山の街

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山の街(やまのまち)は、神戸市北区興人神戸電鉄が共同で開発したニュータウン[1][2][3]。神戸市の民間開発住宅地では最大規模を誇る[4]

別称 興人山の街、神鉄箕谷東住宅地、パークヒル神戸(第4山の街のみ)
開発規模 171ha
事業名称 山の街ニュータウン土地区画整理事業
整備主体 興人
神戸電鉄
概要 山の街, 別称 ...
山の街
別称 興人山の街、神鉄箕谷東住宅地、パークヒル神戸(第4山の街のみ)
開発規模 171ha
事業名称 山の街ニュータウン土地区画整理事業
整備主体 興人
神戸電鉄
事業開始 1969年(昭和44年)
事業終了 1987年(昭和62年)
入居開始 1973年(昭和48年)
分譲開始 1973年(昭和48年)
計画戸数 4,730戸
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概要

神戸市北区神戸電鉄山の街駅西側の丘陵地を、化学繊維メーカーの興人と、地元で手堅く不動産展開を行う準大手私鉄(当時)の神戸電鉄が共同で開発したニュータウンである[3]。神戸市の民間開発住宅地では最大規模を誇る[4]

駅北側では1963年昭和38年)より神戸電鉄と神鉄建設工業による「神戸市北区緑町」の開発が行われており[3][5]、本住宅地はその西側に位置する。

分譲開始は1973年(昭和48年)であるが[4]、当初は興人のみが分譲しており、神戸電鉄が分譲を開始したのは1980年(昭和55年)からである[5]

開発主の一方である興人は1975年(昭和50年)に戦後最大の倒産と呼ばれる負債総額1,500億円の倒産で会社更生法の適用を申請するに至ったが、倒産の直接の原因はこの山の街の超大型開発であったと言われている[6]

事業終了は1987年(昭和62年)であるが、2000年代まで分譲が行われていた[4]

名称

一般的には「山の街住宅地」と称されるが、「伊藤忠・神鉄・兼松江商山の街ニュータウン(神戸北町)」と区別する目的で、「山の街(興人・神鉄)」もしくは興人開発地を「興人山の街」、神戸電鉄開発地を「神鉄箕谷東住宅地」と呼称・表記することがある[3]

第4山の街(詳細は後述)には「パークヒル神戸」の愛称が付与されており[5]、興人の分譲物件では「興人パークヒル神戸」、神戸電鉄の分譲物件では「神鉄パークヒル神戸」と両者のポスター・パンフレットに表記されていた。

パークヒル神戸

第4山の街(小倉台)では「パークヒル神戸」という愛称を設けたように、住宅需要の落ち込みに対応すべくさまざまな方策が採られ[7]、修景計画を生活空間研究所に依頼した高級住宅地として開発された[7]。興人・神戸電鉄・神鉄住宅販売ともにハイグレードな戸建住宅が分譲されている。

両者の共通キャッチコピーは「緑とふれあい広場のある街」であり、興人側ではこのほか「香るノスタルジー、薫るモダニズム。」「I・My・Meパークヒル神戸」、神戸電鉄側では「成熟した街で快適な暮らしを。」「人にやさしい。神戸電鉄の家」といったキャッチコピーを使用していた。

分譲街区

本住宅地は「第1山の街」から「第4山の街」まで4つの街区に分かれて開発された[1]

  • 第1山の街(広陵町)
    • 開発面積 - 37万1,000㎡
    • 計画戸数 - 1,250戸
  • 第2山の街(筑紫が丘)
    • 開発面積 - 59万5,000㎡
    • 計画戸数 - 1,600戸
  • 第3山の街(筑紫が丘)
    • 開発面積 - 23万2,000㎡
    • 計画戸数 - 680戸
  • 第4山の街「パークヒル神戸」(小倉台)
    • 開発面積 - 54万㎡
    • 計画戸数 - 1,508戸

脚注

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