでいた。1998年に劇団「THE東京ピチピチBOYS」を創設。また、アドリブ即興集団「チームうるし」も主宰し脚本、演出を手がけた。
1999年、ドラマの撮影中に声が出なくなり、病院で診察を受けたところ、「喉頭腫瘍異型癌」と診断され約2年半に及ぶ闘病生活を送る[1]。闘病中は入退院を繰り返し、その間計6回の全身麻酔手術を受けている。大きな手術後は闘病生活中も俳優としての仕事に復帰した。闘病生活中での勉強を生かし、慶應大学文学部人間科学科に合格するも、俳優業との時間が噛み合わないことから、一年で中退。
2004年に創設した劇団を譲渡。2005年、劇団「チームうるし」を創設するが一年間のみ契約し、その後解散。2006年、有限会社「アルガアーティストプロダクション」を資本金300万円で設立。プロダクション名は本人の好きな言葉「あるがまま」を引用し、アルガアーティストプロダクションと名付ける。
2010年、芸能プロダクションとの契約を再開。2012年、自身の今までの経験、スキルを地域に還元したいという想いから、地域活性化イベントに精力的に取り組む。同年、地域から俳優を輩出するプロジェクト「office jimo-to」を立ち上げ、「JK jimo-to style」などのヘアー・ファッションショーのプロデュースを行っている。
実業家として
2013年、立川俊之(元大事MANブラザーズバンド)が代表をする「T's Office」と業務委託契約を始める。同年、取材をきっかけに、モータースポーツレーシングチーム監督に就任。
2016年2月、エンジングループとして、エンジンプロダクション株式会社・エンジンエンターテイメント株式会社・お役立ち本舗株式会社を経営展開する中で、人材派遣・旬のツアー企画・ケータリングサービスなども行う。
2018年1月、地域包括とエンターテイメントを複合した、エンジンのプロデュースを始める。同年3月、「いつまでも美しく粋に生きる」を企業理念とし、アピアランスから心の癒しに繋がる「総合美」を完全プロデュース。同年4月、アクターズスクール生を募集しプロとしての俳優育成を本格始動。同年11月、「Enjin株式会社」東京事務所設立。
2019年10月25日、TBS系列『爆報! THE フライデー』によると、株式会社伊豆シャボテン動物公園の代表である吉村氏の声掛けで株式会社伊豆ドリームヴィレッジの総責任者として、アトラクション事業部ならびに新規事業である、グランピング施設事業の立ち上げを行っている[1][2]。
2020年2月12日、日刊ゲンダイ12日発行13日版17面によると、最高月収1億2,000万の俳優人生と現在を総称し「ジェットコースターのような人生」を追っている[2]。2月16日、前述のグランピング事業・ぐらんぱる公園アトラクション事業をオープンさせ、伊豆シャボテンヴィレッジの村長として、埼玉県滑川町に移住その後、ゼネラルマネージャーとして新宿テルマー湯の2号店にあたる「グランピングテルマー湯滑川店」、10月26日に同施設グランピング施設をグランドオープンさせた。
2023年8月、Enjin株式会社本社を渋谷区代々木に移転。同年10月より、エンターテインメントの演技スクールを再開している。IRによると、同11月よりインフルエンサー事業を開始し、大手プロダクションとIT・AI企業との連携による、新世代型プロジェクトを開始している。
2023年12月には、ハリウッドとのキャスティング事業としてNOBU INTERNATIONALを設立。アメリカロサンゼルスの制作会社IKI Entertainment LLCと業務提携を開始し、エンターテインメントのグローバル化を行っている。IRによると、付随してアメリカとの貿易事業も開始している。