福島圭音

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (2001-10-06) 2001年10月6日(24歳)
身長
体重
171 cm
72 kg
福島 圭音
阪神タイガース #92
NPB AWARDS 2025 ファーム表彰式にて(2025年11月26日撮影)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県秩父市
生年月日 (2001-10-06) 2001年10月6日(24歳)
身長
体重
171 cm
72 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2023年 育成選手ドラフト2位
初出場 2026年4月2日
年俸 300万円(2026年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

福島 圭音(ふくしま けいん、2001年10月6日 - )は、埼玉県秩父市出身の外野手阪神タイガース所属。

プロ入り前

秩父市立尾田蒔小学校3年生から秩父ドリームズで野球を始める[2]。当時のポジションは遊撃手だった[3]。秩父市立秩父第一中学校時代は軟式野球部に所属[4]

聖望学園高等学校では2年時から外野手に転向[2][3]。3年時からは投手も務め、同年夏の埼玉大会ではリリーフとして登板した[5]。5回戦の昌平高等学校戦では7回から登板するも8回に5失点を喫し降板、チームも敗れた[5]。甲子園出場はなし。秋にはプロ志望届を提出したが、同年のドラフト会議では指名されなかった[6]

白鷗大学では2年時からレギュラーに定着[2]。2年秋にはベストナインを獲得した[7]。4年春には9試合で打率.526、リーグ記録を更新する20盗塁を記録して[8]首位打者、最多安打、最多盗塁、最高出塁率、ベストナインを獲得[9]。最終戦の上武大学戦では初回に本塁打を放つなどの活躍でリーグ優勝に貢献した[10]。同年の大学野球日本代表候補選考合宿にも参加した[8]。2学年上に中山誠吾、1学年上に曽谷龍平がいる。

2023年10月26日に開催されたドラフト会議阪神タイガースから育成2位指名を受け[2]、支度金300万円・年俸300万円という内容で仮契約を結んだ(金額はいずれも推定)[11][12]。背番号は126[13]

阪神時代

阪神タイガース時代、宮崎市生目の杜運動公園アイビースタジアムでの試合出場時(2024年10月20日撮影)

2024年春季キャンプの一軍・二軍の紅白戦で、当時監督だった岡田彰布から高評価を得た[14]ウエスタン・リーグでは育成ルーキーながら110試合に出場して、打率.245、1本塁打、23打点、15盗塁を記録した[15]が、盗塁成功率は.556だった[16]。シーズン終了後は台湾で開催のアジアウインターベースボールリーグ中国語版に参加し[15]、打率.298を記録した[17]

2025年はウエスタン・リーグで111試合に出場して、打率.231、2本塁打、19打点、33盗塁を記録した[16]。同リーグの盗塁王に輝き[18]、盗塁成功率も.850に向上した[16]

2026年は、ウエスタン・リーグで8試合に出場した時点で打率.440、4盗塁と好成績を収め、盗塁成功率は100パーセントを記録。3月29日の試合後には、二軍監督の平田勝男から「もう福島は言うことない」と絶賛されるなど好調で、翌日の3月30日に支配下登録された[19]。背番号は92[20]。翌31日には一軍に合流した[21]

選手としての特徴

50m5.8秒、一塁到達3.8秒台を計測する俊足が最大の武器[2][22]。遠投110mの強肩を兼備する[4]

人物

母親が俳優ケイン・コスギのファンだったことから「圭音(けいん)」と名付けられた[2][4]。本人は自身の名前について「なかなかいない名前なので気に入っている」と話している[23]。プロ入り後、スポーツ紙を通じてケイン・コスギ本人から激励を受けた[24]

埼玉県秩父市出身で、幼少期の頃は山で野ウサギを追いかけていたという[25]

父親の影響により幼少期から阪神ファンで、鳥谷敬に憧れており、鳥谷の出身校である聖望学園高校に進学した[25]。目標の選手としては近本光司を挙げている[3]

詳細情報

記録

初記録

背番号

  • 126(2024年[13] - 2026年3月29日)
  • 92(2026年3月30日 - )

脚注

関連項目

外部リンク

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