山口廉王

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (2006-05-14) 2006年5月14日(19歳)
身長
体重
193 cm
97 kg
山口 廉王
オリックス・バファローズ #47
2025年7月29日京セラドーム大阪
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都大田区
生年月日 (2006-05-14) 2006年5月14日(19歳)
身長
体重
193 cm
97 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2024年 ドラフト3位
初出場 2025年10月5日
年俸 500万円(2025年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

山口 廉王(やまぐち れお、2006年5月14日 - )は、東京都大田区出身[2]プロ野球選手投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。

プロ入り前

練馬区立田柄第二小学校1年生のときに軟式野球を始め[2]青森県の『野内ヤンキース』でのプレーを経て[3][4]宮城県多賀城市立高崎中学校時代は硬式野球の『宮城北部リトルシニア』でプレー[5]。小中ともにメインポジションは捕手ながら[6]、成長痛もあって内野手と投手も兼任していた[5]

仙台育英高校へ進学し、投手一本で勝負してみたいという願望を抱いていたが[6]、中学時代から違和感があった右肘[7]がドクターチェックで緊急手術を要する状態であることが判明。成長する前の軟骨が破損しており、膝の骨を肘に移植するという手術[6]を入学直後の5月に受けた[7]。その後は約8か月もノースローの日々を過ごし、内野手で活躍する選択肢も模索していたが[8]、「僕から須江先生に言ったんです。投手に専念したいです、って[9]」と2年春に投手へ専念[5]。ただ、「でも、そこから一気にではなくて、徐々に投手としての出場機会を増やしてもらった感じです[9]」と初のベンチ入りは2年秋の県大会であり[5]東北との2回戦に先発して公式戦デビューを果たした[10]。続く東陵との3回戦にも先発したが、3回1/3を2失点でチームも敗退[11]。3年春から背番号1を付け[2]、3年夏の宮城大会では聖和学園との決勝で敗れた[12]。1学年先輩に山田脩也がいる。

2024年10月24日に開催されたドラフト会議にて、オリックス・バファローズから3位指名を受けた[13]。11月8日には契約金4500万円・年俸500万円(金額はいずれも推定)で仮契約を締結[1]。同29日に新人選手入団発表記者会見が行われ、背番号47と発表された[14]。担当スカウトは小松聖[15]

2025年は主に二軍で登板機会を与えられ、2勝2敗・防御率2.83の成績を残した[16]。10月5日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦でプロ初登板を果たし、四球はあったものの、1回を投げ無失点の好投を見せた[17]。シーズンオフに50万円増の550万円で契約を更改した[18]

選手としての特徴

仙台育英高校では投手専念が2年春[5]、公式戦デビューが2年秋、通算でも公式戦登板が11試合[10]と投手経験は浅いながらも、担当スカウトの小松聖は「スケール感満載で無限の可能性を秘めた大型右腕」と評した[19]。高校時代の持ち球は最速151km/hのストレートスライダーカーブフォークスプリット[7]

小・中学校時代のメインポジションは捕手。山口の剛球を受けられる捕手がいなかったという事情もあったが、指導者の目が彼の長打力の方にいきがちだったという側面もあり[6]、仙台育英高校でも入学当初は野手を兼任した。須江航監督は「あんまり早い段階でしばるのもなんだし、彼の長打力は捨てがたかったですから」と話し、本人も「とにかく当たったら飛ぶんで。当たれば普通にフェンス手前ぐらいまで届く感じです。低反発バットでもけっこう飛ぶなと思っていましたね」と打撃には自信を持っていた[9]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2025 オリックス 110000000----4100100000000.001.00
通算:1年 110000000----4100100000000.001.00
  • 2025年シーズン終了時

年度別守備成績



投手












2025 オリックス 10000----
通算 10000----
  • 2025年度シーズン終了時

記録

初記録

背番号

  • 47(2025年[14] - )


脚注

関連項目

外部リンク

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