田中秀喜

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愛称 ひできさん
生年月日 (1969-02-17) 1969年2月17日(57歳)
血液型 AB型[1]
たなか ひでき
田中 秀喜
プロフィール
愛称 ひできさん
出身地 日本の旗 日本 熊本県菊池郡菊陽町
生年月日 (1969-02-17) 1969年2月17日(57歳)
血液型 AB型[1]
最終学歴 一橋大学社会学部卒業
勤務局 NHK熊本放送局
部署 コンテンツセンターアナウンスグループ統括
職歴 鹿児島(1992.6 - 1996.7)→佐賀(1996.8 - 1999.7)→福岡(1999.8 - 2002.7)→北九州(2002.8 - 2006.7)→高松(2006.8 - 2009.7)→東京アナウンス室(2009.8 - 2011.7)→熊本(2011.8 - 2016.6)→山口(2016.7 - 2019.6)→福岡(2019.6 - 2021.7)→北九州(2021.7 - 2025.6)→熊本(2025.7 - )
活動期間 1992年 -
公式サイト NHK・田中秀喜
出演番組・活動
出演中 本文参照
出演経歴 本文参照

田中 秀喜(たなか ひでき、1969年2月17日 - )は、NHKチーフアナウンサー

熊本県菊池郡菊陽町出身[2]

熊本県立熊本高等学校を経て、一橋大学社会学部を卒業後、1992年(平成4年)に入局[3]

嗜好・挿話

アナウンサーとして
  • 出身地である九州を中心として、アナウンサーとしてのキャリアを重ねて来ており、九州沖縄地区の視聴・聴取者にはお馴染みのアナウンサーである。また、勤務する局によりスポーツ実況を行ったり、ナレーション、地域報道に携わるなど様々なジャンルで活動している。
  • 北九州放送局在籍時に、当時上司として在籍していた迎康子の影響で始めた朗読は、現在でもライフワークとして取り組んでいる[4][5](※これまでに『ラジオ文芸館』への出演歴が5回ある[6][7][8][9][10]
  • 1度目の福岡放送局勤務時代には、NHK福岡放送局・開局70年(2000年)のキャッチコピー『伝えます アジアの鼓動 ふるさとの心』を考案した[11]
  • 佐賀放送局時代の1998年佐賀空港開港記念特番、北九州放送局時代の2006年北九州空港移転記念特番でそれぞれ司会を務めた[12]
  • 2011年の夏の異動で、出身地にある熊本放送局勤務となった。
  • 熊本放送局時代には、2016年の熊本地震に遭ったことを8年後の2024年4月16日放送された『はっけんラジオ』で語った。
  • 2016年の夏の異動で、山口放送局勤務となった。その後、武藤友樹の後任として、放送部副部長を務めた。
  • 2019年の夏の異動で、2度目の福岡放送局勤務となった。
  • ニュース845福岡』の放送終了直前に「続いて(この後は)『ニュースウオッチ9』です。」とアナウンスする数少ないアナウンサーの一人である。
  • 2021年の夏の異動で、2度目の北九州放送局勤務となった。
  • 2025年の夏の異動で、2度目の熊本放送局勤務となった。
その他の逸話
  • 武田真一(2023年2月末日付で退職)、吉田賢(2025年5月末日付で退職)、稲塚貴一とともに、熊本県立熊本高校OB・四天王の内の一人であった。
  • 同郷の庭木櫻子(2021年3月まで福岡局勤務)と、よく局内で出身地トークをやっていた[13]
  • 白髪が増えてきた一方で毛髪を原則染めない事を放送局ブログで宣言した。
  • 趣味は、ヒーローソングを中心に、フォークや演歌、昭和の名曲やなつかしのアイドルソングを熱唱すること。一度目の北九州放送局勤務の際には夕方ニュース番組の中の一コーナーで「ご当地ヒーロー・環境戦士アースマン」に扮し、テーマソングも自作した[14][15]

現在の担当番組

過去の担当番組

脚注

外部リンク

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