道信
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略歴
7歳で出家、仏門に入り沙弥十戒を授戒、沙弥(しゃみ、シュラーマネーラ)となる。その後、開皇12年(592年)、(数え年で)14歳の時に舒州皖公山(安徽省安慶市潜山市)に僧璨を訪ねる。一対一で九年間修禅した。
第二祖慧可は、開皇13年まで生きていたことから、慧可の入滅とほとんど 入れ替わるように師弟関係が始まり、マンツーマンの教導がなされたことがわかる。
その後、吉州の寺に身を置き受戒、時機成熟し以後、僧璨は道信に衣法(伝法の信を表す袈裟を与える事。禅では、師匠が弟子に対し、法を伝えた証に衣を授ける。伝衣は同時に伝法でもあることを意味する)。
その時読んだ、偈は次の如きものであったことを今に伝える。「花の種、これ田地 田畑にて 瑞々しい若花を大地より生ずる。もし、種を蒔く者がいなければ、花々に満ちていた大地は(これから)生じることもなく尽きてしまう(仏法もまた同じで、いまこそ 法をひろめなけえばならない)。」
その後、布教のため南嶽衡山へ行こうとしたが、道中で道俗に止められ、江州廬山の大林寺に入った。
武徳7年(624年)、蘄州黄梅県の双峰山に入り、その後30年間、衆徒を訓導し、永徽2年(651年)に72歳で没したとされる。
著作
- 『入道安心要方便法門』(『楞伽師資記』による)
伝記
関連項目
- 灯史 禅宗史書一覧
