ジム・ジョンソン

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生年月日 (1983-06-27) 1983年6月27日(42歳)
身長
体重
6' 6" =約198.1 cm
240 lb =約108.9 kg
ジム・ジョンソン
Jim Johnson
ブレーブス時代
(2015年7月27日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ニューヨーク州ブルーム郡ジョンソンシティ英語版
生年月日 (1983-06-27) 1983年6月27日(42歳)
身長
体重
6' 6" =約198.1 cm
240 lb =約108.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2001年 MLBドラフト5巡目
初出場 2006年7月29日
最終出場 2018年9月29日
年俸 $5,000,000(2018年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジェームズ・ロバート・ジョンソンJames Robert Johnson, 1983年6月27日 - )は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ブルーム郡ジョンソンシティ英語版出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。愛称はJJ[2]

プロ入りとオリオールズ時代

2001年MLBドラフト5巡目(全体143位)でボルチモア・オリオールズから指名され、プロ入り。その後、約6年のマイナー生活が続いた。

2006年7月29日のシカゴ・ホワイトソックス戦でようやく先発投手としてメジャー初登板を果たした。しかし、その試合で3回を9安打、8失点と炎上する。

2007年の初登板の試合でも2回を2失点と打ち込まれるなど、メジャーデビュー当初はほとんど結果を残せていなかった。

2008年は、開幕直後にメジャー昇格を果たすと、4月13日に迎えたシーズン1試合目の登板から10試合連続で相手を無失点に抑え、7月10日の39試合目の登板で2失点するまで防御率1点台を維持し続けた。8月31日のゲームを最後に故障者リスト入りしてしまうが、最終的に54試合登板で防御率2.23という抜群の数字を記録した。

2009年もリリーフエースとしての役割を期待されているが、マイナーリーグでは先発を務めていたこともあるため、チームの状態次第では先発投手として登板することも考えられていた。しかし、実際には先発に回ることはなかった。

2011年の終盤から不振のケビン・グレッグに代わってクローザーに定着する。

2012年オールスターゲームに初選出され[3]、9月21日に46セーブ目を記録してオリオールズの球団記録を更新した。最終的にリーグ最多で球団記録の51セーブを記録し、チームを15年ぶりのプレーオフへと導いた。

2013年は、エリック・ガニエ2003年)以来史上2人目となる2年連続での50セーブを記録し、2年連続で両リーグ最多セーブを記録した。前年はセーブ失敗が3回だけと安定していたが、この年は9回と不安定であった。

アスレチックス時代

2013年12月2日にジェマイル・ウィークス後日発表選手(12月12日にデビッド・フレイタスと発表)とのトレードで、オークランド・アスレチックスへ移籍した[4]

2014年1月16日にアスレチックスと1000万ドルの1年契約を結んだ[5][6]。開幕後は38試合に登板したが、4勝2敗2セーブ、防御率7.14と結果を残せず、7月24日にDFAとなった[7]。8月1日に自由契約となった。

タイガース時代

2014年8月5日にデトロイト・タイガースとマイナー契約を結んだ[8]。移籍後は傘下のAAA級トレド・マッドヘンズで4試合に登板して0勝1敗、防御率3.86だった。8月16日にタイガースとメジャー契約を結んだ[9]。昇格後も乱調は改善されず、16試合の登板で防御率6.92と炎上。13.0イニングで12四球、3死球を与えるなど、制球も大いに荒れた。結局アスレチックスとのシーズン通算では、4年連続となる50試合以上に登板した(54試合)ものの、防御率7.09、9イニング当たりの与四球率5.9と大荒れで、2012~2013シーズンの2年間で101セーブを記録した姿は見る影もなかった。オフの10月30日にFAとなった。

ブレーブス時代

2014年12月3日にアトランタ・ブレーブスと160万ドル+出来高90万ドルの1年契約を結んだ[10][11]

ドジャース時代

2015年7月30日にドジャース、ブレーブス、マーリンズでの三角トレードが成立し、ジョンソンはエクトル・オリベラパコ・ロドリゲスザック・バード英語版とのトレードで、アレックス・ウッドルイス・アビランブロンソン・アローヨホセ・ペラザと共にロサンゼルス・ドジャースへ移籍した[12][13]。移籍後は防御率10点台と大荒れで、10月14日にDFAを経て、FAとなった[14]

ブレーブス復帰

2015年11月30日にブレーブスと1年契約を結んだ[15]

2016年はクローザーとして起用され、65試合に登板し、通算500試合登板を達成した。2勝6敗20セーブ、防御率3.06、WHIP1.19を記録し、通算150セーブも記録。また、通年成績としてはキャリアハイの奪三振率9.5も記録した。

2017年は開幕からクローザーとして起用されたが、8月にはアローディス・ビスカイーノに役割を奪われた。この年は61試合登板で6勝3敗22セーブ、防御率5.56、WHIP1.48と成績を落とした。

エンゼルス時代

2017年11月30日にジャスティン・ケリーとのトレードで、インターナショナル・ボーナス・プール(海外選手契約金枠)と共にロサンゼルス・エンゼルスへ移籍した[16]

2018年は62試合に登板し、5勝3敗2セーブ、防御率3.84、WHIP1.36とだった。オフの10月29日にFAとなった[17]

選手としての特徴

平均球速93.5mph(約150km/h)のツーシームを主体に、カーブチェンジアップフォーシームの4球種を持ち球とする。ゴロを打たせる投球スタイルで、いわゆるグラウンドボールピッチャーだが、2016年以降は奪三振率9.00以上と例年よりも大幅増となっている[18]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2006 BAL 110000100.000213.0913010008824.004.00
2007 100000000----112.030200100229.002.50
2008 54000024119.33328168.25402833381118172.231.19
2009 640000461014.40030070.07382333492132324.111.37
2010 26000011111.50011726.1322511224011103.421.41
2011 69000065918.54536691.08052132582130272.671.11
2012 71000021510.66726968.25531513411021192.491.02
2013 74000038500.27329170.17251847562026232.941.28
2014 OAK 3800004222.66720040.16052333284033327.142.06
DET 16000010001.0006313.0901233140013106.922.57
'14計 5400005222.71426353.16953567424046427.092.26
2015 ATL 49000023920.40029148.04521421332014122.251.23
LAD 2300000315.00029118.23236041710222110.132.04
'15計 740000261025.25029166.27752025503036334.461.46
2016 ATL 65000026208.25026664.25732003686023223.061.19
2017 61000063221.66725656.25982531613039355.561.48
2018 LAA 6210005328.62526863.16492211455038273.841.36
MLB:13年 67420003846178106.4523000704.27045423727365313333302973.791.34
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績



投手(P)












タイトル

表彰

記録

背番号

  • 47(2006年 - 2007年)
  • 43(2008年 - 2013年)
  • 45(2014年 - 同年途中)
  • 49(2014年途中 - 同年終了)
  • 53(2015年 - 同年途中、2016年 - 2017年)
  • 54(2015年途中 - 同年終了)
  • 33(2018年)

脚注

関連項目

外部リンク

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