清須市
愛知県の市
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清須市(きよすし)は、愛知県北西部に位置する市。戦国時代、織田信長の本拠地及び居城である清洲城(清須城)と城下町で栄えた。江戸時代に徳川家康が清洲越しを行うまでは尾張の政治の中心であった[1]。
| きよすし 清須市 | |||||
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| 国 |
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| 地方 | 中部地方、東海地方 | ||||
| 都道府県 | 愛知県 | ||||
| 市町村コード | 23233-5 | ||||
| 法人番号 | 7000020232335 | ||||
| 面積 |
17.35km2 | ||||
| 総人口 |
67,112人 [編集] (推計人口、2026年7月1日) | ||||
| 人口密度 | 3,868人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 名古屋市、一宮市、稲沢市、北名古屋市、あま市 | ||||
| 市の木 | 花水木(ハナミズキ) | ||||
| 市の花 | 桜・チューリップ | ||||
| 清須市役所 | |||||
| 市長 | 永田純夫 | ||||
| 所在地 |
〒452-8569 愛知県清須市須ケ口1238番地 北緯35度11分59秒 東経136度51分10秒 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
![]() | |||||
| 特記事項 | 2005年(平成17年)7月7日に合併し成立した。 | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
概要
古くは縄文時代より人が栄えた地であり度々遺跡が発見される。市内には日本最大級の環濠集落である朝日遺跡がある[2]。
清洲同盟や清洲会議など数々の日本史を揺るがす事件が起こった地として有名である[1]。
また江戸時代に賑わった宿場町・美濃路清須宿[3]や、かつて日本三大市場の一つとされた枇杷島市場[4]をはじめ、100近くの歴史施設や寺院・神社がある[5]。
狭い市域ではあるがJR東海道本線や城北線、名鉄名古屋本線、犬山線、津島線などの複数の鉄道路線と駅が置かれている。特に枇杷島駅は最短3分で隣駅である名古屋駅にアクセスできる[6]。また名古屋高速や名二環のIC・JCTもあり交通の便が良いため多くの企業が本市に本社や拠点を置いている[7]。
毎年、市立小学校に入学する新1年生全員に市からランドセルが贈呈される[8]。都市に近いにも関わらず自然や文化が豊富なため近年子育て世帯向けの住宅人気が上がっている。2018~2022年の5カ年平均合計特殊出生率が1.78を記録し愛知県の市で第1位となった[9]。
漫画家の鳥山明(ドラゴンボールの作者)の出身地である[10]。

地名の由来
市名の由来は、この地に古くからある地名に由来する。
- 清須と清洲
「きよす」の表記は、「清須」と「清洲」の両方が混在しており歴史書によって異なる。
伊勢神宮領を記録した14世紀中頃の『神鳳鈔』に「清須御厨(きよすみくりや)」として記載されているのが最古の記載としているが諸説ある。
江戸時代初期に書かれた書物『三河物語』には「清須」、同時代に書かれた書物『信長公記』には「清洲」と書かれている[11]。
戦国・江戸以前の古い文典ほど「清須」の表記が多く
明治以降に「清洲」の表記が多くなる傾向にある。
市内の地名である「須ヶ口」は元々、清須城(清洲城)の外堀に位置し「清須の入り口」という意味である。
地理

