菅野孝憲

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愛称 スゲ、スゲさん、タカ
カタカナ スゲノ タカノリ
ラテン文字 SUGENO Takanori
国籍 日本の旗 日本
菅野 孝憲
名前
愛称 スゲ、スゲさん、タカ
カタカナ スゲノ タカノリ
ラテン文字 SUGENO Takanori
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1984-05-03) 1984年5月3日(41歳)
出身地 埼玉県富士見市
身長 178cm
体重 75kg[1]
選手情報
在籍チーム 日本の旗 北海道コンサドーレ札幌
ポジション GK
背番号 1
利き足 右足
ユース
1997-1999 日本の旗 ヴェルディジュニアユース
(富士見市立東中学校)
2000-2002 日本の旗 ヴェルディ1969ユース
富士見高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2007 日本の旗 横浜FC 186 (1)
2008-2015 日本の旗 柏レイソル 236 (0)
2016-2019 日本の旗 京都サンガF.C. 72 (0)
2018-2019 日本の旗 北海道コンサドーレ札幌(loan) 1 (0)
2020- 日本の旗 北海道コンサドーレ札幌 154 (0)
代表歴
2009[2] 日本の旗 日本 0 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2024年12月2日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

菅野 孝憲(すげの たかのり、1984年5月3日 - )は、埼玉県富士見市出身のプロサッカー選手Jリーグ北海道コンサドーレ札幌所属。ポジションはゴールキーパー(GK)[3]。元日本代表

東京ヴェルディ1969のアカデミーの出身で、埼玉県富士見市の自宅から練習場のヴェルディグラウンドまで片道2時間以上かけて通った[4]。当時の菅野について、ジュニアユースでの同期である玉乃淳は「中学3年生まで失点したのを見たことない」と語るほどだった[4]。身体能力・メンタリティは抜群で、東京Vの育成担当スタッフは全員一致でトップに昇格させるべきと推薦したが、身長が低いことを理由に[5][6]、当時のゼネラルマネジャーの判断によって昇格できず横浜FCに入団[4]。横浜FCのGKコーチである田北雄気は入団当時の菅野についてキャッチングはすでにプロレベルだったと語っている[4]。加入後は長年守護神を務めた水原大樹から1年目でレギュラーを奪うと、2006年はチームで唯一48試合(全49試合中)にフル出場し、防御率0.67という成績(リーグトップ)を残して、チームのJ2優勝とJ1への昇格に貢献した。

自身初のJ1でプレーする2007年、2年連続チームで唯一全34試合にフル出場。チームはリーグ最下位でJ2降格したものの、ゲームキャプテンを務める試合も多くあった。Jリーグオールスターサッカーへの出場を果たし、2007年の新人王にも輝いた[7]

2007年オフに柏レイソルへ移籍。5月3日のジェフユナイテッド市原・千葉戦で柏でのリーグ戦初出場を果たすと、好セーブを連発し、チームの勝利に貢献した。その試合以来、正GKの座を南雄太から奪取。これ以降、絶対的な守護神としてゴールマウスに立ち塞がった。

また、2009年には日本代表に選出されて、2月4日のフィンランド代表キリンチャレンジカップ)などでベンチメンバーに入った[2]

2009年にJ2降格を経験するも1年でJ1に昇格。2011年には初のリーグ制覇とともにJリーグ史上初となる「J1復帰1年目でのリーグ優勝」という快挙を達成した。その後も2012年には天皇杯を37年ぶりに制覇、2013年にはJリーグカップを14年ぶりに制覇するなど、不動の守護神として主要タイトルの獲得に貢献した。

その後も不動の守護神として活躍していたが、2014年9月20日の第24節浦和レッズ戦にて前半に遅延行為で警告を貰うと、後半には1対1となった興梠慎三ペナルティーエリア内で倒してしまい累積警告によって退場となった。この試合以降、交代出場した桐畑和繁にポジションを奪われ試合への出場機会はなかった。

2015年はレギュラーに返り咲くも、中村航輔アビスパ福岡へのレンタル移籍からの復帰に伴い、2016年J2京都サンガF.C.に完全移籍[8][9]。しかし2017年終盤に清水圭介にポジションを奪われ、控えに降格した。

2018年、北海道コンサドーレ札幌期限付き移籍。2019年も期限付き移籍期間を延長し札幌に残留した。しかしこの2年はク・ソンユンが第1GKとして健在したため第2GKとしての立場だった。2020年に完全移籍で札幌に加入。するとク・ソンユンが兵役のため、韓国へ移籍すると第2節からレギュラーに定着。シーズン途中は特別指定選手である中野小次郎にポジションを奪われるも、奪い返しシーズン通してリーグ戦28試合に出場するなどと札幌加入後最多出場を果たした。

2021年は札幌加入後初の開幕スタメンに抜擢された。シーズン序盤にチームの敗北が続いたことから中野が数試合出場するも、中野も神戸相手に4失点したこともあり、再びポジションを奪取。中盤戦以降は勝ち星も増え、安定したプレイでゴールマウスを守っていた。

