李到炯

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国籍 大韓民国の旗 大韓民国
生年月日 (1975-05-24) 1975年5月24日(50歳)
身長
体重
182 cm
95 kg
李 到炯(イ・ドヒョン)
Lee Do-Hyung
斗山ベアーズ 二軍打撃コーチ #71
基本情報
国籍 大韓民国の旗 大韓民国
出身地 ソウル特別市
生年月日 (1975-05-24) 1975年5月24日(50歳)
身長
体重
182 cm
95 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 1993年 高卒優先指名
初出場 1994年4月29日蚕室野球場
最終出場 2010年5月1日大田ハンバッ運動場野球場
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

選手歴

監督・コーチ歴

李 到炯(イ・ドヒョン、韓国語: 이도형、1975年5月24日 - )は、大韓民国ソウル特別市出身の元プロ野球選手捕手)。

北京五輪にも出場した射撃選手キム・ユヨン英語版は従妹。

斗山時代

1994年に入団し、翌1995年は韓国シリーズ優勝に捕手として貢献。

1999年に洪性炘が入団すると捕手の座を奪われ始め、2001年シーズンオフにハンファ・イーグルス姜仁權を相手にトレード。

韓華時代

すると、移籍1年目の2002年は、正捕手へ抜擢され100試合に出場。2004年8月8日三星ライオンズ戦で金泰均と控えファーストの崔鎮涬朝鮮語版(チェ・ジンヘン)が代打で出場したために急遽ファーストで出場。

2009年7月4日起亜タイガース戦で9回1点ビハインドの状況で韓基周からサヨナラホームランを放ち、チームの最多連敗記録を12で止めた。9月12日鄭珉哲の引退試合でもサヨナラホームランを決め、9点差あった試合をひっくり返した。なお、9点差からの逆転は史上最多点差タイ記録であった。

2010年オフ、FA(フリーエージェント)を行使したが、ハンファの若返りの方針や故障が多いことがネックとなり、ハンファやどの球団とも契約できず、2011年は韓国プロ野球のどの球団でもプレーできなくなり、現役を引退することになった。

また、自身の引退の契機となった韓国プロ野球のFA制度が選手の移籍の足かせになっているとして、2011年2月訴訟を起こした。

引退後

2014年11月、NCダイノスのコーチに就任。

2018年11月、コーチとして斗山に復帰。

プレースタイル・人物

詳細情報

関連事項

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