カミーユ・ビダン

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カミーユ・ビダン (Kamille Bidan)は、アニメ機動戦士Zガンダム』に登場する架空の人物で、同作品の主人公。エゥーゴモビルスーツパイロット(階級は中尉待遇)で、宇宙世紀を舞台とするガンダムシリーズにおいて史上最高のニュータイプ能力を秘めた少年[1]。続編『機動戦士ガンダムZZ』などにも登場する。担当声優飛田展男

本編開始時点で16歳[2]血液型AB型[3]。公式設定は身長168.2cm、体重59.5kg。星座はさそり座。家庭が不仲。得意なものは物理、工学関係。趣味は機械いじり[4]

グリプス戦役以前

生い立ち
宇宙世紀0070年(初期設定では0069年[4]11月11日、父フランクリン・ビダン、母ヒルダ・ビダンの長男として生まれ、後にサイド7(グリーン・ノア)に移住する。劇中では、出生地は語られていないが、小説版では地球(東京近郊のニューシートかニイザシティ)で生まれたとされている。一人称は基本的には「僕」で時折「俺」を使う。劇場版では「僕」を使うことのほうが多い。
両親はともに地球連邦軍の技術士官で、家庭よりも仕事を優先し、カミーユに無関心だった。カミーユは両親から十分な愛情を受けることができず、孤独な幼少期を過ごすことになる。父は不倫にふけり、母はそれに気づきながらも仕事に打ち込むためにそれを黙認した。夫婦仲は冷え切っており、子どもの前でも口論を始めるような荒んだ家庭であり、両親は時に子どもを夫婦関係をつなぎとめる道具として扱った。このような不安定で歪んだ家庭環境はカミーユの人格形成に強い影響を与えており、生まれ持った感受性の鋭さや高い知性も相まって、カミーユは非常に繊細で感情の起伏が激しい性格へと成長していく。
ハイスクール時代
カミーユの通う学校は、技術のエリートたちの子弟の集団であり、学科のレベルも高く、望めばエリート・コースに登れる。その学校内で、カミーユの父の愛人の噂は周知の事実だった。
カミーユは、教師たちからは成績優秀で模範的な生徒と見られているが、同級生からは少年とも少女ともつかない中性的な美しい容姿から「石の少女」[5]と陰口を言われている。またファと一緒にいるところを「エス(女性の同性愛者)」とちゃかされている。そのため「カミーユ」という自分の名が女性的であることに劣等感をもつ。カミーユは周囲の生徒からの中傷を無視してやりすごしている。
こうしたコンプレックスから、小型飛行機であるホモアビスやジュニア・モビルスーツなどに熱中し(MSの大会では優勝するほど[注釈 1])、ハイスクールでは空手[注釈 2]に所属する[6]。シャアやニュータイプのことはアングラの本を読んで伝説としてそれなりに知っていたという。
物語開始時点で無自覚だが既にニュータイプとして覚醒している。1話からコロニーの外にいるシャアでも感知できるほどのプレッシャーを放っており、読心までしており宇宙を幻視している。

グリプス戦役(『機動戦士Zガンダム』)

