ザ・ビートルズ・クラブ

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ザ・ビートルズ・クラブは、現在日本におけるビートルズ公認ファン・クラブである。略称はBCC。現会長は斉藤早苗[1]。なお、1972年3月に解散した公認ファン・クラブ、ビートルズ・ファン・クラブ(略称BFC)と直接的な関係はない。

  • 1966年、ビートルズが来日した年にその前身である「ビートルズ研究会」が発足。
  • 1967年1月、ファンの手による初めてのビートルズ映画会が早稲田大学大隈講堂で開催された。8月、ビートルズの映画上映会を中心として活動を行っていたため、「ザ・ビートルズ・シネ・クラブ」(BCC)と改名。
  • 1968年9月、ビートルズ再来日要請3万人著名運動を展開。東京・科学技術館ホールで「レコード・コンサート+スライド会」開催。10月、ジョン28歳の誕生日にBCC提供の「ジョン・レノン・バースデイ特集番組」が文化放送から流れた。ファンクラブがひとつの番組を提供したのは前代未聞。11月、「自分たち自身の手で日本にビートルズ記念日を作ろう!」のスローガンを掲げ、ビートルズ・フェスティバルを開催。当時、フォーク・クルセダーズのメンバーだった加藤和彦も応援に駆けつけ、ビートルズファンが新宿厚生年金会館大ホールを埋め尽くした。12月、BCC会員のためのクラブ・ハウス「アップル・ハウス」が渋谷区南平台にオープン。
  • 1969年2月、会報『The Beatles』、現在のような雑誌スタイルに変わる。5月、当時ビートルズの公式ファン・ブックだったイギリスのビートルズ・マンスリーに取り上げられた。7月、ハンター・デイビス著『ビートルズ』(思想社刊)の日本語翻訳と出版に全面協力。ここからハンター・デイビスとの友好関係は現在まで続いている。12月、ジョンとヨーコから当時の日本関係者を通してメッセージが届く。その呼びかけに応じ、24日、東京・日比谷野外音楽堂で、ベ平連と共催で「ジョンとヨーコの呼びかける平和集会」を開催。
  • 1970年7月、ビートルズ解散の衝撃は大きく、会報『The Beatles』一時休館。
  • 1971年6月、ビートルズ来日5周年を機に立教大学タッカー・ホールで初となる「ビートルズ復活祭」を開催。単なる思い出やノスタルジアの集会ではなく、自分たちの内なるビートルズを復活させ、新しい世紀への出発のイベントであることをモットーとした。
  • 1973年12月、リバプール、ロンドンのビートルズゆかりの地をめぐる「ビートルズ旅行団」出発。リバプールの地元紙がこれを大きく報じた。当時はまだ、リバプールを訪れるビートルズ・ツアーは存在しなかったから。
  • 1975年5月、会報『The Beatles』第2期創刊。ここからの通巻番号が現在まで続いている。10月、第2回ビートルズ旅行団出発。
  • 1976年5月、東京・読売ホールにて、「来日10周年記念フェスティバルI ビートルズ復活祭」を開催。ウイングスのニューヨーク公演に合わせ、「ウイングス号旅行団」ツアー出発。
  • 1977年1月、「ビートルズ復活祭スペシャル'77」全国3都市(東京、大阪、名古屋)で開催。3月〜4月、デビュー15周年記念春休み特別公演「ビートルズ・フェスティバル」開催。全国4都市(東京、大阪、名古屋、横浜)5公演。8月、ビートルズ復活祭を全国4都市(東京、大阪、名古屋、横浜)にて開催。
  • 1978年1月、「ビートルズ復活祭スペシャル'78」全国4都市(東京、大阪、名古屋、横浜)で開催。3月〜4月、春休み特別公演フレッシュ・フェスティバル「ビートルズ復活祭」全国4都市(東京、大阪、名古屋、横浜)で開催。8月、「ビートルズ復活祭」全国4都市(東京、大阪、京都、名古屋、横浜)で開催。12月〜翌1月、「第8回、ビートルズ復活祭スペシャル'79」全国4都市(東京、大阪、名古屋、横浜)で開催。
  • 1979年3月〜4月、「第9回、ビートルズ復活祭」全国4都市(東京、大阪、京都、名古屋、横浜)で開催。
  • 1980年1月、ポールが成田空港において大麻不法所持で逮捕された際、ポールは「確か日本には大きなファンクラブがあるはず」と代表の斉藤早苗が呼び出しを受け、ポールの妻リンダと共に、ポールの解放に向けて奔走する。3月〜4月、「ビートルズ復活祭」全国7都市(札幌、東京、福岡、大阪、京都、名古屋、横浜)で開催。8月、「ビートルズ復活祭」全国8都市(札幌、東京、福岡、大阪、京都、岡山、名古屋、横浜)で開催。12月、元ビートルズのメンバーであるジョン・レノンが殺害された後(12月8日)、多くのファンからの要望によりジョン・レノン追悼集会を開催。ゲストに大島渚内田裕也ら。
  • 1981年1月、ジョン・レノン追悼プログラムが追加された「ビートルズ復活祭」全国7都市(札幌、東京、福岡、大阪、京都、名古屋、横浜)で開催。2月、第3回ビートルズ旅行団出発。3月、ポールに初の単独インタビュー。来日15周年記念BIGフェスティバル「ビートルズ復活祭」全国8都市(札幌、東京、福岡、大阪、京都、広島、名古屋、横浜)で開催(4月まで)。8月、BCC創立15周年記念「ビートルズ復活祭」全国11都市(仙台、札幌、新潟、金沢、東京、福岡、大阪、京都、広島、名古屋、横浜)で開催。11月、東京・渋谷にビートルズ記念館をオープン。
  • 1982年8月、デビュー20周年を祝って「ビートルズ復活祭」全国13都市(仙台、札幌、新潟、金沢、東京、小倉、福岡、大阪、京都、広島、名古屋、千葉、横浜)で開催。10月、旺文社より、『ザ・ビートルズ・フォーエバー』刊行。12月、ジョン・レノン2周忌『愛と平和の集い』東京九段会館で開催。「ビートルズ復活祭」全国12都市(仙台、札幌、新潟、金沢、東京、福岡、大阪、京都、広島、名古屋、千葉、横浜)で開催(翌年2月まで)。
  • 1983年3月、ビートルズ復活祭」全国11都市(仙台、札幌、新潟、金沢、東京、福岡、大阪、新潟、広島、名古屋、横浜)で開催(4月まで)。7月〜8月、東京・後楽園ゆうえんちにて「ザ・ビートルズ・ランド記念祭」がい行われ、全面協力。8月〜9月、「ビートルズ復活祭」全国14都市(仙台、札幌、新潟、金沢、東京、小倉、福岡、大阪、京都、広島、松山、名古屋、千葉、横浜)で開催。12月、第4回「ジョン・レノン 愛と平和の集い」東京・科学技術ホールで開催。ビートルズ復活祭」全国11都市(仙台、札幌、新潟、金沢、東京、福岡、大阪、新潟、広島、名古屋、横浜)で開催(翌年2月まで)。キャッチコピーは「4人がいる」。
  • 1996年4月、名称を現在の「ザ・ビートルズ・クラブ」に変更。
  • 2000年12月8日北沢タウンホールにてジョン・レノン没後20周年追悼イベントを開催。「ヘイ・ブルドッグ」のPVなどの貴重なフィルム上映や押葉真吾らによるライブが行われた。

主な活動内容

脚注

外部リンク

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