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豊田車両センター

東京都日野市にある東日本旅客鉄道の車両基地 From Wikipedia, the free encyclopedia

豊田車両センター(とよだしゃりょうセンター)は、東京都日野市東平山3丁目にある東日本旅客鉄道(JR東日本)の車両基地である。同社八王子事業本部の管轄。下部組織として小金井市に武蔵小金井派出所(旧・武蔵小金井電車区)および立川市に立川派出所を持つ。

国 日本の旗 日本
座標 北緯35.65度 東経139.37度 / 35.65; 139.37
概要 豊田車両センター, 基本情報 ...
豊田車両センター
豊田車両センターに留置されているE233系
基本情報
国 日本の旗 日本
所在地 東京都日野市東平山3-24-1
座標 北緯35.65度 東経139.37度 / 35.65; 139.37
鉄道事業者 東日本旅客鉄道
帰属組織 八王子事業本部
所属略号 八トタ
最寄駅 豊田駅
管轄路線 中央本線(中央線快速)・青梅線・五日市線
管轄車両 E233系
旧称 (豊田駅電留線)→武蔵小金井電車区豊田派出→豊田電車区→豊田車両センター
開設 1966年(昭和41年)11月10日(豊田電車区として独立)
車両基地概要
敷地面積 85,746 m2
留置線本数 22本
検査線本数 交番検査線 3本
洗浄線本数 手洗浄作業線 3本
車両洗浄装置 1式
その他設備 通路線(入出区線)2本
引上線1本
車輪転削線 1本
臨時修繕線 2本
最大収容両数 472両 [1]
配置両数
電車 806両
合計 806両
備考 2022年4月1日現在のデータ
敷地面積は有価証券報告書の値[2]
位置
豊田車両センターの位置(東京都西域内)
豊田車両センター
豊田車両センター
東京都西域の位置
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設備

本所

当車両基地は、中央本線(中央線快速)豊田駅西方に位置し、同駅を介して出入庫が行われる。中央緩行線の中野 - 三鷹間複々線延伸に伴う車両数の増大に対応して、新設した車両基地である[3]。当車両基地の用地は、太平洋戦争中に国鉄が大井工場(現・東京総合車両ベース)を疎開移転するために買収したが[3]、実際には工場の移転は行われず、野球場、寄宿舎などとして使用していた場所である[4][3]。

立川派出

首都圏の各車両センターが配置している派出検査所の一つで立川駅に常駐している[5][1]。主に同駅周辺の発着列車に対して、軽微な修繕や状態確認、近隣での人身事故時の車両確認等を行う[1]。

同派出は豊田車両ベースの出先機関であるため、同ベース所属の社員(JR東日本直営)が業務を担当している[1]。次に述べる武蔵小金井派出、拝島派出のグループ会社のJR東日本運輸サービスが業務を行っている[1]。

武蔵小金井派出

中央快速線の輸送力増強に伴い、従来から使用してきた中野電車区・三鷹電車区(当時)だけでは収容力が不足することから[3]、1955年(昭和30年)4月に三鷹電車区武蔵小金井派出として発足した[3]。1957年(昭和32年)5月には電車区としての整備に着手し、1959年(昭和34年)9月1日に武蔵小金井電車区として発足した[3]。

2004年(平成16年)3月に配置車両は豊田電車区に転属し、以降は車両無配置となった[3]。武蔵小金井駅西側に所在し、同駅を介して出入庫を行う。仕業検査、車輪転削、車両清掃、構内入換などを実施している[5][1]。

  • 所在地:東京都小金井市貫井北町1-1-1
  • 敷地面積:45,623 m2[2]
  • 構内設備 [1]
    • 留置線:13本
    • 交番検査線:3本 (機能保全は実施していない)
    • 洗浄線:2本 車両洗浄装置 1式
    • 臨時修繕線:1本
    • 車輪転削線:1本
  • 収容車両数:212両(12両×16本・10両×2本[1])