地形は比較的平坦で、庄内川の下流域にあり、ほとんどの地域が海抜10m未満である。 そのため、2000年の東海豪雨の際には、現在の市域の各所(特に西枇杷島町:新川の堤防決壊)で多数の浸水被害が生じ、車ばかりでなく須ヶ口駅(新川検車支区)に配置されている電車も水没した。この東海豪雨を教訓に、堤防強化や河川改修をはじめとしたインフラ整備が大幅に強化された。
地形
河川
- 一級河川

地域
人口
| 清須市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 清須市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 清須市
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
清須市(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
隣接する自治体・行政区
歴史
古代
室町時代・安土桃山時代
戦国時代
江戸時代
- 1607年(慶長12年)家康の九男徳川義直が入城し、清洲藩の本拠となる。
- 1611年(慶長16年)下小田井の市(枇杷島市場)が開設される。
- 1612年(慶長17年)徳川家康が清洲越しを行い、清須城の城下町がまるごと名古屋に移転する。
- 1616年(元和2年)内北市場分桑名町(現在の清須市一場)に伝馬所が置かれ、後の美濃路清須宿となる。
- 1622年(元和8年)庄内川に初めて枇杷島橋が架けられる。
- 1668年(寛文8年)火災により内北市場分の本陣や高札場他宿場施設を焼失。神明町(現本陣跡)に移して再建される。
- 1783年(天明3年)尾張徳川家の代官所(清洲陣屋)が、落合村分地(現在の清須市春日)に設置される。
- 1784年(天明4年)尾張藩と江戸幕府の承認により新川が着工。工事は現在の新川橋付近に本陣がおかれ、200ヶ所以上の地点に分け同時着工された。
- 1787年(天明7年)新川が竣工。
- 1802年(享和2年)尾張西枇杷島祭りが始まる。枇杷島市においてはその財力を背景に町内会ごとに山車が作られた。名古屋東照宮の祭礼の形態を引き継ぐ数少ない祭として現在に至るまで200年以上続いている。
近代(明治時代)以降
- 1871年(明治4年)清洲邑宰所(清洲陣屋)が廃止。
- 1880年(明治13年)春日井郡が東西の二郡に分かれて西春日井郡が誕生した後、西春日井郡内の町村で合併が繰り返される。
- 1886年(明治19年)初代清洲駅(現在の枇杷島駅)が開業。
- 1889年(明治22年)下小田井村、小場塚新田村の合併により西枇杷島町が誕生。また町制施行により清洲町が誕生。下之郷村、落合村が合併し、春日村が誕生。
- 1891年(明治24年)濃尾地震により清洲宿本陣が倒壊焼失。正門のみが残存。
- 1906年(明治39年)桃栄町、新川町、寺野村、阿原村が合併し、新川町が誕生。清洲町が朝田村、一場村と合併しその後、大里村や甚目寺町の一部と合併。
- 1914年(大正3年)名古屋電気鉄道須ヶ口駅が開業。
- 1928年(昭和3年)名鉄名古屋本線西清洲駅(現在の新清洲駅)が開業。
- 1944年(昭和19年)清州飛行場が建設され飛行第五戦隊が配属される。太平洋戦争終戦後、約12年かけて元の農地へと開拓される。
- 1955年(昭和30年)下小田井の市が約340年の歴史に幕を閉じる。
- 1959年(昭和34年)鉄筋コンクリート造としては日本初の歩道橋である西枇杷島町横断歩道橋が竣工。
- 1978年(昭和53年)西枇杷島町にカレーハウスCoCo壱番屋の1号店が開店。
- 1986年(昭和61年)新川町役場(現在の清須市役所南館)が完成。
- 1989年(平成元年)清洲町の町制100周年を記念して現在の清州城天守閣が再建。
