大西洋平 (政治家)
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大西英男の次男として東京都江戸川区に生まれ、江戸川区立西小松川小学校・江戸川区立松江第二中学校・私立修徳高校・立正大学を卒業し、明治大学専門職大学院ガバナンス研究科(公共政策)の修士課程を修了した[1]。
小・中学校時代は野球、サッカーに打ち込み、高校時代からはラグビーに魅了され、3年時全国大会花園予選東京都大会ベスト8進出、大学1年時にはU19日本代表候補に選出され、4年時には体育会ラグビー部の主将を務めた。(U19代表スコッド同期には元ラグビー日本代表小野澤宏時選手がおり、後に江戸川区で行われたラグビー教室で共演している)
2002年リーグラグビー(13人制ラグビー)日本代表に選出、フィラデルフィアでアメリカ代表とのテストマッチを経験。
キヤノンの販売会社時代は営業キャンペーン3期連続優勝を果たし、社長賞新人賞、社長賞を受賞した。
2006年10月ヘッドハンティング会社を通じ、東急リバブル㈱ソリューション事業部へ転職。引き続き新規顧客開拓業務を担う。(宅地建物取引士資格取得)
サラリーマン生活11年間を経て、小泉敏夫元区議の後継者として2011年、江戸川区議会議員選挙に初当選し、以後3期連続当選。議会運営委員長、区議会自民党幹事長等を歴任した[1]。区議会自民党幹事長時代には悪質な誹謗中傷等を防ぐ「江戸川区インターネット健全利用促進条例」を議員発議により立案・取りまとめ、議会質疑も一手に担い、東京23区初の条例制定に尽力した。
2021年、東京都議会議員選挙に自民党公認で立候補したが、243票差で次点[2]。その後は父である大西英男衆議院議員秘書を務めた[3]。
2024年9月9日、大西英男が党総支部の役員会で政界引退の意向を表明。選考委員会が設置され、書類選考や面接を経て、洋平を擁立する方針が全会一致で決まった[4]。同年10月27日投開票の第50回衆議院議員総選挙では、東京16区から自民党の公認を受け立候補し、初当選した[5]。
2025年10月22日、第1次高市内閣にて外務大臣政務官に就任[6]。
2026年2月8日投開票の第51回衆議院議員総選挙で再選[7]。同年2月19日、第2次高市内閣で外務大臣政務官に再任[8]。