茶志内駅
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駅名の由来

- 1916年(大正5年)7月15日:鉄道院の駅として開業[1]。一般駅[1]。
- 1952年(昭和27年)3月:三菱鉱業茶志内炭礦専用鉄道が開業。
- ?(昭和30年代):上村炭鉱専用線設置。
- 1964年(昭和39年)11月:駅舎改築竣工[4][5][6]。
- 1966年(昭和41年):ホームを1面増設し、待避線設置[7]。
- 1967年(昭和42年)7月1日:三菱鉱業専用鉄道廃止[4]。
- 1968年(昭和43年):道立身体障害者更生指導所の開設と電化工事に伴い跨線橋設置[4]。
- 1984年(昭和59年)2月1日:荷物の取扱いを廃止[1]。
- 1986年(昭和61年)11月1日:駅員無配置駅となる[8]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、北海道旅客鉄道(JR北海道)・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅となる[1]。
- 1997年(平成9年)12月19日:無人化。
- 2002年(平成14年)6月4日:貨物列車の最終運行日。これ以降貨物列車の発着がなくなる。
- 2007年(平成19年)10月:駅番号設定。
- 2013年(平成25年)5月5日:旭川発札幌行き特急「スーパーカムイ」6号で、1号車の床下の車軸付近から出火。当駅で臨時停車し、車掌が消火器で消し止めた[9]。
- 2024年(令和6年)3月16日:ICカード「Kitaca」の利用が可能となる[10][11][12]。
所在地名より。アイヌ語に由来し、有力な説としては「砦(チャシ)・川」を表す「チャシナイ(casi-nay)」と言われているが、周囲に砦があった伝説は無い[13]。
このほか、「柴木・川」を表す「チャㇱナイ(cas-nay)」とする説もある[13]。
駅構造
単式ホーム・島式ホーム複合型2面3線を有する地上駅。ホーム番号は駅舎側から順に4、3、2番線となっており、ホームの無い1番線は非電化の側線となっている。かつては島式ホーム2面4線の構造であったが、最も駅舎側の1線(5番線)が剥がされ、駅舎から4番ホームへは跨線橋無しで入る事が可能になった。
現在は無人駅であるが、貨物列車が発着していたため1997年まで駅員が配置されていた。
のりば
駅舎側より記載。
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 4・3 | ■函館本線 | 下り | 滝川・旭川方面 |
| 2 | 上り | 岩見沢・手稲方面 |
- ホームから駅舎を望む(2017年7月)
- 待合室(2017年7月)
- 昔の姿が残る改札口と集札口(2004年7月)
- ホーム(2017年7月)
- 跨線橋(2017年7月)