- 1990年(平成2年)町制が施行され春日町が誕生。
- 1991年(平成3年)東海交通事業城北線が開業。当初の終着駅は尾張星の宮駅であった。
- 1993年(平成5年)西枇杷島町に西枇杷島町問屋記念館が開館。
- 1997年(平成9年)新川町のキリンビール名古屋工場内にキリンビアパーク名古屋がオープン。
- 1999年(平成11年)春日町にはるひ美術館が開館。
現在の清須市
- 2005年(平成17年)
- 2006年(平成18年)
- 2008年(平成20年)4月1日 - 西春日井郡春日町との合併協議会設置。2010年3月までの合併を目指すとした。
- 2009年(平成21年)10月1日 - 春日町を編入[12]。
- 2010年(平成22年)4月10日 - 西枇杷島町横断歩道橋が撤去され名古屋大学に移築される。
- 2012年(平成24年)7月7日 - 清須市立図書館が開館。
- 2013年(平成25年)3月31日 - 新川西部浄化センターが供用開始。
- 2017年(平成29年)1月10日 - 増築庁舎(現在の清須市役所本館)が供用開始。
- 2020年(令和2年)11月22日 - あいち朝日遺跡ミュージアムがオープン。
- 2026年(令和8年)
- 5月7日 - 清須市役所西館が供用開始。
- 5月21日 - 市議会臨時会にて中日ドラゴンズ(ファーム)拠点誘致に向けた関連費用を全会一致により可決。
行政
議会
市議会
県議会
- 2019年愛知県議会議員選挙
- 選挙区:清須市、北名古屋市及び西春日井郡選挙区
- 定数:2人
- 投票日:2019年4月7日
- 2015年愛知県議会議員選挙
衆議院
施設

警察
- 本部
- 交番
- 春日交番(清須市春日社子地)
- 新川交番(清須市須ヶ口駅前1丁目)
- 清洲交番(清須市清洲1丁目)
消防
- 本部
- 消防署
- 西消防署(清須市西田中白山88番地)
医療
- 保健所
- 愛知県清須保健所
- 春日地区にある。2014年に師勝保健所が市内に移転し改称。
- 主な病院
- 新川病院
- 豊和病院
- 老朽化による移転により後述のはるひ呼吸器病院に改称。
- はるひ呼吸器病院
- 市内唯一の救急指定病院。ほかに市境からはあま市民病院(あま市)、日本赤十字社愛知医療センター名古屋第一病院(名古屋市中村区)、名鉄病院(名古屋市西区)、済衆館病院(北名古屋市)などが近い。
文化施設
- 図書館
- 美術館
- 資料館
- あいち朝日遺跡ミュージアム・史跡貝殻山貝塚交流館(愛知県立)(旧 愛知県清州貝殻山貝塚資料館)
- 清須市西枇杷島問屋記念館
郵便局
- 郵便番号
郵便番号は以下の通りとなっている。2006年10月1日に変更。
- 主な郵便局
- 枇杷島郵便局
- 清洲郵便局
- 尾張新川郵便局
- 須ヶ口郵便局
- 枇杷島大和郵便局
- 清洲丸之内郵便局
- 春日郵便局
- 二ツ杁郵便局
対外関係
姉妹都市・提携都市
海外
- 姉妹都市
- フレンドシップ相手国
2005年(平成17年)に開催された愛知万博では「一市町村一国フレンドシップ事業」が行われた。名古屋市を除く愛知県内の市町村が、120の万博公式参加国をフレンドシップ相手国として迎え入れた[16]。
国内
- 姉妹都市
- その他
経済
第三次産業
商業
- 主な商業施設
金融機関
- 主な金融機関
拠点を置く企業

- 豊田合成 本社(トヨタグループ主要13社)
- 名工建設 名古屋支店
- キリンビール 名古屋工場
- アイカ工業 本店(登記上)・名古屋工場(旧本社工場)
- フジミインコーポレーテッド 本社(世界的大手研磨材メーカー)
- 豊和工業 本社(国内で唯一自衛隊の小銃を製造している企業)
- 三菱重工 枇杷島製作所
- 清洲桜醸造 本社(代表商品「清州城信長 鬼ころし」)
- ナカモ 本社(代表商品「つけてみそかけてみそ」)
