遠藤有栖

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リングネーム 遠藤 有栖
ニックネーム 笑顔で人を救う福島の会津っ娘
身長 150cm
誕生日 (1998-04-27) 1998年4月27日(27歳)
遠藤 有栖
Arisu Endo
遠藤 有栖 Arisu Endoの画像
東京女子プロレス2025.1.11神戸大会
プロフィール
リングネーム 遠藤 有栖
ニックネーム 笑顔で人を救う福島の会津っ娘
身長 150cm
誕生日 (1998-04-27) 1998年4月27日(27歳)
出身地 福島県会津若松市
所属 東京女子プロレス
ナインズプロモーション
スポーツ歴 バスケットボール[1]
デビュー 2021年1月4日
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えんどう ありす
遠藤 有栖
プロフィール
生年月日 1998年4月27日
現年齢 27歳
出身地 日本の旗 日本福島県会津若松市
血液型 A型
公称サイズ(2025年時点)
身長 / 体重 150 cm / kg
スリーサイズ 88 - 60 - 93 cm
カップサイズ E
靴のサイズ 24 cm
英米単位系
身長 / 体重 4 ft 11 in / lb
スリーサイズ 35 - 24 - 37 in
靴のサイズ 9 in
活動
デビュー 2020年
ジャンル グラビアアイドル
モデル内容 一般、水着
他の活動 プロレスラー
事務所 ナインズプロモーション
モデル: テンプレート - カテゴリ

遠藤 有栖(えんどう ありす、1998年4月27日 - )は、日本女性タレントプロレスラー福島県会津若松市出身。芸能活動はWALKを経てナインズプロモーション所属、プロレスラーとしては東京女子プロレス所属。血液型A型。

プロレスデビューまで

福島県会津若松市にて自動車関連サービス業を営む両親のもとで育つ[1]。地元の高校を卒業した後に上京し、飲食店のアルバイトや小劇場での舞台出演などを行いながら生活をしていた[2]。上京の大きな目的は「憧れの芸能人である仲里依紗に会うこと」で、後に仲が運営するアパレルブランドのポップアップストアに訪れた際に対面が実現している[1]。トレードマークとなっている明るい髪色とカラフルな私服も、元々は上京後に仲への憧れからはじめたものである[1]

プロレスとの出会いは高校1年生のときにプロレスファンだった父に連れられて行ったWRESTLE-1の興行[1]。ところが、プロレス以上に目にとまったのが公式サポーターをつとめていたアイドルグループ「Cheer♡1」のパフォーマンスだった。高校を卒業してしばらく経った頃、そんな姿を見た父が履歴書を勝手に事務所に送付、有栖はオーディションを受けることになる[2]。オーディションは3度目の挑戦で合格し、2019年3月17日にCheer♡1に5期メンバーとして加入する[2][注釈 1]

しかし、2020年4月1日にCheer♡1が無期限の活動停止[1]。その後はグラビアアイドルなどの芸能活動を行っていたが、Cheer♡1の2期生でプロレスラーとして活動をしていた才木玲佳の試合の動画を見たのをきっかけに東京女子プロレスの興行に足を運ぶ[注釈 2]。マネージャーからの後押しもあり、有栖は東京女子プロレスの練習生となる[1]2020年11月7日開催の「WRESTLE PRINCESS」の興行中に紹介されて挨拶を行い[5]、約2ヶ月後の2021年1月4日後楽園ホール大会での対鈴芽戦でデビューした[6]

デビュー後

2021年1月31日板橋区立グリーンホール大会でタッグマッチで初めて勝ち名乗りを受けるが、自力での初勝利はデビューから丸1年となった2022年1月4日の後楽園ホール大会での対桐生真弥&宮本もか戦だった[1][7]。デビュー戦の対戦相手であり、自力初勝利時ではタッグパートナーだった鈴芽とはデビュー後からしばしばタッグを組んで試合に臨む機会があったが、2021年8月31日を最後に舞海魅星が東女を退団してからは、有栖が鈴芽の正タッグパートナーとして台頭するようになる。2022年4月9日に有栖と鈴芽でマジカルシュガーラビッツ坂崎ユカ&瑞希)が保持するプリンセスタッグ王座に挑戦する際に、両者はタッグチーム名を「でいじーもんきー」と命名した[8]。結果があらわれはじめたのは2024年で、"ふたりはプリンセス"Max Heartトーナメントの決勝で白昼夢辰巳リカ&渡辺未詩)を破って優勝した[9]後、3月31日の「GRAND PRINCESS '24」でも王者チームのユキニキ(水波綾&愛野ユキ)に勝利して王座を獲得[10]9月22日の「WRESTLE PRINCESS V」で121000000山下実優&伊藤麻希)に敗れるまで約6ヶ月間王座を保持した[11]

一方、シングルマッチでの初勝利は、前述の自力初勝利の試合からさらに1年が経過した2023年2月11日の後楽園ホール大会でのことで、フィニッシュ技に選んだのは才木玲佳の得意技だったキャメルクラッチだった[注釈 3][13]。その約4ヶ月後の6月4日の両国KFCホール大会で、愛野ユキインターナショナル・プリンセス王座への挑戦表明に続いて有栖自身も挑戦に名乗りをあげ[14]6月11日の後楽園ホール大会での挑戦者決定戦に臨むが、敗れて挑戦権を獲得できず[15]。正式な挑戦者としてタイトルマッチにはじめて臨んだのは、2024年9月8日名古屋国際会議場イベントホール大会でのことだった[16]

2025年東京プリンセスカップでは決勝で渡辺未詩に敗れて準優勝に終わった[17]が、1回戦でハイパーミサヲ[18]、準々決勝で山下実優[19]、準優勝で荒井優希[20]と、それまでシングルマッチで1度も勝てていなかった相手から立て続けに勝利した。

プロレス以外での活動

プロレスラーとしての活動がメインとなってからも、芸能事務所には籍をおいている。芸能活動をはじめた当初はWALKに所属していたが、2022年4月1日ナインズプロモーションに移籍した[21]

2022年7月22日会津若松市市長の室井照平と同市観光大使ビューロー理事の新城猪之吉より故郷の会津若松市観光大使の委嘱状を交付される[22]。3ヶ月後の10月21日には自身初の凱旋興行を会津若松市文化センターで開催。以降も東京女子プロレスでは毎年秋に会津若松市での大会を行っている[注釈 4]

得意技

キャメルクラッチ
才木玲佳から引き継ぐ形で使用。
什の掟(じゅうのおきて)
変形ヘラクレスカッター。アルゼンチン・バックブリーカーの形で相手を担ぎ、下半身を後方に流しつつ背中から着地してショルダー・ネックブリーカーを仕掛ける。
磐梯山(ばんだいさん)
コーナーを背にしてセカンドロープに立ち、トップロープに飛び移りつつ放つステップ式のミサイルキック。
水車落とし
鶴ヶ城(つるがじょう)
四つん這いになった相手の延髄に脛を押し付けて落とす断頭台式ニードロップ。
コーナートップやエプロンから仕掛けるバリエーションも存在。
スーパーキック
チェンジオブペースとして使用。

タイトル歴

入場曲

  • 私の道はrainbow / ヒューイ小川
    • 2022年11月27日の後楽園ホール大会より使用。
  • TOMORROW / BiSH
    • 初代入場曲。

出演

脚注

外部リンク

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