エゥーゴへの逃亡
宇宙世紀0087年3月2日、ホワイトベースのキャプテンだったブライト・ノアが指揮する旅客用小型シャトルであるテンプテーションが入港したため、彼に会いに行くべく仮病を使って空手部をサボり、ファとともにグリーン・ノアの宇宙港へ向かうが、同僚であるカクリコン・カクーラーを迎えに来ていたティターンズの将校ジェリド・メサに「女性的な名前」を馬鹿にされたことをきっかけに、彼の悪意をニュータイプ能力で読心して激昂し、ジェリドを殴りつけMPに逮捕される。ジェリドの操縦するガンダムMk-IIの墜落事故のどさくさに紛れて脱走し、偶然始まったエゥーゴによる同機の強奪作戦に個人的なティターンズとMPへの復讐心から加担し、そのままエゥーゴのクワトロ・バジーナ(シャア・アズナブル)らと共にグリーン・ノアを脱出する。
ニンテンドーDS『エンブレム・オブ・ガンダム』で中略Zガンダム編を担当した小太刀右京によると、本来の台本においてカミーユがMPに強い敵意を抱いた理由は、彼を尋問したマトッシュによる性暴力があったためとされる[7]。小説版では、MPから女に言い寄るような声音で声をかけられている[8]。劇場版では、サラを尋問する前に、カミーユがMPに尋問された時に「気持ちの悪い」ことをされたという趣旨の会話が追加されている。
両親との死別
上記の行動により、ティターンズに協力していた両親がバスク・オムによって人質にされてしまい、簡易カプセルに閉じ込められた母ヒルダはジェリドのハイザックに撃たれてカプセルを破壊され、生身のまま宇宙に放り出される。父のフランクリンは一度は救出されるが、彼はアーガマからリック・ディアスを強奪、そこをエゥーゴとティターンズの戦闘に巻き込まれ死亡し、結果的に両親を失う結果となる。これによりティターンズの本質を知ったカミーユは、ティターンズと戦う決意を固めていく。
ガンダムMk-IIの専属パイロットに
エゥーゴの指導者であるブレックス・フォーラや、ヘンケン・ベッケナー、クワトロらからニュータイプとして天賦の資質があると見込まれ、エゥーゴの正規パイロットになることを薦められる中、MSの訓練を受けていない民間人であり、ガンダムとザクに比べてさほど性能差の無いガンダムMK-IIで、連邦軍のベテランパイロットであるライラ・ミラ・ライラのガルバルディを撃墜するという戦果を挙げ、アーガマのクルーからはアムロ・レイの再来と称される(ただし、カミーユとしてはアムロと重ねられるのは迷惑だったらしく、アムロ本人に出会ったときにそれを打ち明けている)。それ以来カミーユは、ガンダムMk-IIの専属パイロットとなり、ニュータイプの資質を開花させていく。また、同じ時期に、ティターンズより転向したエマ・シーンの窮地を察知し、それを救うという活躍を見せる。
だがその一方で、エゥーゴのスポンサーであるアナハイム・エレクトロニクスから社長の意向を伝えに来たウォン・リーに、ハロの修理に専念していたためミーティングに遅刻したことをとがめられ、それに対し謝罪どころか反論して怒りを買い殴打による「修正」を受けたにもかかわらず、しばらくの間そのことからふてくされた態度をとって、クワトロととエマからも前者では「軍とはああいうもの。殴られたくないなら、自分のミスを無くせ」、後者では「自分の都合で大人と子供を使い分けないで」と叱責を受けるなど精神的に未熟な面も多々ある(テレビ版のみ)。
地球への降下
同年5月、ジャブロー基地への攻撃作戦のため地球に降下し、地球連邦軍の守備隊やジェリドらティターンズと戦うが、ジャブローの地下に核爆弾が設置されていることがわかると地上での支援組織「カラバ」と合流して脱出する。この戦いでも、先に地上に降下したものの囚われの身となっていたレコア・ロンドの居場所を神がかり的なニュータイプ能力で感知し、一緒にいたカイ・シデンとともに救出する活躍を見せている。
その後、宇宙への離脱を図る中でアムロ・レイやカツ・コバヤシらと出会う。その出会いの中で、あくまで自分の正体を明かそうとしないクワトロの、逃げ隠れするような姿勢に苛立ちを隠せないカミーユは、「修正」と称して殴りかかる。なお、劇場版ではハヤト・コバヤシとカイとの会話から正体がシャア・アズナブルであることを察し、殴りかかってはいない。
フォウとの出会い