- 明治チューインガム 本社
- 武藤鉦製薬 本社・新川工場
- アステラス製薬 清須事業場
- 明電舎 名古屋事業所
- 名糖産業 枇杷島工場
- パロマ 清洲工場
- メディセオ 名古屋ALC
- ロピア 本社(チルドスイーツの製造。稲沢工場・下津工場・春日工場が所在)
- 東海プリントメディア(読売新聞中部支社の工場。東海3県と静岡県遠州地方向けに発送する読売新聞とスポーツ報知を印刷)
- 日経名古屋製作センター(日本経済新聞社の工場。東海3県向けに発送する日本経済新聞を印刷)
- 東海理化 西枇杷島工場
- 東海染工 名古屋営業所
- 株式会社エムエス製作所
- 株式会社池戸製作所
- 中央紙器工業 本社
- 三幸毛糸紡績 新川工場
生活基盤
教育
交通
鉄道
枇杷島駅には特急は停車しないが、須ヶ口駅には一部の特急が停車する。
※清洲駅は稲沢市にあるが駅を出て正面の通りからは清須市になる。
バス
路線バス
道路
高速道路
- (名古屋市西区) - (TB)清須TB - (604/614)清須出入口 - 清洲JCT
- 清洲JCT - (1601/1611)春日出入口 - (北名古屋市)
国道
県道
ナンバープレート
観光
名所・旧跡

- 主な城郭
- 主な寺院
- 眞福寺
- 信教寺
- 浄安院
- 阿弥陀寺
- 長谷院 - 堀江観音[19]。尾張三十三観音第二番札所。
- 善光寺
- 正覚寺
- 三光院
- 光円寺
- 念仏寺
- 宝国寺
- 浄楽寺
- 徳順寺
- 久證寺
- 明泉寺
- 米専寺
- 正願寺
- 蓮忍寺
- 本成寺
- 極楽寺
- 正念寺
- 慈光寺
- 浄休寺
- 西方寺
- 總見院 - 清洲越しで名古屋に移転したが(總見寺)、その後清州にも再興された。聖観音立像は愛知県指定有形文化財。
- 地蔵院
- 医王寺
- 清凉寺 - 清洲宿の中心地にあり、鐘楼で清洲宿に時を告げていた[19]。
- 東勝寺
- 大吉寺
- 松原寺
- 観音寺
- 庚申寺
- 弁天寺
- 高照寺
- 自閑院
- 光宣寺
- 阿原教会
- 大黒寺
- 光遠寺
- 瑞正寺
- 徳源寺
- 栄寿院
- 掉舟院
- 願成寺
- 蓮乗寺
- 法瑞寺
- 佛音寺
- 明仙寺
- 天桂寺
- 薬師寺
- 長谷院
- 清凉寺
- 主な神社
清須市内に約100近くの寺院・神社がある[5]。
- 日吉神社
- 河原神社(星の宮)
- 主な史跡
観光スポット
- あいち朝日遺跡ミュージアム(愛知県清洲貝殻山貝塚資料館)
- 清須市夢広場はるひ
- 清須市西枇杷島問屋記念館
- 新川橋詰ポケットパーク
- 新川開削本陣記念公園
- 太閤天然温泉 湯吉郎
- キリンビアパーク名古屋
- 壱番屋記念館
- アルコ清洲
- カルチバ新川
- 西枇杷島町横断歩道橋 - 1959年に竣工した日本一古い歩道橋。2010年に撤去されて名古屋大学構内に移築された。
文化・名物
出身関連著名人
- 池田輝政(戦国武将、姫路城を現在の形に改修)
- 石田芳夫(囲碁プロ棋士)
- 磯貝花音(アイドルグループSTU48元メンバー)[21]
- 江口亮輔(プロ野球選手、千葉ロッテマリーンズ)
- 大木浩(国会議員)
- 太田俊二(旧新川町出身。研究者、早稲田大学准教授)
- 笠井亮平(作家、翻訳家、アジア研究者)
- 加藤あい(女優)
- 鹿取洋子(タレント)
- 呉智英(評論家)
- 杉山裕子(フリーアナウンサー)
- 田山正雄(プロレスレフェリー)
- 鳥山明(漫画家、イラストレーター。市制20周年ロゴ・キャラクターデザインを担当)[22][23][24]
- 登田真由子(元・岩手朝日テレビアナウンサー)
- 早川敦子(フリーアナウンサー)
- 堀江しのぶ(タレント)
- 松島正樹(ファッションデザイナー)
- 水野敬也(作家)
- 山手和明(江戸時代の名の知れた商人、明治時代に持病の糖尿病で死亡。墓は市内にある)