拝島派出

拝島駅に隣接しており、簡易清掃などを実施している[1]。

本所構内

中央本線(中央線快速)豊田駅 - 八王子駅間の南側に設けられている[6]。仕業検査、構内入換、車両清掃などはJR東日本運輸サービスに委託している。

入出区線(通路線)が2本あるほか、引上線が1線(車両洗浄装置1基)ある[6]。

本線側(北側)から

  • 1番 - 23番線(留置線)
    • 留置線は2番 - 4番線、16・17番線、21 - 23番線を除いて1区と2区に分かれており、車両を縦列に留置することができる[6]。
    • 3番線は車輪転削線で、中央付近に車輪転削庫が設けられている[5]。このため、2番・4番線は1区のみとなる[6]。
    • 16・17番線、21 - 23番線は1編成が留置でき、このうち19・20番線間と21・22番線間にはパンタグラフ点検台がある[6]。
  • 24番 - 26番線(洗浄作業線・手洗浄台を設置)
  • 27番 - 29番線(交番検査庫を設置、機能保全を実施[5])、屋根上点検台のある27・29番線が検査に使用され、28番線は消耗品取り替えに使用される[5]。
  • 30番・31番線は台検庫[注 1]で、リフティングジャッキを配備しており、機器の吊り替えや修理等を行う[6]。
  • 32番線には、廃止した旧・車輪転削庫の床を復元して、留置線として使用している[5]。

歴史

豊田車両センター周辺の空中写真(2019年8月撮影の写真)
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成
  • 1962年(昭和37年) - 電車区の建設工事に着手[3]。
  • 1963年(昭和38年)11月24日 - 40両収容の豊田駅電留線として使用開始[3]。
  • 1965年(昭和40年)10月1日 - 260両収容の武蔵小金井電車区豊田派出となる[3]。
  • 1966年(昭和41年)11月10日 - 460両収容の豊田電車区が発足[3]。
  • 1969年(昭和44年)3月1日 - 東京鉄道管理局が分割されて東京西鉄道管理局が設置される。略号は「西トタ」。
  • 1971年(昭和46年) 2月1日 - 青梅電車区の検修業務廃止に伴い、青梅線用車両が移管[3]。
  • 1974年(昭和49年)12月ごろ - 橋本派出が暫定完成。当時は4線しかなく、そのうちの1線は非電化だった。
  • 1975年(昭和50年)3月10日 - ダイヤ改正とともに橋本派出を正式に使用開始。
  • 1979年(昭和54年)にかけて橋本派出は徐々に線増され、11線となる。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化に伴いJR東日本が継承。管轄が東京西鉄道管理局から東京圏運行本部→東京地域本社に継承。略号は「東トタ」。
  • 1996年(平成8年)12月1日 - 横浜支社の発足に伴い、相模線の車両を国府津電車区(現・国府津車両センター)に、橋本派出を大船電車区(現・鎌倉車両センター)に移管。
  • 1998年(平成10年)4月1日 - 八王子支社発足に伴い同支社に移管[6]。略号は「八トタ」。
  • 2004年(平成16年)3月13日 - 武蔵野線の車両を京葉車両センターに移管。同時に武蔵小金井電車区所属の中央線快速用車両の移管を受け、中央線快速で唯一の車両基地となる。
  • 2007年(平成19年)11月25日 - 豊田車両センターへ改称[6]。運転士は豊田運輸区へ移管(10月13日)[6]。併せて武蔵小金井電車区を豊田車両センター武蔵小金井派出へ改称。この時点では武蔵小金井のほか、立川、高尾、拝島、青梅の5か所に派出を置いた[6]。
  • 2026年(令和8年)7月1日 - 組織改編に伴い八王子事業本部豊田車両ベースに改称及び移管。

