竹内譲
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| 竹内 譲 たけうち ゆずる | |
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| 生年月日 | 1958年6月25日(67歳) |
| 出生地 |
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| 出身校 | 京都大学法学部 |
| 前職 | 三和銀行(現:三菱UFJ銀行)行員 |
| 所属政党 |
(公明党→ ) (公明新党→) (新進党→) (公明→) 公明党 |
| 公式サイト | 竹内総合研究所 |
| 選挙区 |
(旧京都府第1区→) 比例近畿ブロック |
| 当選回数 | 7回 |
| 在任期間 |
1993年7月18日 - 1996年9月27日 2009年8月30日 - 2026年1月23日 |
| 選挙区 | 上京区選挙区 |
| 当選回数 | 2回 |
| 在任期間 | 1999年 - 2005年 |
その他の職歴 | |
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代表:山口那津男 (2020年9月27日[1][2] - 2022年9月25日[3][4]) | |
竹内 譲(たけうち ゆずる、1958年6月25日 - )は、日本の政治家。
厚生労働副大臣(第3次安倍第1次改造内閣)、財務大臣政務官(第2次安倍内閣)、衆議院経済産業委員長、同総務委員長、衆議院議員(7期)、京都市会議員(2期)、公明党中央幹事会会長代理、同党政務調査会長、同党税制調査会事務局長、同党国会対策筆頭副委員長、同党財政・金融部会長、同党拉致問題対策委員長、同党国土交通部会長などを歴任した[5][6][7][8]。
京都府京都市生まれ。洛星中学校・高等学校卒業後、京都大学法学部に入学。行政法を専攻した[9]。4年次に日本興業銀行(現:みずほ銀行)の内定を得たが、1年留年[10]。翌年、国家公務員採用第1種試験にも合格したが、三和銀行(現:三菱UFJ銀行)に入行した。
1993年、第40回衆議院議員総選挙に公明党公認で旧京都1区(定数5)から立候補し、得票数4位で初当選した。1994年、公明党の解党に伴い公明新党を経て新進党に合流。1996年の第41回衆議院議員総選挙には京都1区から新進党公認で立候補するが、自由民主党の伊吹文明、日本共産党の穀田恵二の後塵を拝し、次々点で落選した。1998年の第18回参議院議員通常選挙では、京都府選挙区から無所属(野党系統一候補)で立候補した福山哲郎を支援した(福山は当選後、民主党に入党した)。
1999年、京都市議会議員選挙に上京区選挙区から立候補し、当選した(国会議員経験者が市議会議員に転身した例は、他に岡山市議会議員・熊代昭彦などがいる)。2003年、京都市会議員に再選される。
2005年、京都市議を辞職して第44回衆議院議員総選挙に公明党から比例近畿ブロック単独で立候補するが、次点で落選した。2009年、第45回衆議院議員総選挙に再び公明党から比例近畿ブロック単独で立候補し、当選。約13年ぶりに国政復帰を果たした。2012年、第46回衆議院議員総選挙に公明党から比例近畿ブロック単独で立候補し、3選。選挙後に発足した第2次安倍内閣で財務大臣政務官に任命された。
2014年、第47回衆議院議員総選挙に公明党から比例近畿ブロック単独で立候補し、4選。2015年10月、第3次安倍第1次改造内閣で厚生労働副大臣に任命された。
2016年9月、衆議院総務委員長に就任する[11]。2017年、第48回衆議院議員総選挙に公明党から比例近畿ブロック単独1位で立候補し、5選[12]。2019年12月、海外の人々にも公明党を理解してもらうために英文の著書を出版した[13]。
2020年9月、石田祝稔の後任として公明党政務調査会長に起用される[14]。2021年、第49回衆議院議員総選挙に公明党から比例近畿ブロック単独1位で立候補し、6選。
2022年、衆議院経済産業委員長就任に伴い、政務調査会長を退任して高木陽介に譲る。2024年、第50回衆議院議員総選挙に公明党から比例近畿ブロック単独1位で立候補し、7選[15]。
2026年1月20日に国会内で記者会見を開き、同年2月8日に実施予定の第51回衆議院議員総選挙には立候補をせず、政界を引退する事を表明した[16]。