キャプテンスティーヴ

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欧字表記 Captain Steve[1][2]
性別 [1][2]
キャプテンスティーヴ
欧字表記 Captain Steve[1][2]
品種 サラブレッド[1][2]
性別 [1][2]
毛色 栃栗毛[1][2]
生誕 1997年3月1日[1][2]
死没 2013年4月21日(16歳没)[3]
Fly So Free[1][2]
Sparkling Delite[1][2]
母の父 Vice Regent[1][2]
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国(ケンタッキー州[1][2]
生産者 ロジャー・ローバック[1][2]
馬主 マイク・ペグラム[1][2]
調教師 ボブ・バファートアメリカ[1][2]
競走成績
生涯成績 25戦9勝[1][2]
獲得賞金 682万8356ドル[1]
勝ち鞍
GIドバイワールドカップ2001年
GIドンハンデキャップ2001年
GIスワップスステークス2000年
GIハリウッドフューチュリティ1999年
GIIブリーダーズフューチュリティステークス1999年
GIIケンタッキージョッキークラブステークス1999年
GIIケンタッキーカップクラシックハンデキャップ2000年
Listedアイオワダービー2000年
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キャプテンスティーヴ (Captain Steve) [2]アメリカ合衆国生産の競走馬種牡馬。主な勝ち鞍に2001年ドバイワールドカップドンハンデキャップ2000年スワップスステークス1999年ハリウッドフューチュリティなど。

  • 特記事項なき場合、本節の出典はEQIBASE[1]、Racing Post[4]

1999年6月27日、ハリウッドパーク競馬場のメイドン競走でデビューし、6着。2戦目で勝ちあがる。ベストパルステークス英語版デルマーフューチュリティステークスを連続3着ののち、ブリーダーズフューチュリティステークスで2着に3馬身差をつけて重賞初制覇とする。ブリーダーズカップ・ジュヴェナイルは11着に終わったが、続くケンタッキージョッキークラブステークス英語版ハリウッドフューチュリティを連勝した。3歳を迎え、初戦のサンタカタリナステークス英語版で3着となるとルイジアナダービー英語版サンタアニタダービーでも3着に入り三冠路線に向かうが、ケンタッキーダービーフサイチペガサスの8着、プリークネスステークスも4着に終わってベルモントステークスには向かわず、リステッド競走のアイオワダービーを勝ち、次戦のスワップスステークスではティズナウを2馬身半差破ってG1競走2勝目を挙げる[5]ハスケルインビテーショナルハンデキャップ2着を経てケンタッキーカップクラシックハンデキャップ英語版で重賞5勝目[6]。続く2戦はグッドウッドブリーダーズカップハンデキャップブリーダーズカップ・クラシックともにティズナウの2着、3着に終わった。

2001年は初戦のドンハンデキャップアルバートザグレートを破ってG1競走3勝目を挙げてドバイに向かい、ドバイワールドカップでは4番手からレースを進めて、残り1ハロンで逃げたトゥザヴィクトリーを差し優勝した[7]。帰国後は、初戦のスティーブンフォスターハンデキャップを2着として、続く3戦はハリウッドゴールドカップハンデキャップステークス4着、サンディエゴハンデキャップ英語版3着、パシフィッククラシックステークス4着と勝てず、パシフィッククラシックステークスが最後のレースとなって10月に引退した[8]