配置車両に記される略号

「都トタ」…東日本旅客鉄道首都圏本部を意味する「都」と、豊田を意味する「トタ」から構成される。武蔵小金井電車区は「西ムコ」→「東ムコ」→「八ムコ」であった。

豊田車両センターは過去に八王子支社の時代が有り、その際には八トタとされていた。

国鉄時代は「東トタ」 または東京三局時代の「西トタ」であった。

豊田車両センター 所属略号

配置車両

中央線快速・青梅線・五日市線用の一般形電車が配置されている。

2025年10月1日現在の配置車両は以下の通り[7]。

さらに見る 電車, 気動車 ...
電車 気動車 機関車 客車 貨車 合計
786両 0両 0両 0両 0両 786両
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E233系0番台(786両)
  • T編成43本(T1 - T42)、H編成17本(H43 - H48、H50 - H59編成)、青梅・五日市線用の4両編成8本(青460 - 青467編成)および6両編成10本(青660 - 青669編成)が配置されている。
  • 中央線(東京-大月間)・青梅線・五日市線の各駅停車・快速・中央特快・青梅特快・通勤快速・通勤特快で運用されているほか、中央線の直通列車として富士急行線でも使用される。
  • 201系の置き換え用として、2006年12月から2008年3月にかけて中央線快速用の10両編成(T編成)42本、6両+4両の分割可能編成(H編成)15本、青梅・五日市線用の4両編成10本および6両編成13本を導入した。4両編成と6両編成を連結する場合は6両編成が東京方に連結される。
  • 同年3月15日のダイヤ改正に伴い同年4月1日付けで青658編成・青458編成がH58編成に編入。また青梅線運用削減による余剰が出たため2015年5月2日付けで青659編成・青459編成がH59編成に編入。
  • 2006年12月26日より中央線快速で運用を開始し、その後、2007年3月18日のダイヤ改正で青梅線青梅以西と五日市線・八高線・富士急行線でも運用を開始した。
  • 2017年2月に青670編成が原番号+8500(クハE232-528のみ+8000)の上、中原電車区へ転属している。
  • 2020年6月12日付でT71編成が増備された。
  • 2022年3月12日改正で八高線での運用が、2023年3月18日改正でH編成の青梅線青梅以西・五日市線での運用が終了した。

過去の配置車両

旧豊田電車区・豊田車両センター

中央線快速
101系
103系
  • 1983年3月までに営業運転から撤退
201系
  • 10両貫通編成および、6+4両分割編成は、中央線快速(東京 - 大月間)・青梅線・五日市線・八高線(拝島 - 高麗川間)・富士急行線の各駅停車・快速・中央特快・青梅特快・通勤快速・通勤特快で運用されていた。
  • 2006年12月よりE233系の導入が行われるに伴い直前の9月にT6編成が廃車となったのを皮切りに置き換えが進行、なお一部のT編成は編成番号が重複することから、編成番号は現番号に100を加算したものに改番されたが、当該編成は2008年1月までに全廃された。また、E233系の導入完了後は五日市線での定期運用はない。
  • 2007年3月18日のダイヤ改正で中央線快速の分割編成の組成を青梅線・五日市線専用運用の10両編成の組成に揃え、東京方を4両編成から6両編成に改めた。その際、分割可能なH編成のうち7編成のみを組み替え、残りのH編成はT編成に改番後、同年末までに全廃した。
  • なお、豊田電車区時代から配置されていた編成は、1995年から黄緑地白文字の編成札が装着されていた(かつての武蔵小金井電車区配置編成は白地赤文字)。
  • 2010年10月14日の1915T運用(東京19:27発快速豊田行、豊田20:28着)をもって定期運用を離脱、10月17日に最後まで残存したH7編成による『さよなら中央線201系(H7編成)ラストラン山梨 そして信州へ』が豊田〜松本間で運行され全ての運用が終了した[8]。
  • その後は長らくクハ201-1の1両のみが保留車として残存し、2014年〜2016年にかけて「豊田車両センターまつり」や2021年、2022年の有料撮影会にて度々お色直しの上で公開されていたが、青梅鉄道公園への展示に伴い2025年7月13日付で除籍され、豊田車両センターから201系の配置が全て無くなった[9][10][11]。
201系「四季彩」
  • 豊田車両センターに配置されていた訓練車4両編成1本を展望型に改造しW1編成として2001年8月4日より運用を開始した。2005年には新塗装へ変更。2009年6月28日に定期運用を終了、その後7月4日〜7月20日にかけてさよなら運転を行った後、7月23日に長野総合車両センターへ回送され、廃車となった。
209系1000番台
  • 1000番台の10両編成2本(編成番号81、82)が配置されていた。
  • 基本的に中央線で使用される(東京 - 高尾・宮ノ平間限定。理論上は高尾 - 大月間・青梅線立川 - 宮ノ平間にも乗り入れできるが、半自動ドアを持たないため通常時は乗り入れなかった)。
    • 当区の中央快速線用E233系(10両編成)へ2階建てグリーン車組込みと普通車へのトイレ取り付けが行うのに伴い、改造工事期間中の車両不足を補うために松戸車両センターで余剰となっていた常磐緩行線用の209系1000番台が当区へ転属した。
    • 転属に際しての改造は大宮総合車両センターで行われたが、編成番号は松戸車両センター時代と同じく81編成及び82編成となっている。
    • 2024年9月6日をもって運用を離脱し、長野総合車両センターへ配給の後81、82編成共に2025年4月7日付で全車廃車となり、配置が無くなった[12]。
青梅線・五日市線
30系・31系・40系・50系・72系
103系
  • 2002年3月までに定期営業運転から撤退、同年4月にさよなら運転
201系
  • 四季彩以外の青梅線・五日市線用編成は2008年3月までに撤退
武蔵野線

