シュコダ8Tr
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1955年まで生産されていたシュコダ7Trの改良形式。モノコック構造を用いた車体を有しており、乗降扉は車体右側・3扉を基本としていたが、ソビエト連邦(ソ連)向け車両については前後2箇所にのみ設置されていた[2][4][5][7]。
主電動機については1次車・2次車はシュコダ7Trと同様の出力120 kwのものが搭載されたが、3次車は以降は改良を加えた出力110 kwのAL 2943 rNに変更された。制御方式についても従来の車両と同様に抵抗制御方式が用いられたが、抵抗器が自動開閉器に変更された[4][5][7]。
1955年から1961年までに計11次・合計742両が製造され、前述のようにチェコスロバキア国内のみならずソ連を含め世界各国へ輸出され、1982年まで営業運転に使用された。そのうち最終増備車となった11次車については、プルゼニからトロリーバス車両の製造拠点を移転したオストロフの工場で生産された。また、1960年代にはシュコダ7Trの一部車両が機器の更新を始めとした改造を受け、シュコダ8Trへの編入が行われた。2022年現在もチェコの各都市やウクライナのキエフに保存車両が存在する[1][2][3][8][4][5]。
導入都市一覧
以下、シュコダ8Trが導入された都市を記す。ウクライナについては2022年時点で主権が及んでいない地域も含む[8][4][5][9]。
| シュコダ8Tr 導入都市一覧 | ||
|---|---|---|
| 導入国 | 都市 | 備考 |
| チェコスロバキア (現:チェコ) |
ブルノ (ブルノ・トロリーバス) |
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| チェスケー・ブジェヨヴィツェ (チェスケー・ブジェヨヴィツェ・トロリーバス) |
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| ジェチーン ジェチーン・トロリーバス |
[10] | |
| フラデツ・クラーロヴェー (フラデツ・クラーロヴェー・トロリーバス) |
[11] | |
| イフラヴァ (イフラヴァ・トロリーバス) |
[12] | |
| マリアーンスケー・ラーズニェ (マリアーンスケー・ラーズニェ・トロリーバス) |
[13] | |
| オパヴァ (オパヴァ・トロリーバス) |
[14] | |
| オストラヴァ (オストラヴァ・トロリーバス) |
[15] | |
| パルドゥビツェ (パルドゥビツェ・トロリーバス) |
[16] | |
| プルゼニ (プルゼニ・トロリーバス) |
[17] | |
| プラハ (プラハ・トロリーバス) |
プラハ・トロリーバス(初代)最後の新型車両 | |
| テプリツェ (テプリツェ・トロリーバス) |
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| ズリーン オトロコヴィツェ (ズリーン/オトロコヴィツェ・トロリーバス) |
[18][19] | |
| チェコスロバキア (現:スロバキア) |
ブラチスラヴァ (ブラチスラヴァ・トロリーバス) |
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| プレショフ (プレショフ・トロリーバス) |
[20] | |
| 中国 | 北京 (北京トロリーバス) |
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| 上海 | ||
| ソビエト連邦 (現:ウクライナ) |
ドニエプロペトローフスク | |
| キエフ | ||
| クリミア (クリミア・トロリーバス) |
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| ソビエト連邦 (現:ジョージア) |
トビリシ (トビリシ・トロリーバス) |
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| ソビエト連邦 (現:リトアニア) |
ヴィリニュス (ヴィリニュス・トロリーバス) |
|
| ソビエト連邦 (現:ラトビア) |
リガ (リガ・トロリーバス) |
|
| 東ドイツ (現:ドイツ) |
ツヴィッカウ | |
| ドレスデン | ||
| エーベルスヴァルデ (エーベルスヴァルデ・トロリーバス) |
||
| エアフルト | ||
| ゲーラ | ||
| グライツ | ||
| ライプツィヒ | ||
| マクデブルク | ||
| ポツダム (ポツダム・トロリーバス) |
||
| ヴァイマル | ||
| ポーランド | グディニャ (グディニャ・トロリーバス) |
|
| ルブリン (ルブリン・トロリーバス) |
||
| オルシュティン | ||
| ポズナン | ||
| ワルシャワ | ||
| ヴァウブジフ | ||