2025年は開幕からスタメンとして定着したが3月9日のジェフユナイテッド千葉戦にて相手選手と衝突し脳震盪と診断され途中交代となる。そこから中野小次郎にスタメンを奪われるが5月11日のいわき戦でスタメン復帰を果たしそこからスタメンとして5試合連続出場をした。しかし6月17日のトレーニング中に負傷してしまい戦線離脱、同時に2023年に加入された高木駿の復帰もあってその後は主に高木がゴールを守っていた。

人物・特徴

身長は登録上179cmであるが、かつて柏で指揮していた石崎信弘も「175cmもないんじゃないか?」と発言している。記者からも同様の指摘がなされており[10][11]、175cmと報道したメディアも存在する[11]。そのためか、テレビや新聞などではたびたび「背の低いゴールキーパー」、「小さな巨人」[6][10] と呼ばれている。紹介文では、よく「179cmというGKとして決して高くない・・・」と書かれている[12]

このように、GKとしては小柄な方だが、瞬発力を活かした俊敏な反応によるセービングが持ち味であり、数々の記録を持つ。2009年日本代表に初招集された際に、当時の監督であった岡田武史から、「シュートへの反応の速さ」と「フィールドプレーヤー並みのキックの正確さがある」ことを特徴に挙げられていた[13]

前述のように、身長が低いことを理由にトップチームへの昇格を見送られたこともあったが、本人は「小さいと言われれば、大きいヤツよりも高く飛び、早く動き、強くなり、すべての面で上回ればいい」[5]、「小さい人がどんどんハイボールを捕れば面白いし、身長を悔やんだことはない。落下地点に最短距離で入れば、競り負けない」[11] と発言している。

体重の登録は75kgであるが、シーズンごとに体重を変え、どの体重が自分にとって最適であるかデータを取っている。2007年シーズンは71kgで通したが、ジャンプするときにある程度体重がないと勢いがつかないということで、2008年シーズンは74kgで試していた。身体能力は抜群で、相手との1対1の場面も勇敢に飛び出す。

ヴェルディユース時代、当時ユース監督だった都並敏史に対しても臆することなく意見したメンタリティの持ち主[4]。時間稼ぎで相手チームや相手サポーターを焦らせ、ブーイングを浴びたりカードを貰ったりすることもしばしばあるが、本人は「気持ちいい」と気にしていない。

記録

  • 2003年7月26日大宮戦にて、ペナルティーエリア外へ飛び出して相手選手のシュートを阻止したプレーでハンドリングの判定を受け、試合開始1分で退場処分となった。菅野のこの記録は2009年4月15日菅原智東京V)が更新するまでJリーグの最短退場時間記録であった(菅原は開始9秒で退場処分)。なお、この試合で横浜FCは控えメンバーにGKをベンチ入りさせていなかったため、急遽DF河野淳吾が菅野のユニフォームを着用してGKを務めたものの、0-3で敗れた。
  • 2004年7月10日鳥栖戦では、自陣のペナルティーエリア付近からのFKを菅野が蹴り、これが風に乗って伸び、さらに相手ペナルティエリア付近で大きくバウンドしてそのまま相手GK富永康博の頭上を越えゴールに入った[14]。Jリーグ公式戦では田北雄気(当時浦和)、松永成立(当時京都)に続く3人目のGKのゴールとなった。この「シュート」は公式記録上88mの距離とされ、当時のJリーグ史上最長ゴールとなった(その後、2006年7月13日高木義成(東京V)により塗り替えられた。高木の記録は菅野の記録を1m更新する約89mであった)。
  • 2006年4月18日神戸戦の前半5分から、6月2日水戸戦で失点するまで770分の連続無失点を続け、Jリーグ記録を樹立。これは1993年シジマール(当時清水エスパルス)が記録した731分を13年ぶりに塗り替えるものだった。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2003横浜FC21J2240-20260
2004431-30461
2005370-10380
2006480-00480
2007J13405020410
2008332405040330
20093403020390
201021J2350-30380
2011J12602030310
20123004060400
20133305020400
20142408020340
20153001030340
2016京都1J2400-00400
2017320-00320
2018札幌J100601070
20191012010140
202028010-290
20213605000410
20222701000280
20231401000150
20243502000370
2025J21301000140
2026J2・J3--
通算日本J1 37606102604630
日本J2 272110902821
日本J2・J3 --
総通算 64816203507451

その他の公式戦

国際大会個人成績 FIFA
年度クラブ背番号出場得点出場得点
AFCACLクラブW杯
201121-40
201260-
2013120-
201590-
通算AFC 27040

その他の国際公式戦

タイトル

クラブ

横浜FC
柏レイソル

個人

  • Jリーグ新人王(2007年)
  • 札幌ドームMVP賞(2021年)

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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