寺西成騎
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| オリックス・バファローズ #13 | |
|---|---|
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2025年4月12日 京セラドーム大阪 | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | 石川県能美郡根上町(現:能美市) |
| 生年月日 | 2002年10月18日(23歳) |
| 身長 体重 |
185 cm 86 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2024年 ドラフト2位 |
| 初出場 | 2025年5月15日 |
| 年俸 | 1400万円(2026年)[1] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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寺西 成騎(てらにし なるき、2002年10月18日 - )は、石川県能美郡根上町(現:能美市)出身[2]のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。
プロ入り前
能美市立浜小学校で3年生の時に根上学童野球クラブで野球を始める。能美市立根上中学校では軟式野球部に所属し、3年時にはBFA U-15アジア選手権の日本代表に選出された[3][4]。その時のチームメイトには内山壮真(東京ヤクルトスワローズ)、根本悠楓、山城航太郎(ともに北海道日本ハムファイターズ)、平尾柊翔(くふうハヤテベンチャーズ静岡)がいる。
星稜高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。同年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会、2年春の第91回選抜高等学校野球大会、夏の第101回全国高等学校野球選手権大会に控え投手として出場した。2年夏に右肩の肩関節唇を損傷し、3年春に手術を受けた[5]。同年は新型コロナウイルスの影響で公式戦が中止となり、県で行われた独自大会でも登板はなかった。同学年に内山壮真、1学年上に奥川恭伸、山瀬慎之助がいた。
高校卒業後は日本体育大学へ進学。投手コーチ辻孟彦からの「1、2年生は投げなくてもいい。4年生でピークを持ってきてプロに行こう。」という助言のもと、1、2年時は右肩のリハビリやトレーニングに専念した[5]。3年春のリーグ戦で実戦復帰し、リーグ最多となる5勝、防御率0.31を記録した[5]。4年時の2024年にはハーレムベースボールウィークの日本代表に選出された[4]。
2024年10月24日に開催されたドラフト会議にて、オリックス・バファローズから2位指名を受けた[2]。11月25日、契約金7000万円、年俸1100万円で入団に合意した(金額は推定)[6]。背番号は13[7]。担当スカウトは小林敦[8]。
オリックス時代
2025年は開幕は二軍スタートだったが、ウエスタン・リーグ7試合に先発して防御率2.86を記録すると、5月15日の北海道日本ハムファイターズ戦(エスコンフィールドHOKKAIDO)にてプロ初登板初先発が決定[9]。3回を被安打2、無失点で抑えて降板した[10]。その後は二軍で2試合に登板。状態を整えると、6月上旬に再び一軍に合流[11]。同13日の読売ジャイアンツ戦(京セラドーム大阪)にて先発登板すると、5回1失点にまとめ、プロ初勝利を記録した[12]。なお、同年の新人選手では最速でプロ初勝利を記録した[13]。同17日に登録抹消された[14]。その後も投げ抹消が続いていた[注 1]が、8月11日に先発登板[19]した後は登録抹消されず、19日に先発登板した[20]。しかし次の先発登板となった27日の千葉ロッテマリーンズ戦で2回5失点、続く9月3日の福岡ソフトバンクホークス戦でも2回途中5失点といずれも試合を作れなかった[21]。ここまで8試合の先発で2勝3敗、防御率5.79という成績で、翌4日に登録抹消となった[22]。シーズン最終盤には中継ぎで一軍に再合流すると、3試合に登板していずれも無失点を記録し、シーズンを終えた。オフに、300万円増の推定年俸1400万円で契約を更改した[1]。
2026年 ワールド・ベースボール・クラシック の日本代表との強化試合に先発登板し、大谷翔平、鈴木誠也、オリックスの先輩の吉田正尚など打ち取り、2回26球を投げて無安打無失点の好投で勝利に貢献した。[23]
選手としての特徴
家族
3歳上の兄・建も野球選手で、星稜高等学校時代に第98回全国高等学校野球選手権大会に出場した。
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2025 | オリックス | 11 | 8 | 0 | 0 | 0 | 2 | 3 | 0 | 1 | .400 | 163 | 35.2 | 46 | 2 | 15 | 0 | 0 | 20 | 0 | 0 | 22 | 21 | 5.30 | 1.71 |
| 通算:1年 | 11 | 8 | 0 | 0 | 0 | 2 | 3 | 0 | 1 | .400 | 163 | 35.2 | 46 | 2 | 15 | 0 | 0 | 20 | 0 | 0 | 22 | 21 | 5.30 | 1.71 | |
- 2025年シーズン終了時
年度別守備成績
| 年 度 | 球 団 | 投手 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
| 2025 | オリックス | 11 | 2 | 5 | 0 | 0 | 1.000 |
| 通算 | 11 | 2 | 5 | 0 | 0 | 1.000 | |
- 2025年度シーズン終了時
記録
初記録
- 投手記録
- 初登板・初先発登板:2025年5月15日、対北海道日本ハムファイターズ12回戦(エスコンフィールドHOKKAIDO)、3回無失点[26]
- 初奪三振:同上、2回裏に進藤勇也から空振り三振[26]
- 初勝利・初先発勝利:2025年6月13日、対読売ジャイアンツ1回戦(京セラドーム大阪)、5回1失点[27][注 2]
- 初ホールド:2025年10月4日、対東北楽天ゴールデンイーグルス25回戦(楽天モバイルパーク宮城)、9回裏に7番手で救援登板、1回無失点
背番号
- 13(2025年[7] - )