神宮僚介
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プロ入り前
幼少期に父とキャッチボールを家の前でしていたことがきっかけで[2]、小学3年生の時に野球を始める[3]。主に遊撃手を務めていて、2番手投手でもあった[2]。
吉岡町立吉岡中学校では軟式野球部に所属。目立った活躍はなかったものの、スカウトされたことがきっかけで桐生第一高等学校に進学。この際、「厳しい環境に行くのは当たり前」と考えたという[2]。進学後は2年冬から主将に就任し、3年春から背番号1を着用した[2]。3年間で甲子園出場はなし[3]。1学年下に三塚琉生、北村流音がいる。
東京農業大学北海道オホーツクに進学後は、大学1年まではオーバースローであったが、2年時からはサイドスローに転向した[4][3][5]。大学3年春には最優秀選手賞を受賞したが、6月の試合中に右肘を痛め、同年7月にはトミー・ジョン手術を受けた[5][6]。4年次の秋に実戦復帰を果たし、明治神宮野球大会出場が懸かった北海道地区の決勝戦である札幌大学戦に登板。7回11奪三振1失点の好投で、チームを同大会進出に導いた[5]。しかし神宮大会では合計4試合に登板するも、合計12回1/3を投げて11失点と振るわなかった[7]。
2025年のドラフト会議で、阪神タイガースより育成ドラフト1位で指名を受けた。東京農業大学北海道オホーツクの選手が指名を受けるのは、2022年に伊藤茉央が東北楽天ゴールデンイーグルスからドラフト4位で指名を受けて以来の快挙であった[5]。11月22日に入団交渉に臨み、支度金300万円、年俸300万円で仮契約を締結した(金額はいずれも推定)[8][1]。12月16日に本契約を結び、同日行われた入団会見に出席した。背番号は127[9]。担当スカウトは葛西稔[10]。
選手としての特徴
人物
詳細情報
背番号
- 127(2026年[9] - )