その後、ニューホンコンブライト・ノアの家族とも出会い、カラバのアウドムラ追撃の指揮を執っていた連邦軍のベン・ウッダーにより彼らとアムロが人質になった際には、マリン・ハイザックと交戦し、これを撃破して人質奪還のきっかけを作るという活躍を見せるが、敵側の強化人間フォウ・ムラサメとの運命的な出会いは、地球に降りたカミーユにとって大きな出来事となる。
彼女と出会い、淡い恋に落ち短いデートの中で口付けを交わすほどの仲となるも、サイコガンダムのパイロットである彼女と戦うことになる。しかし、互いに名前へのコンプレックスを持っていたことからカミーユはフォウとの交戦中、彼女に心中を打ち明ける。それに応えたフォウの捨て身の行動と、アムロ達アウドムラのクルーの援護によって宇宙へ離脱。フォウと別れる直前カミーユは、彼女に対して初めて、今までコンプレックスだった自分の名前が好きだと告げる。また、これを機に「男らしさ」への執着から開放され、自らの中の女性性を受け入れてから、初期に見られた衝動的な傾向は薄まり、優しさや共感性の高さを示すようになっていく。
Zガンダムの専属パイロットに
宇宙に戻ると彼自身の意見も設計に反映されたZガンダムが新たに配備され、カミーユの愛機となる。これにより、それまでガンダムMk-IIが自身のニュータイプ能力についていけず、敵機との機体スペック差により劣勢を強いられていたカミーユは、驚異的なスペックアップを果たすことになる。また、この頃には殺した敵兵を弔うため、自室に手作りの祭壇を作っている。
フォウとの再会、そして死
同年11月、クワトロと共に地球へ降下し、キリマンジャロ基地への攻撃作戦に参加するが、そこで死んだものと思っていたフォウと再会。以前より洗脳が強化されているが、必死の説得で心を取り戻した矢先にジェリドの攻撃からカミーユをかばい、フォウは絶命する。彼女の死はカミーユの心に大きな傷を残すことになり、一部始終を見ていたシャアとアムロは、7年前と同じ過ち(ララァ・スンの死)を予感しながら防げなかったことを後悔する。そしてカミーユは、彼女の死をきっかけにニュータイプとして自分に与えられた役割を意識し、そして地球圏の現状に向かい合うようになる。[9]
ハマーンとの戦闘
宇宙世紀0088年2月2日、再び宇宙へ上がったカミーユは、「アクシズ」からグリプス2(コロニーレーザー)を奪取するためのメールシュトローム作戦において、ハマーン・カーンの駆るキュベレイと交戦。戦闘中、ニュータイプ同士の精神的邂逅を起こし、ハマーンへのとどめをためらい、ハマーンを討ち取り損ねてしまう。その後、小惑星アクシズ周辺空域で、一度はカミーユを兄と慕ってきた強化人間のロザミア・バダムと交戦。精神が崩壊したロザミアの姿にフォウの幻影を見る中で、アーガマを守るため止むなく撃墜する。
グリプス戦役の最終決戦
2月21日、グリプス戦役の最終決戦。カツやヘンケン、エマなど親しい人間だけでなく、ジェリドやレコアといった敵味方問わず生命が次々と散っていく激戦の中で、カミーユのニュータイプ能力は人々の死の思いや叫びを受け止め続け、もともと繊細で不安定だったその心は苦悩と怒りの限界に達しようとする。その苦悩と怒りは、グリプス2内でのクワトロ、パプテマス・シロッコ、ハマーンらの身勝手な言い争いを聞かされ、バスクたち身勝手な大人たちに反抗した彼らもまた身勝手な大人と化してしまったことを目の当たりにして幻滅することで、さらに高まる。
そしてついにカミーユは、死闘の末に一番許せない相手であったシロッコを撃破するが、同時にシロッコの断末魔と共に発せられた謎の青い光を浴びる。
精神疾患を発症
己の能力が強大になりすぎるとともに宇宙に満ちる多くの人の死の思念を感じ、真空状態でヘルメットのバイザーを開いてしまうなど、既に危険な兆候が見られていたカミーユは、シロッコの断末魔の悪意まで自分の精神に取り込んでしまい、ついに精神疾患を発症する[10]ファ・ユイリィの呼びかけも聞こえず、モビルスーツの爆発を宇宙空間の星々と見間違えて無邪気に喜ぶ[注釈 3]
2006年3月に公開された劇場版『機動戦士ZガンダムIII A New Translation -星の鼓動は愛-』では、無限にニュータイプ能力を拡大させても精神疾患を発症せずに戦いを終え、無事に帰還する。なお、劇場版の外伝漫画『機動戦士Ζガンダム デイアフタートゥモロー —カイ・シデンのレポートより—』では、帰還後はティターンズの残存勢力の掃討を行ったとされる。

