趙寅成 (野球)
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| 斗山ベアーズ バッテリーコーチ #74 | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | ソウル特別市 |
| 生年月日 | 1975年5月25日(50歳) |
| 身長 体重 |
183 cm 90 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 捕手 |
| プロ入り | 1998年 1次ドラフト |
| 初出場 | 1998年4月15日 |
| 最終出場 | 2017年5月23日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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選手歴 | |
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監督・コーチ歴 | |
| 国際大会 | |
| 代表チーム |
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| 五輪 | 1996年 |
| WBC | 2006年 |
この表について
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趙 寅成(チョ・インソン、ハングル:조인성、1975年5月25日 - )は大韓民国出身の元プロ野球選手(捕手)、野球指導者。
LG時代
大卒新人だった1998年、バンコクアジア大会野球に韓国代表として出場し優勝、兵役免除の恩典を受けた。2006 ワールド・ベースボール・クラシック韓国代表にも選ばれた。二塁への盗塁を企む走者を座ったままのスローイングで刺すほどの強肩であった。パンチ力のある打力も持ち味。しかし、リードの面では外角一辺倒の傾向をよく批判される。
2007年シーズン後、FA権を取得して権利を行使したが、満足できる条件を提示したLGツインズに残留した。
2008年は、チームが投手陣の崩壊、打撃不振で最下位に沈み、個人的にはリード面を叩かれたり、故障や不振で、引退から復帰したベテランの金正敏(キム・ジョンミン)にシーズン途中スタメン捕手の座を奪われたり、二軍に落ちたりと散々な1年を送った。
2009年8月6日の対起亜タイガース戦で、先発投手の沈秀昌と試合中ファンの見ているグラウンド内で口喧嘩をした前代未聞の醜態をさらしてしまい、二人ともチームから罰金を科せられ二軍降格となり、その後はシーズン終了まで一軍に昇格することはなかった。このようにFAでLGに残留後は攻守ともに冴えない状態が続いていた。
2010年は攻守ともにかつての姿を取り戻した。9月1日に、韓国プロ野球では史上初となる捕手でのシーズン100打点以上を記録。自身初の全試合出場を果たし28本塁打とチームの本塁打王となるなど、打撃では自己最高の成績を収め、プロ13年目にして初のゴールデングラブ賞も受賞した。
SK時代
2011年オフにFA権を行使し、SKワイバーンズと3年契約を結んで移籍した。彼の補償選手には林廷宇が選ばれた。
しかしSKでは鄭相昊などとのレギュラー争いが激しく、2013年はあまり多くの出番が得られなかった。
ハンファ時代
2014年6月3日、李大守などとの2対1トレードでハンファ・イーグルスに移籍した。
2017年は開幕直後に肩を故障し試合に出場できなくなり6月23日に全峴兌、宋臣永、李鍾煥とともにウェーバー公示され退団した[1]。 このうち全峴兌だけは起亜タイガースに移籍できたが彼は同年シーズン終了まで移籍できず、そのまま現役を引退した。
引退後
2018年より斗山ベアーズのコーチに就任、2021年より古巣のLGのコーチに転任、2024年から再び斗山のコーチを務める。