舟越桂
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1951年、彫刻家で東京芸術大学教授の舟越保武の次男として生まれる。1975年、東京造形大学彫刻科を卒業、東京芸術大学大学院に進学する[1]。1977年、同大学院美術研究科彫刻専攻修了。
1986年、文化庁芸術家在外研究員として英国・ロンドンに渡る。1988年、戸谷成雄、植松奎二と共に第43回ヴェネツィア・ビエンナーレの日本代表作家に選出される。舟越作品は好評を博し、帰国後には東京・日本橋の西村画廊で凱旋個展を行なった[2]。同年、第43回サンパウロ・ビエンナーレにも出品[1]。
1989年、東京造形大学の客員教授となる。1992年、ドクメンタIX(ドイツ・カッセル)に出品[1]。同年、第9回シドニー・ビエンナーレにも出品。
2006年、両性具有像「森に浮くスフィンクス」を発表。
人物
作風
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国立国際美術館所蔵(独立行政法人国立美術館) |
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国立国際美術館所蔵(独立行政法人国立美術館) |
1977年、東京芸術大学の大学院生のとき、北海道北斗市のトラピスト修道院から2メートル以上ある「トラピストの聖母子」の制作を依頼された。その際、大学の長沢市郎からアドバイスを受け楠という素材に出会った。硬さがちょうどよく、彫る速度が自分にあっている。「運命的な出会い」と舟越は語っている[7][8][9]。
木彫による半身像は1980年に製作した「妻の肖像」が最初である[10]。
目は、材質に迷っていたとき、父親のアトリエにあった大理石を使用したのが始まりである。半球の大理石をコーティングして光らせ、竹の釘で留めたあと接着剤で補強する。これは鎌倉時代の技法をアレンジしたものである[11][12]。
小説「永遠の仔」「悼む人」(天童荒太著)や「海峡の光」(辻仁成著)など、数多くの書籍の表紙にも作品が用いられている[13][14]。
著書
- 森へ行く日 舟越桂作品集(1992年2月 求龍堂)
- 水のゆくえ 舟越桂作品集(1995年5月 京都書院 / 2002年5月 青幻舎)
- おもちゃのいいわけ(1997年5月 すえもりブックス / 2024年7月 現代企画室)
- 言葉の降る森(1998年12月 角川書店)
- あなたが想う本 アートルピナス(2000年6月 講談社)文:天童荒太
- 立ちつくす山 舟越桂作品集(2001年4月 求龍堂)
- リトル・ドラマー・ボーイ(2002年12月 すえもりブックス)
- 舟越桂全版画 1987-2002(2003年5月 青幻舎)
- 遠くからの声 舟越桂作品集(2003年8月 角川書店)
- 舟越桂 夏の邸宅(2008年9月 求龍堂)
- 個人はみな絶滅危惧種という存在 彫刻家・舟越桂の創作メモ(2011年9月 集英社)
- 舟越桂 私の中のスフィンクス(2015年6月 求龍堂)
- 舟越桂 彫刻とドローイング(2026年4月 求龍堂)大江健三郎との公開対談を再録