第一次ネオ・ジオン抗争(『機動戦士ガンダムZZ』)

アーガマから地球へ
グリプス戦役直後、カミーユはアーガマ艦内でファに介護されながら精神疾患の治療を行っていたが、アーガマがサイド1のコロニー、シャングリラに寄港した際に下船し入院する。その直前に初めてジュドー・アーシタと出会ったカミーユは[注釈 4]、心神喪失状態のまま彼の手を握って交感する[12]。アーガマがシャングリラを出て補修ドック艦ラビアンローズに辿りつくまでの戦闘において、メタスで出撃したファは被弾し、そのままシャングリラに流されてカミーユのもとへと戻る[注釈 5]。しばらくしてから治療に専念するためファと共に地球へ降り、ダブリンの病院で看護師の手伝いをするファから引き続き介護を受ける。
第一次ネオ・ジオン抗争の後半
第一次ネオ・ジオン抗争の後半、地球に降りたアーガマはダブリンに停泊する。アーガマを狙うグレミー・トトの部隊によりダブリンは爆撃に晒され、ファはカミーユを連れて街から避難しようとするが、カミーユは病室を抜け出してしまう。ファの頼みでアーガマのパイロット達がカミーユの捜索に出た際、アーガマに迫るグレミーのプレッシャーを感じたエルピー・プルは、未整備のガンダムMk-IIで単機でグレミーの艦に向かう。そこで窮地に陥ったプルに、カミーユは思念の「声」を送り支える一方、ジュドーたちには彼女の危機を知らせる。アリアス・モマ率いる量産型バウの部隊の猛攻で追い詰められたプルに、ガンダム・チームの救援が間に合い、カミーユの思念の助言によって激戦の中でZZガンダムにドッキングし、アリアス隊を撃退する。その後、プルの導きで無事カミーユは発見され、一旦アーガマに収容される。
しかしその直後、ネオ・ジオンダブリンへのコロニー落とし作戦が発覚し、アーガマは住民の救助に向かうが、カミーユはコロニーが落ちてくることを予感する。共同で作戦を行うため合流したカラバのハヤトの配慮で、ファと共にグラスゴーに降下する。降下直前、カミーユは見送るジュドーたちに再び宇宙のビジョンを見せ、彼らに後を託す[注釈 6]
戦争終盤~精神疾患の寛解
戦争終盤、ザビ家の血筋を謳い、大義によって自らの戦う理由を正当化するグレミーに対し、カミーユたち多くの人々の意思を背負っていることを戦う理由としたジュドーは、グレミーのエゴイズムを指摘する。ジュドーとハマーンの最終決戦では、カミーユや戦死したニュータイプたちの意志が力となり、行動不能になったジュドーのコア・ファイターに集まって彼を守る[15]。ジュドーの働きを経て、カミーユは戦争がもたらした悲しみから解放され、彼の閉ざされていた心もまた開かれゆく[16]。その後、カミーユはファと共に海岸を走り回り、彼の精神が回復する兆しが示される[17][注釈 7]

その他の作品

U.C.0091 機動戦士ムーンガンダム

作中にカミーユと思わしき療養中の人物がニュータイプ能力を用いてユッタ達を支援する。彼らを守るために超遠距離からZガンダムの幻影を作り出し実体化させ、シャアのサザビーと戦わせる[19]

U.C.0093 機動戦士ガンダム ピューリッツァー ーアムロ・レイは極光の彼方へー

後ろ姿のみの登場のみであるが、アムロ・レイの情報を探しているキッカに宇宙のビジョンを見せる。ファを経由してキッカにサイコフレームのT字のサンプルを探し出すこと成功させることを導くヒントを手紙で渡す。[20]