1973年(昭和48年)4月1日の武蔵野線開業に伴い、配置[3]。101系を除き、103系と205系は2004年3月13日のダイヤ改正で、京葉電車区〈現・京葉車両センター〉に移管

101系1000番台
103系
  • 転出直前は、8両編成×27本216両が所属[13]
205系
  • 先頭前面デザインが京葉線用と同タイプの8両編成×5本[注 2]と[14]、武蔵野線用103系の置き換えの為、武蔵野線用に8両編成化と5000番台化の転用改造を施工した8両編成×8本64両[注 3]計13本104両が転出前まで所属していた[15]
相模線

1991年3月16日の相模線電化開業に伴い、配置[3]。1996年12月1日の横浜支社発足に伴い、国府津電車区〈現・国府津車両センター〉に移管[3]

205系500番台
中央本線
115系
  • 2014年時点で3両編成12本(M1 - 12編成)、6両編成1本(M40編成)、訓練車の4両編成1本の計46両が配置されていた。塗装はいずれも「スカ色」。
  • 3両編成は3両または2本繋げた6両編成で中央本線立川 - 小淵沢間の普通列車で運用され、富士急行線への直通運用もあった。
  • M40編成は他の編成と異なり中央本線運用には投入されず、三鷹電車区の波動用169系の運用終了に伴う代替として武蔵野線快速「むさしの号」(2010年まで)や土休日には「ホリデー快速鎌倉」(2013年)などの波動輸送運用に使用された。
  • 2014年の1月及び7月に6両編成と訓練車編成が相次いで廃車となり[16]、残った3両編成も同年12月に長野総合車両センターの211系に運用が移管され[17]、2015年1月までに順次廃車となった。
189系(M50編成)
189系(M51・52編成)
  • 2018年4月1日現在で6両編成(M51・52編成)2本が配置されていた。
  • 前述のM50編成と同様に、団体・臨時列車で使用された。
  • 2013年度に大宮総合車両センターから6両編成2本が転入し、それぞれM51・M52編成となった。塗装はM51編成は旧国鉄特急色、M52編成は2014年12月からグレードアップあずさ塗装となっていた。
  • M52編成は2018年4月22日の豊田 - 甲府間往復のツアーをもって、M51編成は4月27日の豊田発長野行をもって、それぞれ運用を終了、長野総合車両センターへ回送された[20]。
  • M52編成は2018年4月27日に、M51編成は翌4月28日に廃車となり、当センターから189系の配置が無くなった。

貨車

ホキ800形
  • バラスト輸送・散布用ホッパ車。
  • 初狩駅常備で中央線系統のバラスト散布に使用されていたが、2018年12月20日付で配置されていた8両全車が廃車となった。

事業用車

クモヤ145形
  • 牽引車。
  • 撤退までクモヤ145-117の1両が配置されていた。2012年11月6日に長野総合車両センターへ回送され[21]、翌7日付けで廃車となった。

旧武蔵小金井電車区

中央線快速
  • 101系
  • 201系
下河原線

他所属車の留置

脚注

参考文献

関連項目

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Timelines

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