鼻エンジン

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はなエンジン
メンバー 松丘慎吾
村田渚
結成年 2005年
解散年 2006年
事務所 ソニー・ミュージックアーティスツ
活動時期 2005年5月 - 2006年11月
出会い ホリプロの先輩後輩
旧コンビ名 松丘
パスポーター
坂道コロンブス
村田
フォークダンスDE成子坂
現在の活動状況 解散(松丘は別コンビで活動)
芸種 漫才
過去の代表番組 爆笑オンエアバトル
とくダネ!
BERRY-BOP HIGHSCHOOL など
公式サイト 公式プロフィール
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鼻エンジン(はなエンジン)は、2005年から2006年まで活動していた日本お笑いコンビソニー・ミュージックアーティスツSMA NEET Project)所属。メンバーである村田渚の急逝により、事実上活動終了となった。

松丘 慎吾 (まつおか しんご、1970年2月19日 - ) ボケ担当

村田 渚 (むらた なぎさ、1971年7月29日 - 2006年11月11日) ツッコミ担当

略歴

2005年5月結成。ソニー・ミュージックアーティスツが手がける芸人再生プロジェクト「SMA NEET Project」所属となる。同年、M-1グランプリ2005に出場し準決勝まで進出。新コンビながら、共に10年以上の経験で培われた芸で高い評価を得た。

2006年もライブなどの活動をコンスタントに行ない、M-1グランプリ2006でも3回戦まで勝ち進んだが村田急逝のため、以降の予選は棄権となった。

芸風

  • 主に漫才を行っていた。ネタ中に松丘が一定のフレーズや動きを繰り返し、後半で村田がまとめてツッコむ。オチは強調しないで終わる。
  • 芸風は漫才が主流であるが、松丘、村田ともに前コンビではコントを行っていた。このコンビでコントを行わなかったのは、「かつての相方の影をファンが探さないように」という配慮からである[注釈 1]

逸話

  • 2006年M-1グランプリ2回戦に出場した芸人内で、鼻エンジンの順位がトップだった。松丘は武井志門(元デスペラード)から、2回戦が終わった直後に吉本の若手芸人が作家に呼び出され「お前ら、鼻エンジン1位や。吉本負けてええんか」といった檄を飛ばされたという当時のエピソードを聞かされた事がある[2]
  • SMAトライアウトライブ(笑)が立ち上げられて間もない頃、本間キッド(や団)がまだ駆け出しの頃にライブの受付をしていると原田泰造ネプチューン)が駆けつけ、鼻エンジンの漫才を観終わるとすぐさまエレベーターに乗り扉が閉まりかかったタイミングで「面白かったよ」と言いその場を後にしたという[3]

賞レース戦績

  • 2005年 M-1グランプリ 準決勝進出
  • 2006年 M-1グランプリ 3回戦進出(しかし、村田の急逝により棄権)

出演

脚注

外部リンク

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