史上最高のニュータイプとして

最高のニュータイプ能力
公式設定および富野由悠季の評価では、カミーユは宇宙世紀史上最高のニュータイプ能力を持つとされている[21][22][23][24][25][26][27][注釈 8]。『ガンダムの常識』では、カミーユはニュータイプ能力の高さにおいて、富野の見解に基づき一位とされ[26]、『カミーユ・ビダン×ぴあ』においては、カミーユは天性のニュータイプであり[30]、かつ「優しすぎた最高のニュータイプ」と謳われている[31]
劇中では味方から「アムロ・レイの再来」と評価されパイロットとしても目覚ましい活躍をあげ、アムロ本人もカミーユの事を「自分以上にニュータイプとして見込みがある」とその資質の高さを認めている(18話にて)。
富野は『kotoba』2021年秋号 No.45に掲載されたインタビューにおいて、カミーユが今まで描いてきたニュータイプの中で最高のニュータイプ能力者であると述べた理由の答えとして、「ほんの短い期間ではありましたが、カミーユに全能を目指させようと思ったことがありました。だけど、現代の我々と大きく変わってはいない近未来の人間に、全能を目指すだけのキャパシティはありません。結果として、カミーユの精神は崩壊しました。カミーユ自身の意思で全能者を目指したわけではありません。少なくとも、そのような描写を劇中ではしていないはずです。ただ、明らかに戦闘者としての能力が傑出していたために、本人の人間的な限界を超えたものを負わされ続けて、人間としての成長過程も、意思を強靭にするための時間的な猶予も与えられず、全能者への道以外の選択肢が閉ざされていきます。(中略)まず、全能型ニュータイプなど、生れないと言っておきます」と語っている[32]
『富野由悠季の世界展』のインタビューにおいては、富野は次のように語っている。「僕はこれまでに何度もカミーユ・ビダンを最高のニュータイプ能力者だと言ってきた。それは、カミーユに『まっとうき全体』を身に着けさせようと考えたことがあるからです。しかし、人間には『まっとうき全体』を受け入れるだけの器がありません。だからこそ、カミーユの心は壊れてしまった。彼自身が、その道を選んだのです。」[33][出典無効]
ニュータイプとして強すぎる力に押しつぶされる
TV版におけるカミーユは初期から無自覚に高いニュータイプ能力を有しており、戦いの中でニュータイプとして覚醒していくのとは逆行して、その高いニュータイプ能力から彼の精神は鬱屈、疲弊していき[34]、最終的にはシロッコとの最終決戦を終えて精神崩壊に陥ってしまう。
宇宙世紀の中でも最も優れたニュータイプ能力を持つがその力を制御できず悲劇的結末を迎えたカミーユは失敗したという見方もされている。
一方で新訳劇場版でのカミーユについて富野は、月刊少年マガジンのインタビューにて、「学習が出来、本当の意味でのニュータイプとなれたカミーユと比べれば、ニュータイプの代表例であるアムロでさえも、学習がないためオールドタイプとして死んでいくしかない」と評価している[35]
ニュータイプ同士の関係
初めて恋心を抱いた女性フォウとの出会いと悲劇的な別れは、特に重要なエピソードとして描かれている。ひたむきに向き合い続け、最後には解りあうこともできたフォウだが、自分の腕の中でその最期を見届けなければならなかった。それでもカミーユは悲しみを受け止め、その直後のティターンズを糾弾するシャアの演説を妨害から守るなど、フォウの死を無駄にしないために戦い続ける。そんなカミーユに、アムロは自分やシャアが見出すのに7年もかけた「行動する」という答えを実践できていると賛辞を送ったが、心に深い傷を残したことに変わりはなかった(38話にて)。
その後、ハマーンとはニュータイプ同士の精神邂逅を持ち、お互いの心の深奥の望むものを見て、カミーユはハマーンとも解りあえる可能性があると思ったが、ハマーンは自分の心に土足で踏み込まれたことに怒り精神邂逅を自ら拒絶したため、意識の共有ができても解り合うことはできなかった。その一方、植えつけられた偽りの記憶だが、自分を兄と慕うロザミアにはフォウの面影を見てしまう。そのロザミアも強化人間の呪縛から逃れられず、カミーユを敵と認識して襲い掛かるが、カミーユは自ら手を下すことでしか苦しむロザミアを救うことができなかった。この頃、度重なる戦いのために限界に近づいていたカミーユは、自分の能力も結局は戦争の道具でしかないのではないか、また戦争という大きな流れの中では自分もなすすべがないという心情を、「ニュータイプにできることといえば人殺しくらいなもの」という言葉で表現する(48話にて)。
グリプス戦役
グリプス戦役の最終局面では、カツ、ヘンケン、エマといった身近な人間が目前で次々と命を散らし、自らもジェリドら、立ち塞がる者の命を次々と奪っていってしまう。戦いの果ての平和に希望を持ちながら、本来は戦争自体を嫌悪していたカミーユは、その先鋭化しすぎた感覚によって戦場全体の悪意、哀しみ、人の死をより強く感じ取り、ヤザン・ゲーブルのような殺戮を愉しむ者への激情によっても精神をすり減らしていく。戦いと怒りを重ねるごとに無制限に肥大化していくニュータイプ能力は、疲弊しきったカミーユの精神を押し潰そうとする。
最終的にカミーユは、戦争を傍観者としてコントロールするシロッコこそ元凶と見て、この戦争で死んでいった人々のためにも討つことを誓い、死んでいった者たちの思念を自分の精神に取り込むことによってシロッコを討ち果たすが、その結末は周知の通りで、大きくなりすぎた自分の力が疲弊した精神を凌駕し、シロッコの断末魔の業想念という最後の一押しによって、精神疾患を発症してしまう。
精神疾患の発症後
続編である『機動戦士ガンダムZZ』においては、ファやハヤト、ガンダム・チームの少年達やアーガマのクルーなどの介護を受けながら生活している。普通の人間らしい生活や会話はできないが、彼のニュータイプ能力を通じてジュドーたちと交流する。ジュドーとハマーンの一騎討ちにおいても、カミーユや今は肉体を持たないニュータイプたちの意思が力へと変わり、ジュドーを支える。最後には精神疾患の寛解を予感させる彼が、ファと地球で海辺を走っている様が見られる。
新たなニュータイプの理想像
テレビアニメ『Z』『ZZ』においてカミーユの物語が語られてから約20年のときを経て、劇場版『機動戦士Zガンダム A New Translation』が制作され、そこで監督の富野は新たなニュータイプの理想像としてのカミーユを示した。『A New Translation』シリーズで、カミーユが精神疾患を発症することなく無限に拡大した自分のニュータイプ能力を前向きに受け入れることができた要因は、カミーユは自分が関わる事件や出来事を常によく観察しており、多くの仲間の死や戦場の悲しみを感じても、そのストレスを受け流す術を身につけただけでなく、その経験を自分の成長の糧となるものとして学習し受けとめていた[35][36]
また周囲の人間とのコミュニケーションや触れ合いを常に大事にし、宿敵シロッコに対してすらテレビ版のように存在を全否定するのではなく、人間を家畜や道具のように扱ってはならないと諭すように叫んでいる。精神的な共感と肉体的な体感を得たカミーユのラストは、隣の人を大事にできる究極のニュータイプ能力[37]と富野監督はインタビューで答え、2006月11月北里大学の講演会「ニュータイプを継承するために」でも富野は同様の発言している。なお富野は今まで明確にできなかったニュータイプというテーマに『A New Translation』で「ニュータイプとは精神的、肉体的な繋がりを活かして隣人を大事にできる人」という結論が出せたとも語っている。Zガンダムエース3号より。
その他、テレビ版最終話では、排除しなければならないのは「地球の重力に魂をひかれた人々[注釈 9]」と主張していたが、劇場版では「地球の重さ、大きさを想像できないあなたたち」と変化している。
また、Zガンダムの総監督である富野は、月刊少年マガジンのインタビューにて、TV版のカミーユと新約劇場版のカミーユを比較した上で、新約劇場版のカミーユは「周りの事象に取り込まれるのではなく、その事象を自分できちんと受け止めていき、そういう現実を学習する・見つめる事を訓練し獲得したカミーユはエンディングで示すような未来をつくっていけるかもしれない」と語った。そして、ニュータイプとして先輩であるアムロやシャアについては逆襲のシャアで彼らの悲劇が見えると言い、「彼等は学習してないから結局はオールドタイプとして死んでいかなければならない。歳を取るとは過酷であり、若い時にそこまでのフィーリングを付けられなかった」と評価している[35]