競走成績

以下の内容は、EQIBASE[1]、Racing Post[4]の情報および記載法に基づく。

出走日競馬場競走名距離頭数枠番
(PP)
馬番
(Pgm)
着順騎手斤量(lb./kg換算)タイム着差勝ち馬/(2着)馬
1999.6.27 ハリウッドパーク メイドン ダ5f 9 1 1 6着 J. ベイリー 118/53.5 (9馬身1/2) Exchange Rate
7.22 デルマー メイドン ダ6f 6 5 5 1着 C. アントレー 118/53.5 1:09.92 7馬身 (Cocky)
8.18 デルマー ベストパルS G3 ダ6.5f 5 4 5 3着 C. アントレー 117/53 (6馬身) Dixie Union
9.8 デルマー デルマーフューチュリティ G2 ダ7f 5 3 3 3着 C. マッキャロン 115/52 (7馬身1/2) Forest Camp
10.10 キーンランド ブリーダーズフューチュリティS G2 ダ8.5f 8 1 1 1着 G. ゴメス 121/55 1:42.59 3馬身 (Graeme Hall)
11.6 ガルフストリームパーク ブリーダーズカップ・ジュヴェナイル G1 ダ8.5f 14 7 7 11着 G. ゴメス 122/55.5 (28馬身1/4) Anees
11.27 チャーチルダウンズ ケンタッキージョッキークラブS G2 ダ8.5f 12 9 9 1着 R. アルバラード 122/55.5 1:43.14 (5馬身3/4) Mighty
12.18 ハリウッドパーク ハリウッドフューチュリティ G1 ダ8.5f 6 3 3 1着 R. アルバラード 121/55 1:43.77 4馬身 (High Yield)
2000.1.30 サンタアニタ サンタカタリナS G2 ダ8.5f 6 2 2 3着 J. ベイリー 123/55.5 (6馬身1/2) The Deputy
3.12 フェアグラウンズ ルイジアナダービー G2 ダ8.5f 10 1 1 3着 R. アルバラード 122/55.5 (2馬身1/2) Mighty
4.8 サンタアニタ サンタアニタダービー G1 ダ9f 6 2 2 3着 R. アルバラード 120/54.5 (3馬身) The Deputy
5.6 チャーチルダウンズ ケンタッキーダービー G1 ダ10f 19 7 7 8着 R. アルバラード 126/57 (13馬身3/4) Fusaichi Pegasus
5.20 ピムリコ プリークネスS G1 ダ9.5f 8 6 6 4着 R. アルバラード 126/57 (4馬身) Red Bullet
7.3 プレーリーメドウズ アイオワダービー L ダ8.5f 8 3 3 1着 S. セラーズ 119/54 1:42.35 (1馬身3/4) Miner's Prize
7.23 ハリウッドパーク スワップスS G1 ダ9f 6 3 3 1着 C. ナカタニ 120/54.5 1:48.01 2馬身1/2 Tiznow
8.6 モンマスパーク ハスケル招待H G1 ダ9f 9 3 4 2着 C. ナカタニ 118/53.5 (3/4馬身) Dixie Union
9.16 ターフウェイパーク ケンタッキーカップクラシックH G2 ダ9f 6 5 5 1着 S. セラーズ 115/52 1:49.95 3/4馬身 (Golden Missile)
10.15 サンタアニタ グッドウッドブリーダーズカップH G2 ダ9f 7 4 4 2着 V. エスピノーザ 117/53 (1/2馬身) Tiznow
11.4 チャーチルダウンズ ブリーダーズカップ・クラシック G1 ダ10f 13 1 1 3着 S. セラーズ 122/55.5 (3馬身1/2) Tiznow
2001.2.3 ガルフストリームパーク ドンH G1 ダ9f 7 3 3 1着 J. ベイリー 120/54 1:48.95 1馬身1/4 Albert the Great
3.24 ナドアルシバ ドバイワールドC G1 ダ10f 12 11 5 1着 J. ベイリー 126/57 2:00.40 3馬身 To the Victory
6.16 チャーチルダウンズ スティーブンフォスターH G2 ダ9f 8 1 1 2着 J. ベイリー 123/55.5 (1/2馬身) Guided Tour
7.12 ハリウッドパーク ハリウッド金杯 G1 ダ10f 5 5 4 4着 G. スティーヴンス 124/56 (5馬身1/2) Aptitude
7.29 デルマー サンディエゴH G2 ダ8.5f 7 4 4 3着 G. スティーヴンス 122/55.5 (6馬身) Skimming
8.19 デルマー パシフィッククラシックS G1 ダ10f 6 6 6 4着 V. エスピノーザ 124/56 (6馬身) Skimming

引退後

引退後は種牡馬となったが、当初はアメリカ国内での種牡馬入りを検討していたものの、生産者が全く興味を示さなかったためオファーの音沙汰がなく、最終的には日本中央競馬会 (JRA) に500万ドルで購買されて2002年から日本で種牡馬となった[3][8]。12年間の供用で血統登録頭数317頭、うち出走頭数は280頭に達した[9]2013年日本軽種馬協会九州種馬場にて繋養されていたが、同年4月21日に急性心不全のため死亡した[3][10]

おもな産駒

母の父としての主な産駒

血統表

脚注

外部リンク

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