ドミニク・シュワガー
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| ドミニク・シュワガー Dominik Schwager | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 |
|
| 生年月日 | 1976年9月18日(49歳) |
| 出身地 | ミュンヘン, ドイツ |
| FIA GT1世界選手権での経歴 | |
| デビュー | 2010 |
| 所属 | All-Inkl.com ミュニッヒ・モータースポーツ |
| 車番 | 37 |
| 出走回数 | 20 |
| 優勝回数 | 1 |
| ポールポジション | 2 |
| シリーズ最高順位 | 1位 (2011) |
| 過去参加シリーズ | |
| 2011 2007-09 2008 1999-08 2006 1999, 2002-03 1998 1996-97 1994-95 |
アメリカン・ル・マン・シリーズ ニュルブルクリンク耐久シリーズ ADAC GT マスターズ SUPER GT ポルシェ・カレラカップ フォーミュラ・ニッポン 国際F3000選手権 ドイツ・フォーミュラ3選手権 BMW/ADAC フォーミュラ ジュニア |
| 選手権タイトル | |
| 1995 | BMW/ADAC フォーミュラ ジュニア |
ドミニク・シュワガー(Dominik Schwager, 1976年9月18日 - )は、ドイツ・ミュンヘン出身のレーシングドライバー。
父親がBMWに勤務しており、幼少時代からレーシングカートを始める。1990年からドイツ国内やジュニアカート世界選手権を転戦しキャリアを積んだ。1993年にBMW/ADACコンテストで優勝する。1994年にドイツ・ADCDフォーミュラ・BMW ジュニア選手権に参戦しランキング7位、翌1995年にシリーズチャンピオンを獲得。1996年にドイツF3選手権にステップアップ、型落ちシャシー(クラスB)でのエントリーだったが、総合ランキング8位(クラス2位)を獲得する。なお、同年のチャンピオンはヤルノ・トゥルーリ、ランキング3位のニック・ハイドフェルドも同時期参戦だった。翌1997年にベネトンのジュニアチームに移籍し、ノリスリンクではレース1/レース2とも制する完勝でF3初優勝を挙げたが、シリーズ後半戦の欠場・連続ノーポイントが響きランキングは10位と前年から下げてしまった。
1998年に名門オレカに起用され、F1直下カテゴリーのインターF3000選手権にステップアップ。第3戦カタロニアで最高位となる4位に入賞した。

1999年に来日し、フォーミュラ・ニッポン(FN)に参戦を開始(第6戦まで)。シーズン後半は全日本GT選手権・GT300クラスに第4戦から参戦を開始した。GTでは中途参戦ながら2勝を挙げる活躍をし、注目を集めた。FNでは2002年にTEAM Le Mansから参戦し、最高位5位を記録。一方、全日本GT選手権およびSUPER GTには2000年から2005年までGT500クラスにレギュラー参戦し、通算5勝を挙げた。2006年はドイツでポルシェ・カレラカップに参戦したため来日しなかったが、2007年は1年振りにチーム国光からSUPER GTに参戦。2008年は菅生にてTEAM IMPULの松田次生の代役として、鈴鹿1000kmではNISMOからサードドライバーとして出走した。この年はニュルブルクリンク24時間レースにハインツ=ハラルド・フレンツェンのチームから参戦した。
2009年は、VLN(ニュルブルクリンク耐久シリーズ)にJürgen Alzen Motorsportから参戦。2010年からFIA GT1世界選手権に参戦するミュンヘン・モータースポーツのランボルギーニ・ムルシエラゴR-SVをドライブ。アメリカン・ル・マン・シリーズにも参戦した。