国分 (市川市)
From Wikipedia, the free encyclopedia
地価
市川市北部に位置する。地域内は住宅街と林、農地が混在しており、下総国分寺等の寺社が所在する。主には外環道以西の低地(1〜4丁目)は古くからの住宅街、高台(4,5丁目)は畑を中心とした農地や山林、外環道以東(6,7丁目)は北部に位置する堀之内と同様、水田を転換した畑が広がっている。
東部には東京外環自動車道が通り市川北インターチェンジが置かれている。また、市内の菅野、八幡、真間などと共に文学者や小説家、作家に縁のある地で、小説家・劇作家である井上ひさしが居住していた。
一丁目に東京東信用金庫市川支店、三丁目に下総国分寺、四丁目に和洋国府台女子中学校、六丁目に市川国分郵便局がある。
東は東国分、西は国府台、南は須和田・真間、北は中国分・堀之内と接している。
住宅地の地価は、2024年(令和6年)1月1日の公示地価によれば、国分1-6-14の地点で19万1000円/m2となっている。[4]
歴史
沿革
- 1869年(明治2年) - 葛飾県葛飾郡国分村となる。
- 1871年(明治4年) - 廃藩置県、県の統合により印旛県葛飾郡国分村となる。
- 1873年(明治6年) - 県の統合及び、郡の分割により千葉県東葛飾郡国分村となる。
- 1889年(明治22年) - 東葛飾郡須和田村、曽谷村、稲越村、下貝塚村と合併し、東葛飾郡五常村大字国分となる。
- 1890年(明治23年)5月23日 - 五常村が国分村に村名を変更。東葛飾郡国分村大字国分となる。
- 1934年(昭和9年)11月3日 - 市川町、八幡町、中山町と合併、市制施行。市川市大字国分となる。
- 1951年(昭和26年)12月1日 - 市内の大字を町に変更。それに伴い、市川市国分町となる。
- 1966年(昭和41年)4月1日 - 国分町の一部で住居表示施行。
- 1971年(昭和46年)9月29日 - 国分町の残部で住居表示施行。市川市国分一丁目 - 八丁目となる。
地名の由来
当地に置かれた「下総国分寺」から。