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春日大娘皇女

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皇后 仁賢天皇元年2月2日
誕生 不明
崩御 不明
春日大娘皇女
第24代天皇后
皇后 仁賢天皇元年2月2日

誕生 不明
崩御 不明
父親 雄略天皇
母親 春日和珥童女君
配偶者 仁賢天皇
子女 高橋大娘皇女
朝嬬皇女
手白香皇女(継体天皇后)
樟氷皇女
橘仲皇女(宣化天皇后)
武烈天皇
真稚皇女
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春日大娘 皇女(かすがのおおいらつめ の ひめみこ、生没年不詳)は、記紀に伝えられている皇族。

『古事記』に春日大郎女、『日本書紀』に春日大娘皇女。雄略天皇皇女、仁賢天皇皇后。母の名は『日本書紀』にのみ和珥氏系統の春日和珥臣深目の娘・童女君とある。

『日本書紀』では、仁賢天皇元年2月2日に立后し仁賢天皇皇后となった。高橋大娘皇女(たかはしのおおいらつめのひめみこ)・朝嬬皇女(あさづまのひめみこ)・手白香皇女(たしらかのひめみこ)(後に継体天皇皇后、欽明天皇母)・樟氷皇女(くすひのひめみこ)・橘皇女(たちばなのひめみこ)(後に宣化天皇皇后・石姫皇女母)・小泊瀬稚鷦鷯尊(おはつせのわかさざきのみこと)(武烈天皇)・真稚皇女(まわかのひめみこ)を生んだとされる。『古事記』では高木郎女(たかぎのいらつめ)[1]、財郎女(たからのいらつめ)[2]、久須毘郎女(くすびのいらつめ)[3]、手白髪郎女(たしらがのいらつめ)[4]、小長谷若雀命(おはつせわかさざきのみこと)、真若王(まわかおう)[5]とある。

出自についての記述

系譜

脚注

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