1996年の日本ハムファイターズ

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1996年の日本ハムファイターズ
成績
パシフィック・リーグ2位
68勝58敗4分 勝率.540[1]
本拠地
都市 東京都文京区
球場 東京ドーム
球団組織
オーナー 大社義規
経営母体 日本ハム
監督 上田利治
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1996年の日本ハムファイターズ(1996ねんのにっぽんハムファイターズ)では、1996年の日本ハムファイターズの動向をまとめる。

この年の日本ハムファイターズは、上田利治監督の2年目のシーズンである。

当年及び近年のシーズン成績
成績 リーグ 平均得点 平均失点 開幕時監督
1996 レギュラー敗退2位68584.540
1995 レギュラー敗退4位59683.465
1994 レギュラー敗退6位46795.368
1993 レギュラー敗退2位71527.577
1992 レギュラー敗退5位54733.425
1991 レギュラー敗退4位53725.424
1990 レギュラー敗退4位66631.512
1989 レギュラー敗退5位54733.425
1988 レギュラー敗退3位62653.488
1987 レギュラー敗退3位63607.512
1986 レギュラー敗退5位57658.467

阪急・オリックスで5度のリーグ優勝と3度の日本一に導いた名将・上田利治監督の1年目を4位で終えたチームは、開幕スタメンで1番にロブ・デューシーを、4番にはバーナード・ブリトーの両外国人を据えて開幕に臨んだ。外国人パワーと上田監督になってから我慢強く起用した岩本勉今関勝島崎毅田口昌徳上田佳範井出竜也と若手選手が活躍し、三年目の金子誠新人王を獲得。近年成績が不振だった片岡篤史西崎幸広の復活もあり、チームは首位をひた走り1981年以来15年ぶりの優勝が期待された。しかし、7月終了時点まで4ゲーム差も付けられたオリックスが破竹の勢いで快進撃すると、チームの勢いは止まり直接対決で負け越して首位陥落。8月28日以降は負けが込み、9月上旬、上田監督が「家庭の事情」で休養すると、急遽住友平ヘッドコーチが監督代行に。9月10日にオリックスに優勝マジックが点灯。そして9月23日の試合でオリックスにサヨナラ負けを喫し、目前での胴上げを許すことになったが、1993年以来3年ぶりに2位でシーズンを終えた。そしてシーズン終了後、巨人を自由契約になった落合博満を獲得するが、これがチーム内紛の始まりとなっていく。

チーム成績

レギュラーシーズン

オーダー変遷
開幕:3/315/16/17/28/19/3
1 デューシー デューシー広瀬哲朗デューシーデューシーデューシー
2 広瀬哲朗 渡辺浩司金子誠金子誠金子誠金子誠
3 田中幸雄 片岡篤史田中幸雄田中幸雄田中幸雄田中幸雄
4 ブリトー 田中幸雄ブリトーブリトーブリトーブリトー
5 井出竜也 ブリトー片岡篤史渡辺浩司片岡篤史片岡篤史
6 安田秀之 上田佳範安田秀之井出竜也井出竜也安田秀之
7 中村豊 川名慎一井出竜也上田佳範小川皓市井出竜也
8 田口昌徳 田口昌徳山下和彦田口昌徳山下和彦田口昌徳
9 渡辺浩司 広瀬哲朗川名慎一広瀬哲朗広瀬哲朗広瀬哲朗
岩本勉芝草宇宙芝草宇宙岩本勉グロス西崎幸広

[2]

1996年パシフィック・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 オリックス-- 日本ハム-- 日本ハム-- 日本ハム-- オリックス-- オリックス--
2位 日本ハム0.5オリックス0.5オリックス2.5オリックス4.0日本ハム0.5日本ハム7.0
3位 近鉄1.0近鉄2.0近鉄7.0ロッテ7.5近鉄8.5西武13.0
4位 ロッテ1.5ロッテ5.0ロッテ7.5近鉄9.0ロッテ10.0近鉄14.5
5位 西武5.0西武5.5西武9.5ダイエー11.5ダイエー12.5ロッテ15.5
6位 ダイエー7.0ダイエー11.0ダイエー12.5西武13.0西武13.5ダイエー22.0
1996年パシフィック・リーグ成績
順位球団勝率
優勝オリックス・ブルーウェーブ74506.597--
2位日本ハムファイターズ68584.5407.0
3位西武ライオンズ62644.49213.0
4位近鉄バファローズ62671.48114.5
5位千葉ロッテマリーンズ60673.47215.5
6位福岡ダイエーホークス54742.42222.0

オールスターゲーム1996

できごと

選手・スタッフ

表彰選手

ドラフト

脚注

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