ギャザー・スタイム

ギャザー・スタイムは、ニュータイプの概念を更に進化させた覚醒である。アニメ『機動戦士Zガンダム』制作中にこの概念が考えられていたが、劇中には登場しない。

■ギャザー・スタイムという概念の導入
しかし、人と同化すると言う事が、人の能力の拡大であるとは思えないという反論に対して、どのように対処するのか?他者をとり込む技術的な解決策がどこにあるのか?とり込まれた側の主権というものがどのようになるのか?主権論で言えば、肉体を持った人であるからこそ、任意の認識を具有する事ができるのであって、そうでない人の存在というものは、偏向したものとして存在するわけであって、反物質的でありすぎるという懸念を解消する事はできないのではないのか?死を待たなければ、ギャザー・スタイムが完決しないとなったとき、故意に殺人を犯すというプロセスが産まれ出よう。劇的でいいのだが、そこにのみ焦点を合わせるという訳にはいかない。大体、ギャザー・スタイムの概念の至る処は、愛なんだ、という結論さえも用意する事ができるわけで、それでは"ヤマト"と同じでしかない。この前提を回避する方法というものが、設定されなければ、ゼーター・ガンダムの意味はないわけだ。富野由悠季、機動戦士Zガンダム メモリアルボックス1 ライナーノーツ 富野メモP1
■ゼーター・ガンダム=逆襲のシャア

