小林正幹
From Wikipedia, the free encyclopedia
埼玉県立松山高等学校時代にインターハイ1500mにおいて3分51秒02で優勝。
早稲田大学競走部時代は東京箱根間往復大学駅伝競走大会に1年(1992年)から出場し4区(21.0km)を、区間8位の1時間05分58秒で駆け抜けた。2年時(1993年)の箱根駅伝では、3区(21.5km)を1時間04分13秒で区間賞、箱根駅伝、早稲田大学が7年ぶりの往路優勝、8年ぶり12回目の総合優勝に貢献した。3年時(1994年)の、早稲田大学競走部は、第70回箱根駅伝では総合優勝した山梨学院大学に敗れたものの(総合2位)先輩の武井隆次・櫛部静二・花田勝彦(当時4年)、後輩の渡辺康幸(当時2年)、小林雅幸(当時1年)らを擁しており、優秀なチームメート、練習環境に恵まれていて、自身も7区で1時間03分44秒の区間賞を獲得した。4年時(1995年)の箱根駅伝では、早稲田大学競走部の駅伝主将に就任。3区(21.5km)にエントリーされ、1時間02分49秒の区間新記録を達成[1]。2区渡辺、3区小林正、4区小林雅で3区間連続区間新記録を達成し、往路優勝、総合準優勝に貢献した。