これを置いた時のゼーター・ガンダムは、どうなる。

これが第二のニュータイプ論。ギャザースタイムになるのだろうが、この為には、もう少し時間が必要な気がする。手をつなぎあう人の共感論なのだから。現実と照らし合わせた場合のシリアスなアピールがどの部分にあるのか?ドラマナイズしてゆく場合の、共感はどこにあるのか?なにが、一般受けするものなのか、という原点の模索は、注意深くされなければならない。しかし、ここまで吐き出した時に、俺はどこに行くのかという不安がある。大丈夫だという安心感は、所詮自慰なのだから…。富野由悠季、機動戦士Zガンダム メモリアルボックス1 ライナーノーツ 富野メモP2
富野「全能というのは、お釈迦様とアインシュタインの脳が一緒になって一人の人間に同居している、そういうレベルの話です。富野由悠季、kotoba 2021年秋号[32]

アニメ『機動戦士Zガンダム』第36話「永遠のフォウ」で、カミーユは「全ての人たちとの共感が得られる時代が来たら、死んでいった人たちにも、どこかで巡り会える、そんな気がするんです」と語った。また、同話で戦死したフォウ・ムラサメは死の間際に「カミーユ悲しまないで これで私はいつでもあなたに会えるわ 本当にあなたの中へ入ることができるんだから」と自分の思念(精神)がカミーユの中へ入ることを明言している。このような他人の精神とニュータイプの同化現象は、『機動戦士ガンダム』の第43話「脱出」において、アムロ・レイがララァ・スンの思惟から脱出経路を教えてもらったのちに「ララァにはいつでも会いに行けるから」と言ったように、死んだ人間の残留思念と会話する能力をニュータイプが持つこととして表現されていた。

主な搭乗機

搭乗艦

逸話

設定画にて、監督の富野からは「中性的で美しい少年」との作画指示がされた。安彦良和からも「アムロより美少年」「年齢よりおさな顔です。これも意図的」と注釈している。

カミーユは物語当初、名前にコンプレックスを持っており、「女のような名前」とつぶやいたジェリド・メサに殴りかかっている。その後、ほかにそれ以外の理由でも突発的に感情が高ぶり年長者に殴りかかる場面が劇中2回ある。その相手はクワトロ・バジーナとウォン・リーの2人である。しかし、ウォンは拳法の使い手であるため、カミーユから殴りかかられたものの避けてみせ、逆に返り討ちにしている[注釈 10]。さらに自らを尋問・恫喝したMPマトッシュをMk-IIのバルカンポッドで威嚇射撃するなど、激情的な面がある。

劇場版公開に際して監督を務めた富野を迎えたインタビュー記事によると、テレビ版のカミーユに対し否定的な意見が当時の視聴者には多かったが、しかし近年ではカミーユのように感受性が強く、激情的で情緒不安定な子供もいる[注釈 11]。そのためにカミーユに感情移入する視聴者は少なくはないとし、この社会的な現象を見て富野は「カミーユの受けとめ方を半歩ずらし健やかにすることで、そういう子供たちに対してのメッセージを送るために、新訳Zのカミーユの解釈を変えた」と語っている[41][要文献特定詳細情報]。なお、カミーユを演じた声優の飛田展男は、カミーユは「普通の少年」で、「劇場版では普通の少年なんだなというのが、テレビシリーズの時以上にはっきりしたと思う」今思えば彼はとても普通の子だったんだなって思いますと語っている[42][43]

カミーユの名の性別について

カミーユの名前の由来は、フランスカミーユ・クローデルがモデルであると監督の富野は語っている[44]。ただし表記は「Camille」である。

「Camille」は1960年代以降は女性名としても一般的になっている(カミーユおよびfr:Camilleを参照)。

評価

2018年NHK BSプレミアムで発表された「全ガンダム大投票 40th」では、作品別キャラクターランキングで4位ランクインした[45]

2025年のNHKの番組『沼にハマってきいてみた』ガンダムシリーズ特集にて、好きなキャラクターランキングで2位[46]

脚注

参考文献

関連項目

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